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第21章 神の試練と預言者
第960話 困った人間の本性についていろいろと
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恐らくシャンサは神造者から追放された後、長きに渡る放浪の末にこの荒廃した地にてイル=フェロ信徒を見つけたのだろう。
もちろんそれは最近の話ではないはずだ。
長期間に渡り彼らを研究し、その上で自分が預言者とされるように持って行くまでの努力は想像を絶するものだったろう。
そうでなければ、外部の人間がイル=フェロ信徒の預言者と認められるはずがない。
他人事ながらその努力をまともな研究者として費やしていればと思ってしまうな。
「あなたにとってはこの地は自分の理論を証明する実験場なのですね」
「その通りだとして何が悪い? 実際に私はイル=フェロ信徒達の支持を得て、この地位にあるのだ」
「ふざけるな! 俺はお前など支持してはおらんぞ!」
「すみません。今は落ち着いて下さい」
当然のごとくサロールが憤りの声をあげるが、オレは制止する。
サロールは『実験場』には反応しなかったが、たぶん言葉の意味を知らないのだろうな。
しかしシャンサもテセルも、他人の信仰について『実験する』行為そのものにはまるで抵抗はなく、それが大勢に人生を左右することも分かっていて、良心の呵責すらないのだ。
この神造者に共通する思考回路はやっぱりオレにはついていけないところではある。
そしてシャンサは自分たちの失敗が原因で、多大な被害をもたらし、神造者から追放されても『理論が間違っていたからではなく、経験が不足していた』と考えている。
歴史を見れば、誤った研究に人生を捧げ無意味に浪費してしまった人間は無数にいるし、国家単位でそんな失敗を犯してしまった例も存在する。
困った事に『解放派』の場合は、少なくとも短期的には大きな力を与えるわけで、過去に彼らが引き起こした問題を知らない相手ならば、支持を得るのはさほど難しくはないだろう。
しかもシャンサはこのイル=フェロ信徒の支配は、単なる足がかりとしか思っていないのも間違いない。
「言っておくが私は決して楽をして今の地位を得たのではないぞ。いや。むしろ多大な犠牲を払ったのだ……」
そう言ってシャンサはその表情を曇らせる。
「この地に来たとき、私には幾人も仲間がいた。神造者から追放されてからも、苦楽をともにしてきた愛する者達だ……だが今は私しか残っていない」
その態度からして仲間は挫折して去っていただけでなく、イル=フェロ信徒達の手にかかった者もいたのだろう。
そんな犠牲を出してようやく今の地位を得たとなれば、簡単にそれを手放す事など出来る筈もないか。
つい先日、出会ったフラネス国王は望みもしないのに国王の座を得たので地位への執着がなく、そのためにリスクの大きな道をあえて選択していたのだった。
正反対のようで結果が似たような事になるのも、これまた人間の困った一面というべきなのだろうな。
しかしこちらも、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
「それでイル=フェロ信徒を支配して、更に勢力を拡大しても、結局はよって立つ信仰の力を浪費・枯渇させて最後は破滅するのではありませんか?」
「先ほど言ったはずだが私は、過去の経験からどれだけの力を引き出せば良いのか、それは分かっているつもりだ。同じ失敗は繰り返さない」
この地のイル=フェロ信徒は、大災害で住んでいた土地が荒廃した結果として『過去の人間は堕落していたから、こんな事になったのだ』と全否定して、弱肉強食の教えを信奉するに至ってしまった。
だがその預言者として実質トップに立った、シャンサの方は過去の重大な過ちを知っていながら、それでも自分の正しさを信じて――かなりはた迷惑なやり方で――貫き通そうとしている。
どうしてどいつもこいつも極端に走るんだよ。
「それでもここで行っているのは実験の一環でしかないのでしょう? しかもあなた一人で全てに目を通せるわけでもない」
「その通りだ……」
失った仲間に思いを馳せているのか。シャンサは少しばかり沈痛な表情を浮かべる。
「それでは結果は同じになりかねません。今からでも遅くはないです。イル=フェロ信徒を扇動するのは辞めて下さい。そうでないとあなたも破滅しますよ」
「やはり大陸に名を馳せる聖女もそこまでか……いや。むしろ評判通り、いらぬお節介をしてこの私を救おうとでも考えているのかね?」
「そう思って下さって構いませんよ」
ここでシャンサは小さくため息をつき、その肩を落とす。
「ありがたい申し出と言うべきなのだろうな。名高い聖女アルタシャ自らが、この私のような取るに足らぬ追放者の身を案じ、危険を乗り越えて説得に来てくれるとは……これもまた聖女の伝説を飾る一つの逸話となるやもしれぬ」
そう言ってシャンサは傍らにいるテセルにチラと目を向ける。
確かにテセルだったら、この話もいろいろと脚色し、自分で伝説的な美談に仕立て上げるぐらいは簡単にやりそうだな。
しかし次にシャンサは決意を込めて叫んだ。
「だがそれは断る!」
うう。やっぱりそうなるか。
「これは『解放』に全てを捧げた我が人生最後の好機なのだ! それを今さら引き返すわけにはいかぬのだ!」
その宣言と共に粗末な社の中は急速に温度が跳ね上がり、積み上げられた石の隙間から高温の蒸気が噴き出し始めた。
もちろんそれは最近の話ではないはずだ。
長期間に渡り彼らを研究し、その上で自分が預言者とされるように持って行くまでの努力は想像を絶するものだったろう。
そうでなければ、外部の人間がイル=フェロ信徒の預言者と認められるはずがない。
他人事ながらその努力をまともな研究者として費やしていればと思ってしまうな。
「あなたにとってはこの地は自分の理論を証明する実験場なのですね」
「その通りだとして何が悪い? 実際に私はイル=フェロ信徒達の支持を得て、この地位にあるのだ」
「ふざけるな! 俺はお前など支持してはおらんぞ!」
「すみません。今は落ち着いて下さい」
当然のごとくサロールが憤りの声をあげるが、オレは制止する。
サロールは『実験場』には反応しなかったが、たぶん言葉の意味を知らないのだろうな。
しかしシャンサもテセルも、他人の信仰について『実験する』行為そのものにはまるで抵抗はなく、それが大勢に人生を左右することも分かっていて、良心の呵責すらないのだ。
この神造者に共通する思考回路はやっぱりオレにはついていけないところではある。
そしてシャンサは自分たちの失敗が原因で、多大な被害をもたらし、神造者から追放されても『理論が間違っていたからではなく、経験が不足していた』と考えている。
歴史を見れば、誤った研究に人生を捧げ無意味に浪費してしまった人間は無数にいるし、国家単位でそんな失敗を犯してしまった例も存在する。
困った事に『解放派』の場合は、少なくとも短期的には大きな力を与えるわけで、過去に彼らが引き起こした問題を知らない相手ならば、支持を得るのはさほど難しくはないだろう。
しかもシャンサはこのイル=フェロ信徒の支配は、単なる足がかりとしか思っていないのも間違いない。
「言っておくが私は決して楽をして今の地位を得たのではないぞ。いや。むしろ多大な犠牲を払ったのだ……」
そう言ってシャンサはその表情を曇らせる。
「この地に来たとき、私には幾人も仲間がいた。神造者から追放されてからも、苦楽をともにしてきた愛する者達だ……だが今は私しか残っていない」
その態度からして仲間は挫折して去っていただけでなく、イル=フェロ信徒達の手にかかった者もいたのだろう。
そんな犠牲を出してようやく今の地位を得たとなれば、簡単にそれを手放す事など出来る筈もないか。
つい先日、出会ったフラネス国王は望みもしないのに国王の座を得たので地位への執着がなく、そのためにリスクの大きな道をあえて選択していたのだった。
正反対のようで結果が似たような事になるのも、これまた人間の困った一面というべきなのだろうな。
しかしこちらも、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
「それでイル=フェロ信徒を支配して、更に勢力を拡大しても、結局はよって立つ信仰の力を浪費・枯渇させて最後は破滅するのではありませんか?」
「先ほど言ったはずだが私は、過去の経験からどれだけの力を引き出せば良いのか、それは分かっているつもりだ。同じ失敗は繰り返さない」
この地のイル=フェロ信徒は、大災害で住んでいた土地が荒廃した結果として『過去の人間は堕落していたから、こんな事になったのだ』と全否定して、弱肉強食の教えを信奉するに至ってしまった。
だがその預言者として実質トップに立った、シャンサの方は過去の重大な過ちを知っていながら、それでも自分の正しさを信じて――かなりはた迷惑なやり方で――貫き通そうとしている。
どうしてどいつもこいつも極端に走るんだよ。
「それでもここで行っているのは実験の一環でしかないのでしょう? しかもあなた一人で全てに目を通せるわけでもない」
「その通りだ……」
失った仲間に思いを馳せているのか。シャンサは少しばかり沈痛な表情を浮かべる。
「それでは結果は同じになりかねません。今からでも遅くはないです。イル=フェロ信徒を扇動するのは辞めて下さい。そうでないとあなたも破滅しますよ」
「やはり大陸に名を馳せる聖女もそこまでか……いや。むしろ評判通り、いらぬお節介をしてこの私を救おうとでも考えているのかね?」
「そう思って下さって構いませんよ」
ここでシャンサは小さくため息をつき、その肩を落とす。
「ありがたい申し出と言うべきなのだろうな。名高い聖女アルタシャ自らが、この私のような取るに足らぬ追放者の身を案じ、危険を乗り越えて説得に来てくれるとは……これもまた聖女の伝説を飾る一つの逸話となるやもしれぬ」
そう言ってシャンサは傍らにいるテセルにチラと目を向ける。
確かにテセルだったら、この話もいろいろと脚色し、自分で伝説的な美談に仕立て上げるぐらいは簡単にやりそうだな。
しかし次にシャンサは決意を込めて叫んだ。
「だがそれは断る!」
うう。やっぱりそうなるか。
「これは『解放』に全てを捧げた我が人生最後の好機なのだ! それを今さら引き返すわけにはいかぬのだ!」
その宣言と共に粗末な社の中は急速に温度が跳ね上がり、積み上げられた石の隙間から高温の蒸気が噴き出し始めた。
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