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第19章 神気の山脈にて

第788話 砦に戻ったところで急展開?

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 とりあえずハラーダはフォラジと共に砦に戻ることにした。

「断っておくけど砦は別に避難所では無いのだけどね」
「すみません……お礼でしたらあたしに出来る事は何でもしますから……」
「それなら身体で払ってもらおうか」
「ええ?!」

 オレの容姿を見ても『女神に似ている』というリアクションしかしないフォラジがそんな事を口にするとは、ちょっとどころではなく驚いた。
 フォラジの愛人になるのは、生け贄になるよりはずっとマシだろうし、オレにハラーダの面倒を見る事が出来るわけでもないので、文句を言える筋合いでも無い。

「驚くような事かね? 学の無いものは生活のために身を粉にして働いてもらうのは当然だろう」

 ええい。いろいろと面倒くさい言い方をするんじゃない。
 オレの方が無駄に意識してしまっただろ。
 しかしフォラジは機嫌が悪そうだな。

「だいたい。本来ならば先ほどの遺跡でいろいろと調査していたはずなのに、それを途中で打ち切る羽目になったのだよ」

 フォラジが不機嫌なのはそれが理由か。

「あたしのためにご迷惑をかけてすみません……」
「正直に言えば君の事などどうでもいいが、ボクは文明国の知識人だから、こういう場合は庇護するべきだと分かっているつもりだ」

 やっぱりフォラジはハラーダも見下しているのだな。
 同じ砦に住んでいる自国の兵士ですらも『無学者』と蔑んでいるのだから、当然と言えば当然か。
 だけどそれ故にこそ『庇護すべし』と判断しているのだから、いろいろ突っ込みたいけどここは敢えて波風を立てるべきでもない。

 そして夕刻になると、オレ達は朝に出かけた砦の近くに戻ってきた。
 だがここで砦の方角で煙が上がっているのが目に入った。
 あれはなんだ?
 山地なので稜線に遮られて砦は直接見えないが、明らかに烽火の類いではないぞ。
 まさか火事か?
 だが『ただの火事』だったら問題だが、それ以外だったらもっと大変だ。
 あの砦はざっと見たところで数十人の兵士が駐屯していたようだけど、その目的は交易路の見張りと警備のためだった。
 正直に言って兵士達もそれほど緊張感が無かったと言うか、むしろ『自分達は辺境の地に左遷された』という雰囲気が漂っていた事は覚えている。
 交易路に出没する山賊の相手ならそれでも十分だったろうけど、もしも砦が奇襲を受けたりしたら兵士達も混乱してあっさりと陥落する事は十分にあり得るぞ。
 もちろん砦の前に作られていた小さな集落の方は防御など無いから、攻撃されたら簡単に蹂躙されてしまう。

「もしやボクの研究資料が!」
「待って下さい! 危ないですよ!」

 慌ててフォラジは駆け出だそうとするが、オレはとにかく止める。

「邪魔をしないでくれ! あの火がどこから出ているのか確認せねば――」
「あの煙が誰かによってつけられ火災ならば、迂闊に近づくのは危険ですよ!」
「それも覚悟の上だ! 知識が失われるのを黙って見逃すわけにはいかない!」
「取りあえず落ち着いて下さい!」

 オレがフォラジを制止していると、今度はハラーダが何か思い当たる事があるように顔色を変える。

「も……もしや!」

 まさか彼女には砦があんなことになっているのについて情報があるのか?

「ハラーダさん。何かご存じなのですか?」
「あたしが生け贄にならなかったから、神様が怒ってこんなことになったのでは?!」
「それはたぶん違いますよ……」

 オレも以前には『美人を見ると化身を送り込んで手をつけようとする大神』に狙われた事があるから、絶対にあり得ないとは言えない。
 だけど生け贄ひとり捧げるのを邪魔しただけで、怒り狂って暴れ回るような神様だったらむしろ真っ先にこちらが襲われるだろう。

「ちょっと待って下さい。何が起きているのかわたしが確認しましょう」

 上空から見下ろす魔法である『鷹の目』イーグル・アイで砦の状態を見ようと思ったが、そこでこちらの足下に粗末な矢が落ちてきた。

「おい! そこのお前ら止まれ!」

 声のした方に振り返ると、そこにいたのは見た覚えのある相手だと思ったら、昨日出会った山賊達だった。
 オレが『平静』カームで精神をロックして、そのまま逃げ出したので懲りもせずまた山賊稼業に精を出しているというわけか。

「何だね君たち。我々は急いでいるんだ。相手をしている暇は無いのだよ」
「ふざけるな! てめえ! 俺達の事を忘れたとは言わせんぞ!」
「すまないが覚えていないな」
「な、なんだと?!」

 フォラジは昨日、自分を殺しかけた相手の事も覚えていないのか?

「君たちの顔になど何の学術的価値もないのだ。だから記憶する必要は無い」
「だから挑発しないで下さい!」
「ふん。まあいい」

 おや。奴らは妙に落ち着いているぞ。

「見たところその馬鹿と後は女二人だ。『椀かづき』様への生け贄には十分だろう」
「そうだな。こいつらが逃げ込む場所はもう残っていないからな」
「女の方は生け贄の前に楽しませてもらってもいいんだろう?」

 そう言って山賊共はゲスい笑みを浮かべつつ、こちらにジリジリと近づいてくる。
 まあこの程度の相手ならば、オレにとっては脅威ではない。
 しかし連中が発した台詞は聞き逃せなかった。この言葉からすると、こいつらは砦を襲撃した連中と関わりがあるのか?
 そうだ。あの砦が交易路の警備目的ならば、そこに山賊が出没して商人達の脅威となれば、砦にいる兵士は当然、多くが出払う事になる。
 こんな雑魚連中でも『武器を持って交易路をうろついている連中がいる』という話が広まるだけで、砦から幾人か兵士を引きつける役目ぐらいは果たせるはず。
 それは砦を襲う事を企んでいた連中にとっては絶好の好機だ。
 これまでの出来事は、もっと大きな陰謀の発端に過ぎないではないか。そんな恐ろしい思いがオレの脳裏をよぎっていた。

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