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第26話 呪術の国マドラ

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 ここ情熱の国アンダレジアは、リアムの生まれた国である。

 暑い夏が長く続き、乾燥した赤茶けた大地に、荒々しい軍隊、熱い情を交わす男と女たち。

 国のすべてが熱烈さを秘めた土地である。

 強すぎる日差しをよけるため、リアムはクーフィーヤという麻布を頭からかぶる。

 町を行く人々もみな、同じように布を頭に巻いている。

 かつては白無地の布しかなかったのだが、最近では様々な柄が入った布が流行し、特産品として有名になってきている。

 王太子二コラオの結婚式を間近に控え、国中が祝いムードで盛り上がっていた。

 二コラオ自身はその残虐な性格が国民にも噂として広がっており、人気はあまりない。

 しかし、兄である第一王子は側妃の子で早くから臣下にくだり王位継承権を失っている。

 弟である第三王子は、幼いころの事故が原因で半身にまひが残っており、王の重責には耐えられそうにないとあって、二コラオは唯一の王位継承者として国民も受け入れざるを得なかった。

 王太子の悪評をカバーするため、婚約者には国民から絶大の人気を誇る才色兼備な侯爵令嬢コルティジアーナが選ばれた。

 結婚式を前にコルティジアーナの人気はうなぎ登りだ。

 町の土産物屋でコルティジアーナの姿絵が売り出されている。

 外国からも多くの来賓を迎えることもあり、商機と見て商人たちも入国してきている。

 アンダレジア国は滅多にないお祭り騒ぎの中にあった。

 リアムがめざしているのは、アンダレジアを横断した先のマドラ国だ。

 呪まじないの国マドラ。

 マドラ国では呪術師が保護され、王都には数あまたの呪術師が軒先を並べる呪術街があるという。

 マドラ王家は代々強い呪術力を受け継いだ女性が女王となって国を治める。

 現女王には娘三人と息子が一人いる。

 この娘たちが有力な次期女王候補である。

 リアムが目的とする人、アデレードは現王弟の長女である。

 強い呪力を持ち王家を支える時期女王候補の一人である。

 リアムはアデレードとの出会いを思い出す。

 まだリアムが10歳、アデレードは12歳だった。

 その出会いは、リアムにとっては苦く辛い思い出でにつながる。

 かつてアデレードとの出会いをきっかけに、リアムは母を失い、国から出奔する羽目になったのだ。

 アデレードを恨んでいるわけではない。

 ただ、もう二度と会うこともないと思っていた。

 そしてここ、アンダレジアの地を再び踏むことはないと。

 命からがら逃げだしてから10年が経った。

 少年から大人に変わる年頃だったから、今の姿からリアムとすぐに気付く者はそういないだろうか。

 リアムを知る者が見れば、その髪色と目を引く美貌の面差しでもしやと思うかもしれない。

 リアムは布を目深にかぶり、砂っぽい道を速足で進んだ。


◆◆◆


 アンダレジア国内で一度だけ、リアムは襲撃を受けた。

 黒いクーフィーヤで顔を覆い、目だけを出した男たちがリアムを取り囲み、刃物を向けて来た。

 瞬時にリアムは男たちの口腔内に水泡を発生させ呼吸を奪う。

 男たちは顔を覆う黒い布を掻きむしって苦しみ、次々に気を失った。

 倒れた者の水泡を消し、順に縛り上げていく。

 誰一人殺しはしない。

 男たちの服を検めたところ、どうやら盗賊の類のようだった。

 リアムはホッと肩の力を抜いた。

(王家の暗部かと思ったが…)

 リアムは縛り上げた男たちを木立の中に放り投げ、早々に立ち去った。

 その後も警戒を続けながら進んだが、襲撃を受けることなくアンダレジアとマドラの国境にたどり着いた。

 国境を守る兵士たちが入国の手続きをしている。

 多くの者は冒険者ギルドや商業ギルドが発行している身分証を持参しており、それを見せれば大抵は誰何されることもなく国境を越えられる。

 リアムは布を目深くかぶったまま国境へ近づいた。

 リアムの姿に何か感じることがあったのか、兵士が疑うような眼差しをリアムに向けた。

「そこのお前!」

 リアムは無言で立ち止まり、兵士と目を合わす。

「そうだ、お前だ。クーフィーヤを外して顔を見せろ」

 リアムは静かに顔を覆っている布を外した。

 ヘーゼルナッツの髪がはらりと揺れる。

 兵士の鋭い視線がリアムの全身に走る。

「名前を言え」

「リアム・ロード」

「身分は?どこから来た?」

「平民です。海を渡った向こうの国から来ました」

「この国には何をしに来た?」

「呪術師の知人を訪ねてきました」

「その者の名は?」

「紅玉の姫」

「…それは真か?」

 兵士はジロジロとリアムをねめつける。

 紅玉の姫とは、次期女王候補アデレードの通り名である。

 アデレードの真紅の瞳が由来となっている。

 彼女は歴代女王の血を濃く受け継ぎ、一族の中でも高い呪力を誇っている。

「お前のような者が高貴な方の知り合いであるわけがないだろう」

「そう言われましても」

「ではどういった関係の知り合いだと言うのだ?」

「古い友人…ですかね」

 兵士は胡乱な目でリアムを見たが、万が一本当にアデレードの友人であったとしたら、自分の身が危ないと思い、念のためリアム・ロードなる人物について王宮へ問い合わせることに決めた。

「よかろう。答えが返ってくるまではここで待たれよ」

 そう言って門柱の中の待機部屋へリアムを入れた。

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