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第13章 広大な平原の中で起きていた事

第424話 ようやく見つけ出した『瘴気』の元とは

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 オレ達の眼前には大きな穴というよりは、くぼ地が広がっていた。
 一見するとまるで隕石の落下したクレーターのようだ。
 そしてその底から、まるで活火山の発する噴煙のごとく、瘴気が次から次へとわき上がってきている。
 ファンタジーでよくあるパターンなら、このくぼ地の最深部がロクでもない異世界に通じていたり、強大な怪物が眠っていて瘴気はその力の現れだったりするわけだが、オレにどうにか出来る脅威である事を祈るとしよう。

「アルタシャはここを降りるつもりなのか?」

 さすがにターダの言葉には恐怖が含まれているようだ。
 まあここで何も怖いと思わないとしたら、むしろ精神が壊れているから当たり前の反応だけど、それでも同行する覚悟らしい。
 正直に言えばターダは自分の命を軽く考えすぎている気もするが、たぶん遊牧民の特に男はそういう意識なのだろう。

「もちろんですよ。瘴気の原因をつかんで、止めるつもりです」
「ふうむ。それはまさに英雄級の功績だが、君は思った通りただ者じゃないな」

 ボラボはこの状況下でも嬉しげにオレを見つめてくる。
 むくつけき男から好色な視線を向けられる事はしょっちゅうだけど、ボラボの場合は『敵』であることを望んでいるのだから、また何とも面倒臭い。

「断っておきますけど、ボラボさんの敵にはなりませんからね」
「心配しなくても。この後に及んでそんな事は考えていないよ」
「それはあくまでも今だけの話なんですね」
「君の身体にはそれだけの魅力は十分にあるさ。だから是非とも喰らいたいところだ」

 ああ。オレの身を求める相手は大勢いたし、実験材料にされた事もあったけど、まさか字句通りの意味で『喰らう』事を求める奴が出てくるとは思わなかったよ。
 それはともかく魔法で周囲の霊体を見ているオレは、一つ気付いた事があった。
 確かにこのくぼ地の底からは瘴気が吹き出しているのだが、霊体の方はむしろ周囲から集まってきてその瘴気に吸い寄せられているかの様子なのだ。
 つまり瘴気に一体化して、人間を襲っている連中はここから出てきているわけではない。
 ひょっとすると元々は人間を襲うだけの力の無い霊体が、瘴気を媒介にして集まり、力を得ているのではないだろうか。
 しかしこの想像が正しいとすれば、この先にあるのは何なのだろうか?

 そんな事を考えた瞬間に、またしても瘴気が人の形をとり、まるでオレの全身を食いちぎらんばかりにその口を広げて迫ってくる。
 仕方ないのでいつもの通り『追放』で追い払うが、その瘴気に宿っていた霊体はまるで引きつけられるかのように、くぼ地の底へと戻っていった。
 まさかあそこからまた瘴気に宿って、また人間を襲うのか?
 オレが使った『追放』は異世界から来た霊体を本来の世界に追い返す魔法だが、この先にあるのはその魔法を上回るような《引力》を有していると言う事になるぞ。

「う~ん。やっぱりこの先に行くのは危険だよ」

 ボラボはさすがに本職だけあって、先ほどの霊体が見えているのだな。

「やっぱりここで瘴気をなだめるべきだろう。無理をして命を落としたら元も子もない」

 もちろんこの言葉の意味は、ここでターダを生け贄に捧げて瘴気をなだめ、オレ達はとっとと引き下がると言う事だ。
 そりゃまあボラボにとってターダは赤の他人であり、そもそも仲の悪い宗教対立の相手なんだから仕方ないかもしれないけど、オレにそんな選択肢はあり得ません。

「ここから引き下がるにしても、三人一緒ですよ。誰一人欠けない事がわたしの第一の望みなんですから」
「それはつまりコイツも守るという事なのか?」

 ターダの方はやや呆れ気味にボラボへと視線を注ぐ。
 そりゃまあついさっき、ボラボはオレを敵とした上で『喰いたい』と宣言した相手なんだから、その身を案じるのがターダには理解出来なくても仕方ない。
 しかしオレとしては関わった人間は可能な限り、命を落とすような事が無いようにしたいのだ。

「分かった。アルタシャの言う事なら従おう」

 今さらターダ一人だけ帰しても危険である事に変わりは無いし、一緒に瘴気の出所まで行くしかないか。

「とにかくここを降りますよ。視界が悪いし、何が出てくるのか分かりませんから、くれぐれも気をつけて下さい」
「やれやれ。こちらの方が本職のはずなのに、すっかりお株を奪われてしまったな」
「念を押しておきますけど――」
「分かってる。敵になる気はないんだろう? こっちだってバカじゃ無いんだから、そんなに繰り返さなくてもいいよ」

 おお。ようやくボラボも分かってくれたか。
 こんな状況下でも『小さな希望』が得られると嬉しいものだな。

「だから敵となるのは、また次の機会という事で我慢しよう」

 前言撤回。やっぱりコイツはどこまで行っても関わり合いになりたくない困りものだ。
 そんな下らないやり取りをこの状況でしていられるのも、無駄に余裕がある気がするが、オレ達一行は途中で襲ってくる瘴気を蹴散らしつつ――もちろん相手をしたのはオレ一人だが――くぼ地の底に降り立った。

 以前にファーゼストで霊体の群れの相手をした時のオレの力だったら、ここまで簡単にターダやボラボを連れて瘴気に出所にたどり着く事は出来なかっただろう。
 つまりオレの力がそれだけ増していると言う事でもある。
 だがそれでもくぼ地の中央部は瘴気があからさまに濃くて、呼吸も苦しくなってくるぐらいだ。
 当然ながら周囲には無数の霊体が動き回っているが、そいつらの中にはついさっきオレが追い払った相手も含まれているのは間違いない。
 だがどういうわけか、底にたどり着いたオレ達に対してはあまり攻撃をしてくる様子がないぞ。
 何度も吹っ飛ばされたので諦めてくれたのならいいのだが、どうも様子がおかしい。
 瘴気と共に渦巻く霊体達から発されているのは、こちらに対する敵意というよりは、苦悩や悲しみと言った感情なのだ。
 ファーゼストで出会った霊体の群れは『崇拝を失った事による餓え』に突き動かされていたが、ここにいる連中は何かを嘆いているらしい。
 そしてオレの視覚、というよりは知覚には瘴気の中心部に、何か大きな固まりが存在しているのをようやく感じ取れた。

「あれはいったいなんだ?」

 くぼ地のほぼ中央部にあったものはオレの想像とはまるで異なるものだった。
 留まる事無く瘴気を発し、霊体が周囲で嘆き悲しんでいる存在、それはまさに腐り行く巨大な肉塊にしか見えなかったのだ。
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