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第20章 とある国と聖なる乙女
第831話 屋敷にて思わぬ展開に
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しばしの後、オレはひとまずイオドの自宅の中に案内された。
この家にはイオドと妹のネアラ以外には、年を取った使用人夫妻がいるだけなので、部屋はかなり余っている。
「とりあえず……お嬢様」
オレの相手をしている使用人の老女も少しばかり緊張した様子だ。
長年仕えてきた家にいきなり『娘』が出来たらどう対処していいのか分からないのは当たり前だな。
「そんなに堅苦しくしなくてもいいですよ。『アル』で結構です」
「そういうわけには参りません」
彼女の態度からして、やっぱり現当主であるイオドとオレの関係をいろいろと勘ぐっているらしい。
まあオレが使用人だったとしてもこの場合は『養女と言う建前で受け入れた愛人』だと疑うだろう。そしてその場合、仕えている家の将来を心配するのも当たり前か。
う~ん。傍目にはやっぱり『魔性の女』扱いされそうな状況だな。
そんな事を考えていると、扉が開いてネアラが入ってきた。イオドと一悶着あったようだが、そこを今は問うまい。
「ここはもう結構よ。あなたは下がっていなさい」
「しかし当主様からは――」
「下がりなさいと私が言っているのよ」
「かしこまりました……」
老女はもしもオレ達が取っ組み合いの喧嘩でもしたら、イオドに責められる事を心配したのだろうが、ネアラに命じられてしぶしぶと引き下がる。
「兄さんから一応の事情は聞いたわよ。助けてくれた事と、後は他の軍人から余計なちょっかいを出されないために『養女』としたというところは分かったわ」
さすがにスコテイとの事までは口にしなかったか。あとオレが『聖女(という事になっている)』件も妹には伝えていないようだな。
「本当に兄さんときたら……堅物すぎて出世できないと言われていたら、今度はいきなり『養女』だなんて何を考えているのよ」
オレをいきなり『養女』にしたのは、たぶんイオドが『養女という建前の愛人』という疑念が付きまとう事をほとんど考えもしなかった文字通りの堅物だからなのだろうな。
「いろいろとご迷惑をかけます」
「まあ。少しは常識はあるようね」
オレが頭を下げると、ネアラは一応は憤りが収まってきたらしい。イオドからも『なかよくしろ』と釘をさされているのだろうな。
「兄さんは先ほど軍に報告のため出かけたわよ。後のことは私が任されているから、逆らうのは許さないからね」
あからさまに嫌がらせでもしてくるなら別だが、そうでないなら表面上はネアラの顔を立てるしかない。
「それと兄さんに色目を使ったり、誘惑したりするような真似は天が許しても私が許さないからね。分かった?」
「イオドさんから聞いているとは思いますけど、そんな事は――」
「だまらっしゃい! 私はあなたの返事を聞いているのよ!」
オレがイオドを誘惑など一切していない事をネアラが聞いていないはずがないけど、たぶん半信半疑なんだろうな。
もちろんネアラの心配するような事をする気は一切無いから、約束なんざ幾らでもするよ。
「分かりました。そのような事は絶対にしません」
「いいでしょう。それと私は立場上、あなたの義理の伯母ということになるわけだけど、人前で『伯母さん』なんて呼びかけるのは厳禁よ」
「それではなんとお呼びすればいいのでしょうか?」
オレだってそこまで非常識ではないつもりなんだけどな。
だいたいイオドの『養女』というのも一時の方便であって、いつまでもこの屋敷でお世話になる気はないのだ。
「ならば今後、私のことは『お姉様』と呼ぶように」
どう見てもせいぜい同年輩だけど、自分が上位にあると示したいのだろうな。
「承知しました」
「既に聞いてはいるでしょうけど、我が家はいろいろと厄介を抱えているのよ……それなのに……」
聞いたところではイオドの父は新国王に換言して左遷されたのだっけ。
そしてイオド本人も危なかったのは、ひょっとしたら上層部が謀殺しようとした可能性も否定しきれないという事だった。
ネアラもそこまでは知らないだろうけど、硬骨漢の父や兄がこの国で不利な立場に追いやられつつある事を理解していて、そこに不満もあるのだろうな。
「ところで一つ伺っていいですか?」
「何かしら」
とりあえず今はこの家で情報を収集して、それから自分の行動を決めるしかない。
毎度のごとく出たとこ勝負だけど、それ以外に選択肢がないんだから仕方ない。
だけどやっぱりネアラの視線は少しばかり刺々しい。
「このパナハップの町には最近、各地にあった寺院から司祭達が移住させられているそうですけど、どこにおられるのかご存知ですか?」
「神に仕える身の人たちなら、いま建設中の寺院区画に集められているわよ。どこの教団もまだ寺院は完成していないから、区画の隅っこに臨時の社を立てて、信徒は受け付けているわ」
そうすると聖女教会も同じようにしているのか。
実際に現地に行ってどうなっているのか確認したい反面、オレのことをイロールが聖女に伝えていたら、また面倒な事になりかねないので、ここはしばらく様子見だな。
他にも図書館とか出入りが可能なら、是非とも訪れたいところはいくつもある。
だがそんなことをあれこれ考えていると、ネアラは思わぬことを口にした。
「とにかくあなたも私と共に学校にかようのだから、その準備が大変なのよ」
「え? 学校にですか?」
全く考えもしていなかった言葉に、オレは少々間の抜けた問いをかけていた。
オレがこれまで関わってきた事からすれば、むしろまったくもって『普通』な話だったのだが。
この家にはイオドと妹のネアラ以外には、年を取った使用人夫妻がいるだけなので、部屋はかなり余っている。
「とりあえず……お嬢様」
オレの相手をしている使用人の老女も少しばかり緊張した様子だ。
長年仕えてきた家にいきなり『娘』が出来たらどう対処していいのか分からないのは当たり前だな。
「そんなに堅苦しくしなくてもいいですよ。『アル』で結構です」
「そういうわけには参りません」
彼女の態度からして、やっぱり現当主であるイオドとオレの関係をいろいろと勘ぐっているらしい。
まあオレが使用人だったとしてもこの場合は『養女と言う建前で受け入れた愛人』だと疑うだろう。そしてその場合、仕えている家の将来を心配するのも当たり前か。
う~ん。傍目にはやっぱり『魔性の女』扱いされそうな状況だな。
そんな事を考えていると、扉が開いてネアラが入ってきた。イオドと一悶着あったようだが、そこを今は問うまい。
「ここはもう結構よ。あなたは下がっていなさい」
「しかし当主様からは――」
「下がりなさいと私が言っているのよ」
「かしこまりました……」
老女はもしもオレ達が取っ組み合いの喧嘩でもしたら、イオドに責められる事を心配したのだろうが、ネアラに命じられてしぶしぶと引き下がる。
「兄さんから一応の事情は聞いたわよ。助けてくれた事と、後は他の軍人から余計なちょっかいを出されないために『養女』としたというところは分かったわ」
さすがにスコテイとの事までは口にしなかったか。あとオレが『聖女(という事になっている)』件も妹には伝えていないようだな。
「本当に兄さんときたら……堅物すぎて出世できないと言われていたら、今度はいきなり『養女』だなんて何を考えているのよ」
オレをいきなり『養女』にしたのは、たぶんイオドが『養女という建前の愛人』という疑念が付きまとう事をほとんど考えもしなかった文字通りの堅物だからなのだろうな。
「いろいろとご迷惑をかけます」
「まあ。少しは常識はあるようね」
オレが頭を下げると、ネアラは一応は憤りが収まってきたらしい。イオドからも『なかよくしろ』と釘をさされているのだろうな。
「兄さんは先ほど軍に報告のため出かけたわよ。後のことは私が任されているから、逆らうのは許さないからね」
あからさまに嫌がらせでもしてくるなら別だが、そうでないなら表面上はネアラの顔を立てるしかない。
「それと兄さんに色目を使ったり、誘惑したりするような真似は天が許しても私が許さないからね。分かった?」
「イオドさんから聞いているとは思いますけど、そんな事は――」
「だまらっしゃい! 私はあなたの返事を聞いているのよ!」
オレがイオドを誘惑など一切していない事をネアラが聞いていないはずがないけど、たぶん半信半疑なんだろうな。
もちろんネアラの心配するような事をする気は一切無いから、約束なんざ幾らでもするよ。
「分かりました。そのような事は絶対にしません」
「いいでしょう。それと私は立場上、あなたの義理の伯母ということになるわけだけど、人前で『伯母さん』なんて呼びかけるのは厳禁よ」
「それではなんとお呼びすればいいのでしょうか?」
オレだってそこまで非常識ではないつもりなんだけどな。
だいたいイオドの『養女』というのも一時の方便であって、いつまでもこの屋敷でお世話になる気はないのだ。
「ならば今後、私のことは『お姉様』と呼ぶように」
どう見てもせいぜい同年輩だけど、自分が上位にあると示したいのだろうな。
「承知しました」
「既に聞いてはいるでしょうけど、我が家はいろいろと厄介を抱えているのよ……それなのに……」
聞いたところではイオドの父は新国王に換言して左遷されたのだっけ。
そしてイオド本人も危なかったのは、ひょっとしたら上層部が謀殺しようとした可能性も否定しきれないという事だった。
ネアラもそこまでは知らないだろうけど、硬骨漢の父や兄がこの国で不利な立場に追いやられつつある事を理解していて、そこに不満もあるのだろうな。
「ところで一つ伺っていいですか?」
「何かしら」
とりあえず今はこの家で情報を収集して、それから自分の行動を決めるしかない。
毎度のごとく出たとこ勝負だけど、それ以外に選択肢がないんだから仕方ない。
だけどやっぱりネアラの視線は少しばかり刺々しい。
「このパナハップの町には最近、各地にあった寺院から司祭達が移住させられているそうですけど、どこにおられるのかご存知ですか?」
「神に仕える身の人たちなら、いま建設中の寺院区画に集められているわよ。どこの教団もまだ寺院は完成していないから、区画の隅っこに臨時の社を立てて、信徒は受け付けているわ」
そうすると聖女教会も同じようにしているのか。
実際に現地に行ってどうなっているのか確認したい反面、オレのことをイロールが聖女に伝えていたら、また面倒な事になりかねないので、ここはしばらく様子見だな。
他にも図書館とか出入りが可能なら、是非とも訪れたいところはいくつもある。
だがそんなことをあれこれ考えていると、ネアラは思わぬことを口にした。
「とにかくあなたも私と共に学校にかようのだから、その準備が大変なのよ」
「え? 学校にですか?」
全く考えもしていなかった言葉に、オレは少々間の抜けた問いをかけていた。
オレがこれまで関わってきた事からすれば、むしろまったくもって『普通』な話だったのだが。
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