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第20章 とある国と聖なる乙女

第892話 すり寄られても困ることに

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 縛られた上体で床に這いつくばって、オレに慈悲を乞うスコテイを周囲の一同は全員言葉なく、唖然と見つめているだけだった。
 どうやら言葉を失ったのはオレだけでは無いようで、それは少しばかり安心すべきだろうか――着眼点がおかしい事は自分でも分かっている。

「ネアラ……お前は別室に下がっていなさい」

 最初に口を開いたのはイオドだったが、やはり妹に『人間の醜いところ』は見せたくないという気持ち故なのだろう。

「分かりました……」

 ネアラがドアの向こうに消えたところで、イオドはスコテイに蔑んだ視線を向けつつ叫ぶ。

「お前には……恥というものはないのか! つい先ほどアルタシャ様のお命を狙っておきながら、その態度はなんだ!」
「もちろんアルタシャ様のお命を狙った事を申し訳なく思ったので、この通りひれ伏して慈悲をこいねがっております」

 絶対に申し訳ないと思ったのでは無く、この場を切り抜けるためだけだろう。
 だがスコテイは縛られたまま、イモムシのごとく床を這い回りつつオレの足下にすり寄ってくる。
 その姿は実に無様で醜悪だが、どこか空恐ろしいものを感じさせる光景だった。
 これがホラー映画だったら不気味なBGMが鳴り響いていると思ってしまったよ。

「ただ助かりたい一心で、口から出任せをほざいているだけだろうが!」
「それを決めるのは、アルタシャ様でございましょう」

 スコテイは改めてオレにこびた卑屈な視線を向けてくる。
 女王様キャラだったら靴をなめろというシーンかもしれないが、今のスコテイなら喜んでやるだろうな。
 だがスコテイの行動は切羽詰まったものではあるが、決して成算無くやっているものではないようだ。
 たぶんオレの評判を聞いていて『アルタシャはたとえ自分の命を狙った相手でも、命を奪う事までは望まない』と判断しているに違いない。
 実際その通りだし、過去に何度もやってきたのだけど、それを利用されるのは個人的にシャクなところだ。

「そんな事を口にしても、仮に解放したらあなたは即座にまた敵に回るのでしょう?」

 悪の手先が正義の味方に敗れた後、いきなり改心して仲間になるというのは元の世界のヒーローものでは定番の展開だけど、もちろん現実がそんなに甘い筈が無い。

「とんでもありません。これから私は心を入れ替えて、アルタシャ様のために働くと誓いましょう」

 こいつはついさっき『出世が最優先』だと言っていたのに、何枚舌があるのだろうか?
 もうこうなったら一度、舌を引き抜き、死なないように回復魔法をかけてやろうかと思ったけど、とてもオレには実行不可能だな。

「ええい! 見苦しいにも程があるぞ!」
「お前には話をしておらん。私はアルタシャ様にお願いしているのだ」

 激怒するイオドに対し、スコテイはオレの時とは一変した横柄な態度を示す。

「私の当初の計画が破綻してしまったのは明らかだ。ならばここはアルタシャ様について、少しでもよりより待遇をえられるように努力するのは人として当然というものだろう」

 ついさっき殺そうとした相手に寝返るのは『人として』おかしいとは思わないのか。
 いや。そんな事を思っていても、おくびにも出さないだけなのだろうな。

「仮にいま逃げ出して戻ったところで、私に行動がとがめられるのは明らかです。それならば今はアルタシャ様の慈悲にすがり、お役に立ってみせる事で失地を挽回するのがもっともよい道ではないでしょうか」
「やはりお前が考えているのは、自分の事だけでは無いか」
「私の利益を説けば、自然とアルタシャ様に協力する事になるというだけの話だ。賢明なるアルタシャ様ならば私の道理を分かって下さるはずだ」

 いつの間にかスコテイがオレに協力するという事で話を進めようとしているぞ。
 つくづく厚顔無恥だな。
 しかし冷静に考えると、オレにはスコテイを殺すという選択肢は論外、もちろんこのまま追い出すわけにもいかない。

「もちろんアルタシャ様のお許しがいただけるなら、私が知っている事は細大漏らさず全てお教えしましょう」

 それなら許しを与える必要も無く拷問してでも口を割らせる――なんて真似が出来るはずもない。
 仕方ないのでいつものように難題は先送りにしよう。

「とりあえず今すぐ返答出来る事でもありません。今晩はそのままと言うことにさせてもらいますよ」
「おお! ありがとうございます!」

 スコテイは感謝の言葉と共に改めてその額を床にこすりつける。
 すぐに自分が殺されない――つまり今度も取り入る機会はある――と判断したようだ。

「アルタシャ様……あなた様の慈悲深さは繰り返し聞いておりますが、この男はそのような道理が通じる相手ではありませんぞ」

 イオドは憮然とツッコミを入れるが、サーシェルがなだめる。

「いいえ。命を狙ったものであっても命を奪わぬとは、さすがは名高い女傑のお言葉です。そのようなお方であるからこそ、大陸にその名声を轟かせたのでございましょう」

 ここでアイウーズも合いの手を入れる。

「そうです。改めてアルタシャ様の素晴らしさを見せつけられた気分ですよ」

 アイウーズは自分を売り込んで点数稼ぎしたいのが見え見えだぞ。
 しかし負けた後でも憎々しげに怒りをぶつけてくる相手よりも、媚びを売ってくる相手の方がよほど困った事になるとは、オレにとっても新しい発見というべきか。
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