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第39話 お嬢様を悲しませるなど言語道断~セバスチャンの回顧録①〜
しおりを挟む私はセバスチャン・ロード。
オーウェルズ国スチュワート伯爵家の執事でございます。
ルシアお嬢様がリアムと下町で出会ったのは、そう10年ほど前のことでしょうか。
私はすでにスチュワート家の筆頭執事となり、スチュワート家の内政を取り仕切っておりました。
初めてリアムを迎えに行った時、あまりの美しさに驚いたことを思い出します。
古びたぼろ布のような服をまとっていても、周囲を明るく照らすような輝きがありました。
その後、スチュワート家に執事見習いとして迎え入れることになりました。
「リアム、お前は私の養子となりました。これからは義父となりますが、職場では親子だからと言って甘えは許しません。いいですね」
「はい、がんばります。義父上、これからよろしくお願いします」
義父上!
なんという甘美な響きでしょう。
このセバスチャン、独身を貫いてきたため子供はおりません。
父と呼ばれる日が来るなんて思いもしませんでした。
まあ、ルシアお嬢様と弟のマテオ坊ちゃまが子供のようなものでしたが、父とは呼んでくれませんからね。
え?祖父の間違いではないかって?
細かいことは気になさいませんよう、お願いします。
さて、このリアムですが、驚くほど賢く、仕事を教えれば1を聞いて10を知る。
勉学をさせれば、スポンジが水を吸い込むように知識を吸収していきます。
下町で労働をしていたせいか、体も丈夫で力強く、護衛騎士に付いて武芸を習わせればたちまち上達していきました。
しかも魔術が使えるのです。
初めは警戒して魔術を使えることを隠していましたが、だんだんに心を開くようになると、伯爵家のために魔術を使うようになりました。
正確に言うとルシアお嬢様のために、です。
暑い時期にはお嬢様にお出しする飲み物に氷を浮かべたり、鮮度が命の魚介類をお嬢様にご賞味いただきたい一心で大量の氷を出現させてくれています。
時々、よくわからない魔法陣を描いては、何やら魔道具を作っているようですが、私などには何をしているのかわかりません。
どうやらお嬢様のお役に立っているようなので、自由にやらせております。
天才、という人種なのでしょう。
これならばいずれはルシアお嬢様の護衛兼側近としても働けるでしょう。
ああ、しかしルシアお嬢様が結婚して家を離れるときは、さすがに付いて行くのは難しいでしょう。
夫となられる方がどんなに心が広くても、魂の双子のようなお二人を間近で見るのは我慢がならないでしょうから。
ルシアお嬢様がお嫁に行かれたら、伯爵を継ぐマテオ坊ちゃまの側近となってくれたら、スチュワート家も安泰でしょう。
マテオ坊ちゃまに爵位が譲位されるときには、このセバスチャンも引退し、リアムに筆頭執事を譲りたいものです。
そんな優秀なリアムですが、子どもの頃はルシアお嬢様の友人かのようにふるまってしまうことがよくありました。
ルシアお嬢様もそれを求めておいでだったせいでしょうか。
賢いリアムがついうっかり素をさらしてしまったとは思えません。
ルシアお嬢様に対して、兄のように、友人のように、敬語を使わずに話すことがあったのです。
それを目撃するたびに裏に連れて行ってはこっぴどく叱ったりもしました。
使用人としての立場をわきまえるように、と。
「わかってますよ、お義父さん」
普段は師匠などと呼んでくるくせに、こういうときだけお義父さんと呼ぶのです。
わかっていてもなんだか嬉しいと申しますか、面映い感じがして許してしまうのです。
とはいえ、きちんと敬語を使うようになったので、成果はあったのでしょう。
ある日、ルシアお嬢様が暴漢に襲われるという事件が起きてしまいました。
没落貴族の女がなぜかお嬢様を逆恨みして、呪いの仕込まれたナイフを刺したのです。
お可哀そうに、お嬢様は傷が癒えても目覚めませんでした。
呪いを解くため、リアムは遠くスパニエル大陸へと旅立ちました。
ルシアお嬢様の呪いを解くことに成功しましたが、リアムは戻ってきませんでした。
リアムの不在を悲しむルシアお嬢様を見るのは心が痛みます。
リアムが帰ってきたら、またお説教です。
お嬢様を悲しませるなど言語道断だ、と叱ってやらねばなりません。
ああ、そうしたらきっとリアムはまた言うのでしょう。
「わかっていますよ、お義父さん」と。
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