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第20章 とある国と聖なる乙女
第865話 国王について問うたところ
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アイウーズと馬車に乗って、学校に向かうがどうにも動きが遅いようだ。
もちろん街中なので、馬車も全力疾走とはいかないだろうけど、意図的にゆっくり動いているらしい。
ぶっちゃけ早足と大して変わらない。
その意図は昨日の襲撃者をおびき出すためなのと、後はやっぱり嬉しげに向き合って座っているアイウーズの意向なのだろう。
「このままこの時間が永遠になればいいのにね」
「何もせず変化もない時間が永遠に続くなら、それは死と変わりませんよ」
「ははは。それならこの馬車の中で変化があればいいのだね」
そう言ってアイウーズは図々しくも身を乗り出して、オレの手を取る。
こいつは自分が馬車の中で死体と化す危険がある事を知っていながら、相変わらずの神経だな。そこはちょっと羨ましいが、さりげなく手は引っ込める。
「ひとつ言っておきますけど、あなたと一緒に死ぬなんて真っ平ですよ」
「もちろん僕は君と一緒に生きていたいさ」
祖国の親類縁者から命を狙われているかもしれないのにこのふてぶてしさは、やっぱり人質としてかつての敵国に送り出されるだけの事はあると思っておこう。
とりあえずこの機会に聞く事もある。
「あなたは国王陛下にも謁見された事があるのですよね?」
「もちろんだよ。現在のグラフト公の地位は国王陛下から承認されるものだからね」
この時のアイウーズは少しばかり表情が陰ったかのように見えた。
もともと『グラフト公』の座はずっと前に滅んだ帝国から与えられたもので、それをずっと誇りにして、王を名乗ったフラネスと対立していた筈がそのフラネス王に承認されるようになった事に忸怩たる思いはあるのだろう。
「どのようなお方だったのですか? よろしければ教えていただけますか?」
王妃はまだ見込みがあるかもしれないけど、さすがにオレが国王に対面して意見出来る機会があるとは思えない。
オレの正体を明かせば話は別だろうけど、なにしろ王妃が『アルタシャ』だという噂を流している張本人の可能性もある以上、それは危険過ぎる。
今のところオレは国王も王妃も、ほぼ噂レベルの情報しか得ていないのだ。
正体を明かすにしてもできる限り情報を得てからにせねばなるまい。
もちろんいくら属国になったと言っても、昨年まで対立していた――そしてまたいつ裏切るか分からない――グラフトの公子に重要な話をするとも思えないが、ここでアイウーズから話を聞くだけでも損はないだろう。
もっともこの男がどこまで本当の事を口にするのかも分からないけど、その時はその時だ。
少なくともこの国に来てから、信頼性の高い情報にはあまり接していないからな。
「君も知っていると思うけど、陛下は王位を継いで間もないまだ二十代のお若い方だよ」
「それだけでしょうか?」
「申し訳ないけど、僕も留学してきた直後に一度だけ謁見の機会があっただけだよ。その時に通り一遍の話をさせてもらっただけさ」
ふうむ。地位的にはこの国でもトップクラスの筈だけど、むしろそれ故にこそ国政には関わらせてもらえない筈だから、そんなものだろうな。
この程度では人となりなど分かりっこないな。
よくあるファンタジーならごくたわいの無い対面でも、一瞬だが背後におぞましい闇の気配を感じたりとか、王様は生気の無い目をしていて大臣の傀儡なのが丸わかりだったりするものだけど、そんな分かりやすい『王様』がいたら苦労は無い。
「それでは王妃様について何かご存じの事はありませんか?」
「あいにくだけど謁見時に王妃殿下はおられなかったので、何も知らないよ」
アイウーズが『人質』であって、どうせ国王とも大した話をしない事が分かっていたので、顔を出さなかっただけなのか、それとも本当に人前には滅多に姿を現さないのか、やっぱりこれだけでは判別出来ないな。
「君の話というのはそんなものなのかい」
あれ? アイウーズはどんどん機嫌が悪くなっていく様子だ。
勝手にオレとの二人きりの逢瀬を期待していたのに、オレが聞くのが国王の話題だけなのはやっぱり不満なのか。
その気持ちは分かるが、こっちは最初からアイウーズからはできる限り情報を引き出すぐらいしか考えていません――そんなことを言うと『男を手玉にとる魔性の女』扱いされてしまいそうだ。
外交で首脳会談をしても、その時点では既に外交官がほとんど根回していて、実際に首脳同士で交渉する余地などほとんど無いらしいが、アイウーズもあくまで『グラフトが屈服した』という象徴に過ぎないのか。
「やはり君ほどの女性ならば、僕ごときはとるに足らない存在なのかい?」
あれ? いくら属国でも一つの国の公子がそこまで言うとは、まさかオレの正体に感づいているのか?
だがその次にアイウーズが発した言葉は、やっぱりオレの想像をぶっちぎっていた。
「確かに君ならば国王陛下に輿入れも夢では無いだろうけど――」
「全く違いますよ!」
オレが国王についてあれこれ聞いたのをアイウーズは『国王に近づいて妻になるため』だと勘違いしたのか。最初に国王について聞いた時に、表情が陰ったのもそれが理由か。
これまでアイウーズに対してまるで気のない態度をとっているのも、目当てが国王だったからだと思ったのかもしれない。
確かにアイウーズの視点からすると、それが合理的な判断なのかもしれないが、そこは全く思考の範囲外だったよ。
いや。今すぐにでも襲撃があるかもしれない状況で、そんな会話をしているのは我ながらどうかと思うのだけどな。
もちろん街中なので、馬車も全力疾走とはいかないだろうけど、意図的にゆっくり動いているらしい。
ぶっちゃけ早足と大して変わらない。
その意図は昨日の襲撃者をおびき出すためなのと、後はやっぱり嬉しげに向き合って座っているアイウーズの意向なのだろう。
「このままこの時間が永遠になればいいのにね」
「何もせず変化もない時間が永遠に続くなら、それは死と変わりませんよ」
「ははは。それならこの馬車の中で変化があればいいのだね」
そう言ってアイウーズは図々しくも身を乗り出して、オレの手を取る。
こいつは自分が馬車の中で死体と化す危険がある事を知っていながら、相変わらずの神経だな。そこはちょっと羨ましいが、さりげなく手は引っ込める。
「ひとつ言っておきますけど、あなたと一緒に死ぬなんて真っ平ですよ」
「もちろん僕は君と一緒に生きていたいさ」
祖国の親類縁者から命を狙われているかもしれないのにこのふてぶてしさは、やっぱり人質としてかつての敵国に送り出されるだけの事はあると思っておこう。
とりあえずこの機会に聞く事もある。
「あなたは国王陛下にも謁見された事があるのですよね?」
「もちろんだよ。現在のグラフト公の地位は国王陛下から承認されるものだからね」
この時のアイウーズは少しばかり表情が陰ったかのように見えた。
もともと『グラフト公』の座はずっと前に滅んだ帝国から与えられたもので、それをずっと誇りにして、王を名乗ったフラネスと対立していた筈がそのフラネス王に承認されるようになった事に忸怩たる思いはあるのだろう。
「どのようなお方だったのですか? よろしければ教えていただけますか?」
王妃はまだ見込みがあるかもしれないけど、さすがにオレが国王に対面して意見出来る機会があるとは思えない。
オレの正体を明かせば話は別だろうけど、なにしろ王妃が『アルタシャ』だという噂を流している張本人の可能性もある以上、それは危険過ぎる。
今のところオレは国王も王妃も、ほぼ噂レベルの情報しか得ていないのだ。
正体を明かすにしてもできる限り情報を得てからにせねばなるまい。
もちろんいくら属国になったと言っても、昨年まで対立していた――そしてまたいつ裏切るか分からない――グラフトの公子に重要な話をするとも思えないが、ここでアイウーズから話を聞くだけでも損はないだろう。
もっともこの男がどこまで本当の事を口にするのかも分からないけど、その時はその時だ。
少なくともこの国に来てから、信頼性の高い情報にはあまり接していないからな。
「君も知っていると思うけど、陛下は王位を継いで間もないまだ二十代のお若い方だよ」
「それだけでしょうか?」
「申し訳ないけど、僕も留学してきた直後に一度だけ謁見の機会があっただけだよ。その時に通り一遍の話をさせてもらっただけさ」
ふうむ。地位的にはこの国でもトップクラスの筈だけど、むしろそれ故にこそ国政には関わらせてもらえない筈だから、そんなものだろうな。
この程度では人となりなど分かりっこないな。
よくあるファンタジーならごくたわいの無い対面でも、一瞬だが背後におぞましい闇の気配を感じたりとか、王様は生気の無い目をしていて大臣の傀儡なのが丸わかりだったりするものだけど、そんな分かりやすい『王様』がいたら苦労は無い。
「それでは王妃様について何かご存じの事はありませんか?」
「あいにくだけど謁見時に王妃殿下はおられなかったので、何も知らないよ」
アイウーズが『人質』であって、どうせ国王とも大した話をしない事が分かっていたので、顔を出さなかっただけなのか、それとも本当に人前には滅多に姿を現さないのか、やっぱりこれだけでは判別出来ないな。
「君の話というのはそんなものなのかい」
あれ? アイウーズはどんどん機嫌が悪くなっていく様子だ。
勝手にオレとの二人きりの逢瀬を期待していたのに、オレが聞くのが国王の話題だけなのはやっぱり不満なのか。
その気持ちは分かるが、こっちは最初からアイウーズからはできる限り情報を引き出すぐらいしか考えていません――そんなことを言うと『男を手玉にとる魔性の女』扱いされてしまいそうだ。
外交で首脳会談をしても、その時点では既に外交官がほとんど根回していて、実際に首脳同士で交渉する余地などほとんど無いらしいが、アイウーズもあくまで『グラフトが屈服した』という象徴に過ぎないのか。
「やはり君ほどの女性ならば、僕ごときはとるに足らない存在なのかい?」
あれ? いくら属国でも一つの国の公子がそこまで言うとは、まさかオレの正体に感づいているのか?
だがその次にアイウーズが発した言葉は、やっぱりオレの想像をぶっちぎっていた。
「確かに君ならば国王陛下に輿入れも夢では無いだろうけど――」
「全く違いますよ!」
オレが国王についてあれこれ聞いたのをアイウーズは『国王に近づいて妻になるため』だと勘違いしたのか。最初に国王について聞いた時に、表情が陰ったのもそれが理由か。
これまでアイウーズに対してまるで気のない態度をとっているのも、目当てが国王だったからだと思ったのかもしれない。
確かにアイウーズの視点からすると、それが合理的な判断なのかもしれないが、そこは全く思考の範囲外だったよ。
いや。今すぐにでも襲撃があるかもしれない状況で、そんな会話をしているのは我ながらどうかと思うのだけどな。
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