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第7話 胸を叩いて安請け合い

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「詳しい話を聞こうじゃないか、妹よ」

 シャールはそう言うと、言い逃れは許さない、という強い圧力を感じさせるほほ笑みを浮かべた。

「ひーーッ」
「なんだよ、その悲鳴は」
「取って食われる~」
「人聞きが悪いな」

 侯爵家の娘となって、わずか10日でマリアベルの正体がシャールにバレてしまったのだった。

「それで、君は誰なんだ?一体どうなっているんだ?」
「私はマリアベル。クララの姉のつもりよ、自分では。伯爵家にいたときにクララが使用人に暴力を振るわれていたことはシャールお兄様も知っているの?」
「使用人が暴力を?」

 初耳だったシャールは眉をひそめた。

「そうよ。使用人に殴られるようになって、私が生まれたのだと思う。クララがその現実から逃げ出すと、私が出てくるの。だから本当は私がクララの妹なのかもしれないけど、クララは一人じゃ何もできないから、私が食料を調達したり、使用人から隠れたりしてクララを守って来たの。私がいなければとっくにクララは身も心も死んじゃったと思うよ。だから私がクララのお姉さまよ」
「別にどっちが姉でもいいんだけど」
「大事なことだから!」
「ふーん。それで?こうしている間、クララベルはどうしているの?いつまでマリアベルなの?このままマリアベルでいるの?またクララベルになるの?」
「また戻るわよ。寝て起きたら大抵クララに戻っているかな」
「じゃあ、クララベルが本物ってことか」

 それを聞いてマリアベルはムッとした。

「人のこと偽物扱いしないでよ。私だって本物のマリアベルです!クララの真似をしているわけじゃないのだから」
「ああ、それは失礼した」
「シャールお兄様、お願い。クララは私だった時の記憶がないわ。だから、家庭教師を首にしたことをお兄様からクララに伝えてあげて欲しいの。私のことは黙っていて」
「え?クララベルは君のことを知らないのか?でもそれじゃ、色々困るんじゃないか?君が暴れた後始末はどうしているんだ?記憶がないのか?」
「…今までは困らなかったの。だって誰もクララのことを気に掛けたりしなかったから。それに記憶があいまいだったり、性格が変わったりしても、まさか別人になっているとは誰も思わないわ。少しくらいは変に思うかもしれないけど、もともと同一人物なんだもの」
「まぁ、たしかに猫をかぶっていると考えるか…」

 現にシャールも、大人しいふりをしていたクララベルが、本性を現したのだと思った。

「シャールお兄様はどうしてわかったの。私とクララベルが入れ替わっているって」
「どうしてって、まるで別人だよ。話し方も、しぐさも、姿勢も、瞳の輝きも、もう何もかも。でも決定的だったのは、君がお菓子を食べた時かな」
「え??」

 マリアベルアはきょとんとして、先ほど自分がつまんだお菓子を見た。

「君はそのお菓子を無意識に左手で取って食べたんだ。左利きなんだろう?でもクララベルは右利きだった。だから別人なんじゃないかと思ったんだ」

 マリアベルは、利き手など意識したこともなかった。
 同じ体にいながら利き手が異なるなんて、自分のことながら驚く。

「シャールお兄様、変に思う人が出てきたら助けてもらえませんか。つじつまが合わないこととか、ごまかしてほしいの。クララが困らないように」
「…ああ、いいよ。でも、マリアベルも気を付けてほしい。他人に悟られないようにうまく立ち回ってくれ。人格が変わるなんて、あまり人に知られない方がいい」
「もちろんです!まかせてください!」

 マリアベルは胸を叩いて安請け合いをしたのだが、この後すぐにシャールを悩ませることになる。
 二人がそれぞれの部屋に戻って数分のうちに、またクララベルのメイドが急いでシャールを呼びに来たのだ。
 慌ててクララベルの部屋へと駆けつけると、マリアベルが威勢よく啖呵を切っているところだった。

「いつもいつもクララに嫌がらせばかりして、今日という今日は許さないんだから!」

 マリアベルの前には、顔色を悪くしたメイドが一人、マリアベルのことをきつく睨みつけている。

(あのバカ…悟られないように立ち回れと言ったのに!)

 シャールは少し苛ついて、大きな声を出した。

「何ごとか!」

 本日二度目のセリフである。

「あ、お兄様。またお越しいただいてしまいましたか。申し訳ありません」

 平然としているマリアベルに、ため息が出る。

「クララベル、そんなに興奮してどうしたんだい?」
「このメイドがクララにいつも嫌がらせをするのです」
「そんなっ!わたくしは嫌がらせなど…」

 言い訳をしようとしたメイドにシャールが目線を向けると、冷たい視線にメイドがひるんで黙った。

「お前に発言を許していない」
「ひっ…!」

 メイドはガタガタと体を震わせた。

「クララベル、嫌がらせとはどんなことだ」
「はい。わざと足を引っかけて転ばされたり、ぐちゃぐちゃにされた食べ物を出されたりですわ。お茶をこぼされて足に火傷もしました。お母様が用意してくださったドレスだって3枚は破かれています。そしてたった今、こちらの虫を投げつけられたところですわ」

 そう言ってマリアベルはもぞもぞと体をくねらせている、足がいっぱい生えている虫を指でつまみ、ひょいっとメイドに投げ返した。
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