異世界転移したら女神の化身にされてしまったので、世界を回って伝説を残します

高崎三吉

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第20章 とある国と聖なる乙女

第849話 口説かれた後で

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 オレが応じる気などさらさらないにも関わらず、アイウーズは少しずつこちらににじり寄ってくる。
 青春学園ものでも、初対面で早々に口説くのは失敗フラグそのものだぞ。いや。待てよ。
 その場合は腐れ縁フラグでもありうるのだな。

「とにかくあなたの立場からすれば、わたしごときにうつつを抜かしている場合ではないでしょう。留学先で女や酒におぼれて身を持ち崩す人もいると聞いたことがありますよ」
「君が僕の心配をしてくれたのは嬉しいよ」

 またどこまでも都合よく解釈しているな。
 もちろんオレがお付き合いを断っているのを分かっていないはずがないが、そんな事など気にもとめない鉄面皮ということだ。

「だけどそんな杓子定規に正論ばかり振りかざしていると、折角の美人がもったいないと思わないかい?」
「それこそあなたに心配されるいわれはありません」

 ああいえばこういうしたたかなところは、これまでの知り合いでいえばウァリウス皇帝あたりに近いかな。
 そんなオレにとっては不毛な――たぶんアイウーズにとってはまるで別の――やり取りをしていると授業終了の鐘が鳴った。
 どうやら一安心というところだろうか。

「それでは失礼しますよ」

 オレはさっさと蒼穹女学院側の扉を開ける。そこから先は男子禁制なので、いくらアイウーズでも入ってはこれまい。

「名残惜しいなあ……だけどまた会えるよね」

 アイウーズは開いた戸口からオレに声をかけてきたが、こっちはあえて聞こえないふりをしてさっさと立ち去った。


 ひとまず授業の終了後、オレはネアラと一緒に帰ることとなる。
 もちろん無駄に周囲の注目――それも好意的とはいいがたいもの――を集めているのはいつもの事だが、ここでネアラがオレに問うて来る。

「あなたが魔術の授業時間の時、アイウーズ様と一緒にいたと言うのは本当なの?」

 どうしてそれをネアラが知っているんだ? 仮にアイウーズが広めたとしても、まだ蒼穹女学院にまで伝わっているとは思えない。
 そうするとサーシェルがこの噂の出どころか?
 いや。幾ら何でもそれはないだろう。

「アイウーズ様がサーシェル先生のところから出てきたあなたに呼びかけていたのを見た人がいるのよ」

 そう言うことか。
 ここまでくるとオレの動向は常に見張られていると考えた方がいいだろう。
 有名人はつらいよ――言葉通りで本当につらい。

「アイウーズ様の妻の座は大勢が狙っているのよ。それにいきなりあなたが授業を休んでまで売り込みを図ったら、気分を害する人も多いでしょう」
「ちょっと待って下さい。わたしは何も――」
「もちろんあたしだって、あなたがアイウーズ様と会ったのは偶然だって事ぐらいは分かっているわよ。だけどその機会に取り入ろうとしたのではないの?」

 逆だよ逆!
 アイウーズの方がオレにすり寄って来たんだっつうの。

「違います。その時には少しばかりお話をさせてもらっただけです」
「それは本当なの?」

 明らかに疑っているな。ネアラはオレを『兄に取り入って養女にさせた魔性の女』扱いしていたのだから、すぐにもっと地位の高い他の男に取り入ろうとしていると不快になっているのか?

「当たり前です。だいたいわたしはアイウーズ様の名前すら、名乗りを受けるまで全く知らなかったのですよ」
「まあ数日の付き合いだけど、あなたがそこまで無節操とは思わないわ」

 おお。ネアラも少しはオレの事を分かってくれていたのか。

「だからもうお兄様には近寄らないでよ」

 やっぱりそっちの話になるか。
 しかしあのアイウーズがそれほど人気だったとはな。
 以前の後宮の経験から、てっきり大貴族は王妃の座を狙うものとか思い込んでいたが、考えてみると王妃の座は一つだけで、なおかつ虎視眈々と有力貴族が狙っている。
 それに外交の都合で近隣国から王妃を迎える場合もあるだろう。
 どんな大貴族がバックにいても、その地位を得られる保証はない。
 側室だったら十分に見込みはあるかもしれないが、そっちは何人もいるはずなので、よほどの寵愛を受けないと『側室の一人』で終わってしまう――それでも一般人なら眩いばかりの出世だろうけどな。

 もっとも今の王妃はもともと王位に就くはずの無かった今の国王をその地位につける原動力になったという噂だが、真相は未だに藪の中だ。
 それはともかく現国王には今の所、子供がいないそうだ。
 これから生まれるとしてしても、いまこの蒼穹女学院にいる女子とは十五才やそこらは歳が離れているわけで、常識的には輿入れは非常に厳しいだろう。
 子供が出来ないまま現国王が亡くなれば、次の国王は継承権の順番に選ばれるわけだが、さすがに成人の王族にはほとんどの場合、配偶者がいるはずだ。
 要するに現王妃を暗殺するとか、とんでもない事を考えない限り、この国の王妃になれる見込みは極めて低い。
 そうするとこの蒼穹女学院に通っていて婚約者がいない女生徒の場合、留学してきたばかりで相手がまだ決まっていないアイウーズは『優良物件』ということか。

 属国とは言えど一国のトップに立つ可能性のある男ならば、人生をかける価値はあるだろう。
 縁者もいない遠方の国に輿入れするわけだが、貴族の娘だったら政略結婚で充分にありうる事だと最初から分かっているはず。
 あと国同士の関係が断絶した時も危ういが、一応は『外交使節』のような存在なので危害を加えず送り返されるのが大半で、さすがに殺されることは滅多になかったようだ。
 中には政略結婚でも本当に愛し合っていたのか、妻が自分の祖国と断絶した結果、滅びゆく夫と最後まで運命を共にした例もあったらしい。

 何にせよそういう事が嫌な女子はそもそもアイウーズに近寄りはすまい。
 普通に考えれば『人質』であるアイウーズの結婚が自由になるとは思えないが、相手がフラネス王国の貴族でありさえすれば、本人の意向が全く反映されないわけでもないだろう。
 アイウーズが結婚を熱望しているのなら、それを受け入れてやれば当然、フラネス王国に感謝するはずだ。
 その妻を通じてアイウーズが帰国した後のグラフト公国に影響を及ぼしやすくもなる。
 いくら政略結婚でも、折り合いの悪い相手と結婚させて夫婦仲が冷え切った、と言うのではお互いにとってマイナスなのだ。
 もちろんアイウーズもそれを分かっているので、相手が既婚者だとか非常識な要求でもない限り、自分が妻に欲しいと言えばほぼそれが通ると考えているに違いない。
 そこまでは他人事だと思えば、別になんでもない話だが、ターゲットになっているのがオレなのだから何とも困る。
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