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第9章 『思想の神』と『英雄』編
第214話 『邪神』の信徒と遭遇し
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エウスブスが漁民と話をしていると、相手は興味深そうにオレの方を見つめてくる。
「そっちのお嬢さんは? ひょっとしてあんたの娘さんかい?」
おいおい。エウスブスはどう見てもせいぜい二十歳過ぎぐらいだろう。幾ら今のオレが外見年齢五歳程度の幼女だからって娘はない ―― いや。あるのか。
元の世界の基準でついつい考えてしまったけど、こっちの世界では十代半ばで結婚して子供をもうけるのは珍しくないんだった。
そうなると少なくとも年齢的にはさほど不自然では無いか。
「いえ。そういう関係ではありませんよ。彼女はあくまでも僕の『庇護』の対象ではありますけどね」
この場合の『庇護』は当然、ごく普通の意味だろうけど、一歩間違うと『魂を神の御許に送って庇護してもらう = 殺害する』事になるのがエウスブスの崇めている教義なのだからまったく危なっかしいにも程がある。
「まあ僕としては生涯、彼女を庇護できれば実に喜ばしいのですが」
こっちも現状では協力し合うのは当然だし、もしもそこでエウスブスが危険に直面すれば誠心誠意助けるつもりだ。
しかしそれはあくまでも一時の同盟であって、可能なら一刻でも早く、あんたと手を切って視界の外に去って行きたいんだよ。
「そんな小さな娘っ子を連れて行くということは、巡礼の旅かい? わしらのような日々、湖の女神様のご加護でどうにか暮らしているのと違ってご立派な事だな」
そういって漁民は小さな漁港の外れにある、これまた小さな社に視線を向ける。
あそこでこのフェルスター湖の女神を祀っているのだろう。
「すまんけど女神様を崇めぬよそ者を、そう簡単に船に乗せるわけにはいかないんじゃよ」
むう。確かにこんな小さな漁村だったら、そんな掟があっても不思議じゃ無いな。
足を伸ばしてもっと大きな港に行けば、状況は変わるんだろうけど今は一刻を争うときだ。
「それではダメなのですか? もちろんお礼は弾みますよ」
「ダメとは言ってねえよ。ただあのお社で祈りと貢ぎ物を捧げろって言っているんだ」
この言葉にエウスブスは明らかに安堵を見せる。
「そういうことですか。ならばすぐに済ませてきます」
なんだ。結構簡単だな。
自分達の唯一神以外の神は認めない一神教徒ならいざ知らず、エウスブスもオレもその程度の事だったら躊躇する理由は無いさ。
「だけど急いでくれよ。わしも自分の漁があるでな」
「分かりました。少し待っていて下さい」
そんなわけでオレとエウスブスは急いで村はずれに位置する社に足を向けた。
フェルスター湖の女神 ―― 名前は湖と同じだが、この世界では街や山、湖など限定的な存在を司る神は基本的にその対象と同名 ―― の社はこぢんまりとしているが、見晴らしの良い場所に設けられ、かなり広く湖面が見渡せるようになっていた。
しかし妙だな。
小さな社だからそりゃ大勢の参拝者がいるとは思っていなかったけど、何かがおかしい。
そうだ。人の姿が見えないけど、鳥や動物の鳴き声も聞こえない。
それに近寄ってみると、社の建物はあまり手入れされておらずあちこちが壊れ、かなり荒れている様子だ。
これはひょっとすると――
「あのエウスブスさん」
「分かっている。何かいるね」
見た目は優しげな青年でもエウスブスはさすが歴戦の猛者だけあって、敏感に周囲の異変を察したらしい。
剣を引き抜いて油断無く構えを取る。
そしてそれをまるで合図にするかのように、周囲の木々や脇道から幾人かの人影が姿を現した。
どうやらすっかり囲まれているらしい。
もちろん面識のある人間など一人もいないけど、その下卑た笑顔と汚れた革鎧、そして手にする刃こぼれした武器が意味するものは明らかだ。
「ほう。結構いい剣をもってるじゃねえか」
「連れのお嬢ちゃんは大した上物だぜ。もうちょっと年取っていたら、俺がたんまりかわいがってやったのにな」
「てめえだったら、あんなガキでも喜んで喰っちまうと思ってたけどな」
「ぐひゃひゃひゃ。とにかく売り物なんだから、傷つけるんじゃねえぞ」
ああ。恐怖と言うよりは脱力するほど、分かりやすい連中だ。
しかしこいつらがここに陣取っていたという事は、さっきの漁師とはグルだったのか?
金もしくは貴重なお宝 ―― この場合はたぶんオレ ―― を持っていそうな人間が来たら、ここに誘導するようになっていたのだろう。
この場合、普通ならオレ一人でなくてよかったと思うところだろうけど、オレとしてはむしろエウスブスが心配だ。
「そのお嬢ちゃんには感謝しろよ。高く売れそうだから、弓を使うのは遠慮してやったんだからな」
そうか。オレがいなければ、エウスブスは一斉攻撃されて、いきなり穴だらけにされていた危険があるんだな。
それなら少しは安堵すべきか。
「お前達……僕はともかくこんな幼い少女まで手を出そうとは許せん!」
エウスブスは怒りを示しつつ、ここでチラとオレの方を見る。
「アルタシャ……ここは僕が君を守るが、もしも力及ばぬ時は覚悟して欲しい」
おい。エウスブスはかなり目が据わっているけど、これは要するに今は死力を尽くして戦うけど、もしも守りきれなかったら、オレを殺してその魂を地界の太陽神シャガーシュの元に送ると言っているんだよな。
本人には全く悪意は無くて、むしろオレのためになると思って言っているのは分かっているけど、当然いい気はしない。
そしてジリジリと包囲を縮めてくる連中は、勝利を確信した様子でエウスブスを嘲笑う。
「うははは。これから俺達のやる事もみんな『正義』になるんだよ」
「そうそう。もう善だの悪だのは関係なくなるのさ」
この言葉を聞いてエウスブスは一気にその眉をいからせる。
「何だと?! ならば貴様らはグバシの信徒か!」
「そういえば俺達の神様はそんな名前だったっけ」
「まあどっちでもいいんだよ」
ああ。やっぱりウルハンガの思想『善悪は相対的なもの。正義は人の数だけある』をまともに理解せず、上っ面だけ自分達に都合よく解釈して『悪行オッケー』と勘違いする輩も集まっていたか。
そしてたぶんこんな小悪党どもはもっと上手の悪党にいいように利用されているんだろうな。
「それではいくぞ! 死ねや色男!」
「おのれ! 邪神の手先めが!」
連中が一斉に襲いかかってきたところで、オレは暴力的活動を抑止する【調和】をかける。
「え……あれ……」
「これはどういうことだ……」
今まさに殺し合いを始めるところだった盗賊達とエウスブスは、揃って暴力的行為が出来なくなってお互いに顔を見合わせる。
不謹慎な言い方をさせてもらえば、コントの一カットのようだった。
「エウスブスさん。ここは急いで逃げましょう」
「ああ……分かったよ……」
困惑したエウスブスはオレに手を引かれるままに、盗賊連中に背を向けて立ち去る事となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オレは魔法で脚力を強化し、エウスブスについていける速度で襲ってきた連中から、急いで距離を置いた。
さきほどかけた【調和】は効果範囲内の暴力的な活動を阻止出来るが、その外から攻撃でもされたら魔法が破れてしまうので、他に敵がどこにいるか分からない以上、さっさと逃げるしか選択肢は無いのだ。
少し離れたところで周囲を見回し、敵となりそうな相手がいないのを確認したところでエウスブスとオレは一息つく。
連中が後を追ってこなかったのは、さすがに異変を感じたからだろうな。
この世界にはロクでもない霊体やモンスターの類いも珍しくは無いから、そういう存在殿関わりを疑ったのかもしれない。
「今のは君が何かしたのかい?」
「まあ……そんなところです……」
エウスブスも異変には気付いたのは当然だが、それを行ったのが五歳やそこらの幼女の外見に過ぎないオレとなれば今度こそ、その異常さに気付いたろう。
「ひょっとして君はグバシの信徒との戦いを助けるべく、この地に――」
「それについての話は後にしてもらえますか」
オレとしてはあからさまな嘘をつきたくも無いけど、本当の事を伝えるワケには当然いかないので、ここはごまかすしか無い。
「分かったよ。君にもいろいろな事情があるのだろう。それはともかく――」
ここでどういうわけかエウスブスは少しばかり名残惜しそうな表情を浮かべる。
「この僕が『裏切りもの』グバシの信徒との戦いの中で我が神の御許に逝けなかったのは残念かもしれないが、今回は感謝しておくよ」
何しろそうしないとアンタはオレを殺したかもしれないからな。
ああいうゲス連中も始末に負えないが、エウスブスのような一見正常で、落ち着いているようで、一皮むくと狂信者の一面を示すタイプの方が正直不気味だよ。
それはともかくさっきやってきたような輩はどこにでもいるとは言え、勝手に神の名を騙って悪行に手を染めるのは始末に負えないな。
困った事にウルハンガの方もたぶんああいう輩は気にもとめていない。
もちろん元の世界でも特定の思想なり宗教の教えなりを上っ面をなぞっただけで、自分達に都合よく歪曲する輩は幾らでもいた。
しかしそいつらはまだ『小悪党』に過ぎない。
もっと悪い連中はそういうものを長年研究した上で、自分自身や仕える相手の利益のために都合よく解釈し、それを根拠に人々を駆り立ててロクでもない事をさせていたものだ。
恐らくはウルハンガの帝国でもそういう『思想の暗黒面』に堕ちた人間が少なからずいたのだろう。
そして敵対する勢力が、そいつらを過剰に取り上げた結果、ウルハンガは邪神とされる事が多くなり、その非難が更なる邪神としての側面を強化する事に繋がってしまったのではないだろうか。
あ? まさか?
オレはこのとき愕然と一つの可能性に行き当たる。
この世界では神様は崇拝の見返りとして信徒に力を与え、それによって『神』として存在し続ける事が出来る。
しかし信徒と神様は決してツーカーの関係では無く、信徒のやっていることを神様が殆ど知らない事もあれば、逆に神様の意図を信徒が理解せず誤解している事もまたしょっちゅうだ。
それは既に何万人も信徒がいるらしい、このオレ自身がこれまで何度思い知らされたのか分からないよ。
ウルハンガの思想を悪用している連中によってその良い面が塗りつぶされ、最終的には腐敗し、堕落した奴らに牛耳られてしまう事はありえない話ではない。
元の世界の二十世紀において、世界に最大の災厄をもたらした思想も、元はと言えば貧富の格差を無くして、平等な理想社会を生み出すためのものが、それを支配するごく一部の特権階級が強権を振るうためのものに堕してしまったというからな。
それを考えると、ウルハンガの思想を悪用する連中にそれが塗りつぶされてしまう事がガーランドの言っていた『ウルハンガの消滅』に繋がるのかもしれない。
これが正しいとすると、ガーランドがウルハンガの消滅を避けようとして『自分が愛した女神』を裏切ったとは、すなわちそのような悪行に手を染めた連中を排除して、ウルハンガの真の思想を取り戻そうとしたと考えられる。
それならばエウスブスが言っていた『ガーランドは邪神グバシからウルハンガの光を取り戻すべく戦った』という伝説がかなり真相に肉薄していた事になるな。
う~ん。だけどその通りだとしたら、ウルハンガが消えるのは、その勢力が勃興して大陸を席巻し、強大な帝国を打ち立てた後になるぞ。
どう考えてもそれではマズい。大戦争が避けられない事になってしまうじゃないか。
うう。希望的観測ではあるけど、出来ればこの想像は間違いであってほしい。
オレが深刻過ぎる想像に頭を悩ませていると、エウスブスが深刻そうにこちらをのぞき込んできた。
「アルタシャ? どうしたんだい?」
「いえ。何でもありません。それよりもなるだけ急いで、タラスター島に向かう方策を考えないといけません」
「分かっているさ。こうなったら仕方ないから、やり方を変えよう」
「いったいどうするつもりなんですか?」
「なあに簡単だよ。人を雇って湖に出るのでは無く、僕が船を操るんだ」
「ええ?!」
ごく当たり前に言い切られた言葉に、オレはついつい叫んでしまう。
「だってエウスブスさんは貴族なんでしょう? 操船なんて出来るんですか?」
この言葉にエウスブスは苦笑を浮かべる。
「僕はあくまでも『元』貴族だよ。シャガーシュに入信した時点で、その過去は『前世』みたいなものさ。そして数年あれば人間は十分に変わるものなんだよ」
それは数年どころか数ヶ月で、ここまで変わり果ててしまったオレ自身が良く知っていますから。
「そっちのお嬢さんは? ひょっとしてあんたの娘さんかい?」
おいおい。エウスブスはどう見てもせいぜい二十歳過ぎぐらいだろう。幾ら今のオレが外見年齢五歳程度の幼女だからって娘はない ―― いや。あるのか。
元の世界の基準でついつい考えてしまったけど、こっちの世界では十代半ばで結婚して子供をもうけるのは珍しくないんだった。
そうなると少なくとも年齢的にはさほど不自然では無いか。
「いえ。そういう関係ではありませんよ。彼女はあくまでも僕の『庇護』の対象ではありますけどね」
この場合の『庇護』は当然、ごく普通の意味だろうけど、一歩間違うと『魂を神の御許に送って庇護してもらう = 殺害する』事になるのがエウスブスの崇めている教義なのだからまったく危なっかしいにも程がある。
「まあ僕としては生涯、彼女を庇護できれば実に喜ばしいのですが」
こっちも現状では協力し合うのは当然だし、もしもそこでエウスブスが危険に直面すれば誠心誠意助けるつもりだ。
しかしそれはあくまでも一時の同盟であって、可能なら一刻でも早く、あんたと手を切って視界の外に去って行きたいんだよ。
「そんな小さな娘っ子を連れて行くということは、巡礼の旅かい? わしらのような日々、湖の女神様のご加護でどうにか暮らしているのと違ってご立派な事だな」
そういって漁民は小さな漁港の外れにある、これまた小さな社に視線を向ける。
あそこでこのフェルスター湖の女神を祀っているのだろう。
「すまんけど女神様を崇めぬよそ者を、そう簡単に船に乗せるわけにはいかないんじゃよ」
むう。確かにこんな小さな漁村だったら、そんな掟があっても不思議じゃ無いな。
足を伸ばしてもっと大きな港に行けば、状況は変わるんだろうけど今は一刻を争うときだ。
「それではダメなのですか? もちろんお礼は弾みますよ」
「ダメとは言ってねえよ。ただあのお社で祈りと貢ぎ物を捧げろって言っているんだ」
この言葉にエウスブスは明らかに安堵を見せる。
「そういうことですか。ならばすぐに済ませてきます」
なんだ。結構簡単だな。
自分達の唯一神以外の神は認めない一神教徒ならいざ知らず、エウスブスもオレもその程度の事だったら躊躇する理由は無いさ。
「だけど急いでくれよ。わしも自分の漁があるでな」
「分かりました。少し待っていて下さい」
そんなわけでオレとエウスブスは急いで村はずれに位置する社に足を向けた。
フェルスター湖の女神 ―― 名前は湖と同じだが、この世界では街や山、湖など限定的な存在を司る神は基本的にその対象と同名 ―― の社はこぢんまりとしているが、見晴らしの良い場所に設けられ、かなり広く湖面が見渡せるようになっていた。
しかし妙だな。
小さな社だからそりゃ大勢の参拝者がいるとは思っていなかったけど、何かがおかしい。
そうだ。人の姿が見えないけど、鳥や動物の鳴き声も聞こえない。
それに近寄ってみると、社の建物はあまり手入れされておらずあちこちが壊れ、かなり荒れている様子だ。
これはひょっとすると――
「あのエウスブスさん」
「分かっている。何かいるね」
見た目は優しげな青年でもエウスブスはさすが歴戦の猛者だけあって、敏感に周囲の異変を察したらしい。
剣を引き抜いて油断無く構えを取る。
そしてそれをまるで合図にするかのように、周囲の木々や脇道から幾人かの人影が姿を現した。
どうやらすっかり囲まれているらしい。
もちろん面識のある人間など一人もいないけど、その下卑た笑顔と汚れた革鎧、そして手にする刃こぼれした武器が意味するものは明らかだ。
「ほう。結構いい剣をもってるじゃねえか」
「連れのお嬢ちゃんは大した上物だぜ。もうちょっと年取っていたら、俺がたんまりかわいがってやったのにな」
「てめえだったら、あんなガキでも喜んで喰っちまうと思ってたけどな」
「ぐひゃひゃひゃ。とにかく売り物なんだから、傷つけるんじゃねえぞ」
ああ。恐怖と言うよりは脱力するほど、分かりやすい連中だ。
しかしこいつらがここに陣取っていたという事は、さっきの漁師とはグルだったのか?
金もしくは貴重なお宝 ―― この場合はたぶんオレ ―― を持っていそうな人間が来たら、ここに誘導するようになっていたのだろう。
この場合、普通ならオレ一人でなくてよかったと思うところだろうけど、オレとしてはむしろエウスブスが心配だ。
「そのお嬢ちゃんには感謝しろよ。高く売れそうだから、弓を使うのは遠慮してやったんだからな」
そうか。オレがいなければ、エウスブスは一斉攻撃されて、いきなり穴だらけにされていた危険があるんだな。
それなら少しは安堵すべきか。
「お前達……僕はともかくこんな幼い少女まで手を出そうとは許せん!」
エウスブスは怒りを示しつつ、ここでチラとオレの方を見る。
「アルタシャ……ここは僕が君を守るが、もしも力及ばぬ時は覚悟して欲しい」
おい。エウスブスはかなり目が据わっているけど、これは要するに今は死力を尽くして戦うけど、もしも守りきれなかったら、オレを殺してその魂を地界の太陽神シャガーシュの元に送ると言っているんだよな。
本人には全く悪意は無くて、むしろオレのためになると思って言っているのは分かっているけど、当然いい気はしない。
そしてジリジリと包囲を縮めてくる連中は、勝利を確信した様子でエウスブスを嘲笑う。
「うははは。これから俺達のやる事もみんな『正義』になるんだよ」
「そうそう。もう善だの悪だのは関係なくなるのさ」
この言葉を聞いてエウスブスは一気にその眉をいからせる。
「何だと?! ならば貴様らはグバシの信徒か!」
「そういえば俺達の神様はそんな名前だったっけ」
「まあどっちでもいいんだよ」
ああ。やっぱりウルハンガの思想『善悪は相対的なもの。正義は人の数だけある』をまともに理解せず、上っ面だけ自分達に都合よく解釈して『悪行オッケー』と勘違いする輩も集まっていたか。
そしてたぶんこんな小悪党どもはもっと上手の悪党にいいように利用されているんだろうな。
「それではいくぞ! 死ねや色男!」
「おのれ! 邪神の手先めが!」
連中が一斉に襲いかかってきたところで、オレは暴力的活動を抑止する【調和】をかける。
「え……あれ……」
「これはどういうことだ……」
今まさに殺し合いを始めるところだった盗賊達とエウスブスは、揃って暴力的行為が出来なくなってお互いに顔を見合わせる。
不謹慎な言い方をさせてもらえば、コントの一カットのようだった。
「エウスブスさん。ここは急いで逃げましょう」
「ああ……分かったよ……」
困惑したエウスブスはオレに手を引かれるままに、盗賊連中に背を向けて立ち去る事となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
オレは魔法で脚力を強化し、エウスブスについていける速度で襲ってきた連中から、急いで距離を置いた。
さきほどかけた【調和】は効果範囲内の暴力的な活動を阻止出来るが、その外から攻撃でもされたら魔法が破れてしまうので、他に敵がどこにいるか分からない以上、さっさと逃げるしか選択肢は無いのだ。
少し離れたところで周囲を見回し、敵となりそうな相手がいないのを確認したところでエウスブスとオレは一息つく。
連中が後を追ってこなかったのは、さすがに異変を感じたからだろうな。
この世界にはロクでもない霊体やモンスターの類いも珍しくは無いから、そういう存在殿関わりを疑ったのかもしれない。
「今のは君が何かしたのかい?」
「まあ……そんなところです……」
エウスブスも異変には気付いたのは当然だが、それを行ったのが五歳やそこらの幼女の外見に過ぎないオレとなれば今度こそ、その異常さに気付いたろう。
「ひょっとして君はグバシの信徒との戦いを助けるべく、この地に――」
「それについての話は後にしてもらえますか」
オレとしてはあからさまな嘘をつきたくも無いけど、本当の事を伝えるワケには当然いかないので、ここはごまかすしか無い。
「分かったよ。君にもいろいろな事情があるのだろう。それはともかく――」
ここでどういうわけかエウスブスは少しばかり名残惜しそうな表情を浮かべる。
「この僕が『裏切りもの』グバシの信徒との戦いの中で我が神の御許に逝けなかったのは残念かもしれないが、今回は感謝しておくよ」
何しろそうしないとアンタはオレを殺したかもしれないからな。
ああいうゲス連中も始末に負えないが、エウスブスのような一見正常で、落ち着いているようで、一皮むくと狂信者の一面を示すタイプの方が正直不気味だよ。
それはともかくさっきやってきたような輩はどこにでもいるとは言え、勝手に神の名を騙って悪行に手を染めるのは始末に負えないな。
困った事にウルハンガの方もたぶんああいう輩は気にもとめていない。
もちろん元の世界でも特定の思想なり宗教の教えなりを上っ面をなぞっただけで、自分達に都合よく歪曲する輩は幾らでもいた。
しかしそいつらはまだ『小悪党』に過ぎない。
もっと悪い連中はそういうものを長年研究した上で、自分自身や仕える相手の利益のために都合よく解釈し、それを根拠に人々を駆り立ててロクでもない事をさせていたものだ。
恐らくはウルハンガの帝国でもそういう『思想の暗黒面』に堕ちた人間が少なからずいたのだろう。
そして敵対する勢力が、そいつらを過剰に取り上げた結果、ウルハンガは邪神とされる事が多くなり、その非難が更なる邪神としての側面を強化する事に繋がってしまったのではないだろうか。
あ? まさか?
オレはこのとき愕然と一つの可能性に行き当たる。
この世界では神様は崇拝の見返りとして信徒に力を与え、それによって『神』として存在し続ける事が出来る。
しかし信徒と神様は決してツーカーの関係では無く、信徒のやっていることを神様が殆ど知らない事もあれば、逆に神様の意図を信徒が理解せず誤解している事もまたしょっちゅうだ。
それは既に何万人も信徒がいるらしい、このオレ自身がこれまで何度思い知らされたのか分からないよ。
ウルハンガの思想を悪用している連中によってその良い面が塗りつぶされ、最終的には腐敗し、堕落した奴らに牛耳られてしまう事はありえない話ではない。
元の世界の二十世紀において、世界に最大の災厄をもたらした思想も、元はと言えば貧富の格差を無くして、平等な理想社会を生み出すためのものが、それを支配するごく一部の特権階級が強権を振るうためのものに堕してしまったというからな。
それを考えると、ウルハンガの思想を悪用する連中にそれが塗りつぶされてしまう事がガーランドの言っていた『ウルハンガの消滅』に繋がるのかもしれない。
これが正しいとすると、ガーランドがウルハンガの消滅を避けようとして『自分が愛した女神』を裏切ったとは、すなわちそのような悪行に手を染めた連中を排除して、ウルハンガの真の思想を取り戻そうとしたと考えられる。
それならばエウスブスが言っていた『ガーランドは邪神グバシからウルハンガの光を取り戻すべく戦った』という伝説がかなり真相に肉薄していた事になるな。
う~ん。だけどその通りだとしたら、ウルハンガが消えるのは、その勢力が勃興して大陸を席巻し、強大な帝国を打ち立てた後になるぞ。
どう考えてもそれではマズい。大戦争が避けられない事になってしまうじゃないか。
うう。希望的観測ではあるけど、出来ればこの想像は間違いであってほしい。
オレが深刻過ぎる想像に頭を悩ませていると、エウスブスが深刻そうにこちらをのぞき込んできた。
「アルタシャ? どうしたんだい?」
「いえ。何でもありません。それよりもなるだけ急いで、タラスター島に向かう方策を考えないといけません」
「分かっているさ。こうなったら仕方ないから、やり方を変えよう」
「いったいどうするつもりなんですか?」
「なあに簡単だよ。人を雇って湖に出るのでは無く、僕が船を操るんだ」
「ええ?!」
ごく当たり前に言い切られた言葉に、オレはついつい叫んでしまう。
「だってエウスブスさんは貴族なんでしょう? 操船なんて出来るんですか?」
この言葉にエウスブスは苦笑を浮かべる。
「僕はあくまでも『元』貴族だよ。シャガーシュに入信した時点で、その過去は『前世』みたいなものさ。そして数年あれば人間は十分に変わるものなんだよ」
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