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第12章 強奪の地にて
第341話 惨劇の時に
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しばらく男と一緒に逃げ、周囲の様子を見て追っ手がいないところを確認したところで、ようやく一息つくことができた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
何があったのか分かっていない様子で、男はまだ困惑しているようだ。
そこで俺はちょっと問いかけてみる事にする。
「あの。ひとつ伺いますけど、先ほどの連中はあなたの持っている槍の穂先を狙っていたみたいですね」
「ああそうだ。うん? お前は――」
ここで男はオレの顔をしげしげと眺めてくる。
ひょっとすると男装に気付かれた?
「お前はさっき話しかけてきた奴か?」
なんだ。先ほど槍の訓練をしていたときに出会ったことを思い出しただけか。
どうやらこっちが女の身であることは気づいていないらしい。
「なんのつもりだ? まさかお前もこの槍を狙っているんじゃあるまいな」
せっかく助けてあげたのに、それはちょっとあんまりでしょう。
たぶんこれまでも同じような経験が何度もあったので、疑い深くなっているんだろう。
それならそんな高価な槍の穂先なんて持ち歩かず、どこかに隠しておけばいいだろうと思うけど、この世界だと自宅に隠していても安心出来ないのかもしれないな。
「待って下さいよ。ちょっとばかり話を聞きたいとは思っていますけど、あなたの槍の穂先を狙う気はさらさらありません」
「いいだろう。それは信じよう。何があったのかはよく分からんが、さっきは助けてくれたようだからな」
少しは男の態度も緩んだように感じられるが、それでも刺々しい空気は相変わらずだ。
やっぱり先ほどの村での評判通り、周囲の人間からはよく思われていないらしい。
「あなたのその槍は、ドラゴンの卵の殻からつくったものですね」
「それが何だというのだ」
「ひょっとするとあのバラストールの町が滅んだ時に、あなたは家族や大切な人を失ったのですか?」
正直に言ってほぼ初対面に近い人間に対して、かなり不躾な質問だけど、今は回りくどく話をしても仕方ない。
「ああそうだ……だからこそ浅ましい金儲けのために、あの廃虚を軽々しく扱う奴は許しがいたいんだ」
そう言って男は憤りを込めて自分の持つ槍を握りしめ、廃虚の方向を睨み付ける。
やっぱりそうか。
遺族としてはそりゃ口惜しいだろうなあ。この世界では亡霊に関する畏れは強いけど、遺族感情の方はあんまり考慮されていないように見受けられるからな。
「よろしければ、そのときに何があったのかご存じの事を教えてもらえますか?」
「……いいだろう」
男はちょっとばかり複雑な表情を浮かべつつも応じてはくれた。
興味本位のオレの問いかけにはあんまりいい気はしないようだが、誰かに身の上話を聞いてもらいたいという意識もあったようだ。
「俺の親父はあの町ではそれなりの名士だったんだ」
大金持ちが目の色を変えて買い求めたという、ドラゴンの卵の殻を加工してつくった装備を持っているだけでそれは分かります。
「もちろんバラストールが栄えていた時、俺の家もどんどん豊かになっていったさ。いま思い出しても凄いものだった。だけど――」
男はここでまたしても口惜しげに唇をかむ。
「俺の親父は流れてきている『丸いもの』が実はドラゴンの卵なんじゃないかと皆に警鐘を鳴らしたんだ。今のままではこの街は滅びてしまうとな」
その警告が受け入れられなかったからこそ、あのロブ・エッグの廃虚があるわけだ。
もっともこの言葉を聞いてもオレの胸裏にはちょっとばかり、当時は一緒になって踊り狂っていたのに、後になってから『こっちは警告していたのに、他の人間が聞き入れなかったんだ』と言い張っているんじゃないかという疑いの心もあったりする。
これまで散々、そういう『裏事情』を見せられてきた事もあって、オレも結構疑い深くなってしまったものだけど、今はひとまず付き合うしかないな。
「だが周囲の連中は親父だけでなく俺の一家に罵声を浴びせて来やがった。この街の繁栄を否定する愚か者だとか、成り上がり連中に嫉妬して足を引っ張っているのだとか、そんな下卑た非難をどれだけ聞かされたものか」
「それは……大変だったでしょうね」
「俺の家族はあの町で暮らしていく事も出来なくなって、結局は追放同然に出ていく事になったんだ」
その話が本当だとしたら、追い出されたお陰でこの人はバラストールの破滅から助かった事になるわけだな。
何とも皮肉としか言いようが無いか。
「だけど親父は諦めず、どれだけ嘲笑され、石を投げつけられようともバラストールを訪れてはみんなに警告を続け ―― そしてあの日が訪れた」
男はここで河の源流方向の遠くにかすむ山嶺に視線を向ける。
「ドラゴン共が群れでやってきて、バラストールを滅ぼしてしまったんだ……親父の警告通りにな……親父や俺の一家が正しかった事など、誰も認める暇もなく皆殺しにされてしまったよ……そのとき警鐘をならすため訪問していた親父と一緒にな」
襲撃してきたドラゴンにしてみれば、あの町にいた人間は全員『憎い卵の仇』であって、その相手が卵の略奪に反対していたかどうかなど関係無かっただろうからな。
それは例えるなら『戦争に反対していた人間でも、その戦争の戦禍を免れるはずがない』のと同じ事なんだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ……」
何があったのか分かっていない様子で、男はまだ困惑しているようだ。
そこで俺はちょっと問いかけてみる事にする。
「あの。ひとつ伺いますけど、先ほどの連中はあなたの持っている槍の穂先を狙っていたみたいですね」
「ああそうだ。うん? お前は――」
ここで男はオレの顔をしげしげと眺めてくる。
ひょっとすると男装に気付かれた?
「お前はさっき話しかけてきた奴か?」
なんだ。先ほど槍の訓練をしていたときに出会ったことを思い出しただけか。
どうやらこっちが女の身であることは気づいていないらしい。
「なんのつもりだ? まさかお前もこの槍を狙っているんじゃあるまいな」
せっかく助けてあげたのに、それはちょっとあんまりでしょう。
たぶんこれまでも同じような経験が何度もあったので、疑い深くなっているんだろう。
それならそんな高価な槍の穂先なんて持ち歩かず、どこかに隠しておけばいいだろうと思うけど、この世界だと自宅に隠していても安心出来ないのかもしれないな。
「待って下さいよ。ちょっとばかり話を聞きたいとは思っていますけど、あなたの槍の穂先を狙う気はさらさらありません」
「いいだろう。それは信じよう。何があったのかはよく分からんが、さっきは助けてくれたようだからな」
少しは男の態度も緩んだように感じられるが、それでも刺々しい空気は相変わらずだ。
やっぱり先ほどの村での評判通り、周囲の人間からはよく思われていないらしい。
「あなたのその槍は、ドラゴンの卵の殻からつくったものですね」
「それが何だというのだ」
「ひょっとするとあのバラストールの町が滅んだ時に、あなたは家族や大切な人を失ったのですか?」
正直に言ってほぼ初対面に近い人間に対して、かなり不躾な質問だけど、今は回りくどく話をしても仕方ない。
「ああそうだ……だからこそ浅ましい金儲けのために、あの廃虚を軽々しく扱う奴は許しがいたいんだ」
そう言って男は憤りを込めて自分の持つ槍を握りしめ、廃虚の方向を睨み付ける。
やっぱりそうか。
遺族としてはそりゃ口惜しいだろうなあ。この世界では亡霊に関する畏れは強いけど、遺族感情の方はあんまり考慮されていないように見受けられるからな。
「よろしければ、そのときに何があったのかご存じの事を教えてもらえますか?」
「……いいだろう」
男はちょっとばかり複雑な表情を浮かべつつも応じてはくれた。
興味本位のオレの問いかけにはあんまりいい気はしないようだが、誰かに身の上話を聞いてもらいたいという意識もあったようだ。
「俺の親父はあの町ではそれなりの名士だったんだ」
大金持ちが目の色を変えて買い求めたという、ドラゴンの卵の殻を加工してつくった装備を持っているだけでそれは分かります。
「もちろんバラストールが栄えていた時、俺の家もどんどん豊かになっていったさ。いま思い出しても凄いものだった。だけど――」
男はここでまたしても口惜しげに唇をかむ。
「俺の親父は流れてきている『丸いもの』が実はドラゴンの卵なんじゃないかと皆に警鐘を鳴らしたんだ。今のままではこの街は滅びてしまうとな」
その警告が受け入れられなかったからこそ、あのロブ・エッグの廃虚があるわけだ。
もっともこの言葉を聞いてもオレの胸裏にはちょっとばかり、当時は一緒になって踊り狂っていたのに、後になってから『こっちは警告していたのに、他の人間が聞き入れなかったんだ』と言い張っているんじゃないかという疑いの心もあったりする。
これまで散々、そういう『裏事情』を見せられてきた事もあって、オレも結構疑い深くなってしまったものだけど、今はひとまず付き合うしかないな。
「だが周囲の連中は親父だけでなく俺の一家に罵声を浴びせて来やがった。この街の繁栄を否定する愚か者だとか、成り上がり連中に嫉妬して足を引っ張っているのだとか、そんな下卑た非難をどれだけ聞かされたものか」
「それは……大変だったでしょうね」
「俺の家族はあの町で暮らしていく事も出来なくなって、結局は追放同然に出ていく事になったんだ」
その話が本当だとしたら、追い出されたお陰でこの人はバラストールの破滅から助かった事になるわけだな。
何とも皮肉としか言いようが無いか。
「だけど親父は諦めず、どれだけ嘲笑され、石を投げつけられようともバラストールを訪れてはみんなに警告を続け ―― そしてあの日が訪れた」
男はここで河の源流方向の遠くにかすむ山嶺に視線を向ける。
「ドラゴン共が群れでやってきて、バラストールを滅ぼしてしまったんだ……親父の警告通りにな……親父や俺の一家が正しかった事など、誰も認める暇もなく皆殺しにされてしまったよ……そのとき警鐘をならすため訪問していた親父と一緒にな」
襲撃してきたドラゴンにしてみれば、あの町にいた人間は全員『憎い卵の仇』であって、その相手が卵の略奪に反対していたかどうかなど関係無かっただろうからな。
それは例えるなら『戦争に反対していた人間でも、その戦争の戦禍を免れるはずがない』のと同じ事なんだ。
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