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第21章 神の試練と預言者
第962話 復讐と欲望と
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いつの間にかオレ達のいる火口の端の至るところから、蒸気が吹き出してオレ達を包囲している。
何ともグロい事にその蒸気は、いずれもシャンサの形を取っているのだ。
全く同じ外見のオッサンが白い蒸気の姿で迫ってくるのは、生理的にも結構来るものがあるなら。
もちろんここは活火山の火口だから、熱だけならいくらでもあるので、イル=フェロ神から盗み取った力を惜しげも無く注いでいるのだろう。
『お前たちはもう逃げられんぞ。いや。一箇所だけあるかな』
蒸気から生まれた数多いシャンサの首は一斉に噴火口にその目を向ける。
『大陸に名を馳せた名高き女英雄が飛び込んだとなれば、さぞかし名高い聖地となるであろうな。大陸中の信仰を集める事も出来るだろう』
シャンサも一応は神造者の端くれだったから、そうやって伝説を作って崇拝を集めるのもお手の物か。
乙女が火口に飛び込むなんて、神話だったら『噴火を止めるため、火山の神の花嫁になった』というのが定番だ。
だけど真相はその乙女が周囲の人間から『生け贄』として強制されたか、下手をすれば無理矢理に放り込まれたのが殆どなのだろうなあ。
しかし伝説を作る側には真実などどうでもいい事なのだ。
シャンサはオレが協力しなくとも、自分が都合のいい神話を作って広める事で、幾らでも利用出来ると思っているに違いない。
悲しい事にそれはたぶん正しい――何しろオレの恋人を自称している連中が、勝手に女神と称える教団を作っているぐらいなんだからな。
「そうやって伝説を作っても、あなたが神話世界から略奪を続ければどうなるかは分かっているでしょう」
どれだけ崇拝を集めようが、シャンサの場合は人間の欲望に任せてその力を汲み上げるものだ。
ましてやイル=フェロ信徒が外部との戦いに信仰の力を浪費するとなれば、枯渇するのが早いか遅いかの違いでしかない。
『それなら大丈夫だ。私は長年の研究でどこまで力を引き出せば枯渇するのかの見当がついているからな』
「あなたも自分でその通りにはいかないと気づいているのではないのですか」
『どういう意味だ?』
「もともと解放派の人たちも、自分たちの所行が大災害をもたらしてしまうとは思っていなかったはずです。しかしそれが明らかになってからも、止める事は出来なかった。なぜならそれが大勢の人間の望みだったからです」
本来はごく一握りの過酷な試練を乗り越えた人間しか得られない力が簡単に得られるとなると、誰だってそれが欲しくなるに決まっているのだ。
そして殆どの場合『大勢がやっているのだから、自分ひとりが加わったぐらいでは大丈夫』と言い訳するか、もしくは『自分が利益を得られるなら後は知った事では無い』となるのかのいずれかとなる。
そしてシャンサが指導者として理性的に信仰の力を汲み上げるのを、抑えられるのかと言えばそれは無理だろう。
なぜならいま現在も、この男はイル=フェロ神の聖地から力を平然と略奪し、それをまるで恥じていないからだ。
「あなたも大勢の人間から要望されたら、止める気はないのでしょう?」
『それが奴らの望みであれば、かなえてやるのは当然だろう。何しろ私は『栄光を約束する預言者』なのだからな』
ああ。やっぱりそうなるのね。
そもそもシャンサが縁もゆかりもない、イル=フェロ信徒の支持をつなぎ止めているのも、彼らに力を惜しみなく与えているからだ。
『力が枯渇すれば次の神話を探し出せばいいだけだ。幸いにもこの地には他にも多数の神話が眠っているようだからな』
「それでは結局のところ、あなたは過去の失敗を繰り返す事になりますよ。いえ。むしろそれが望みなのですか」
『どういう意味だ?』
「イル=フェロ信徒達に外部との争いをたきつけているのも、神話世界が荒廃すると分かっていてその力を略奪し続けるのも、全てはあなたや仲間を迫害し、追放した世界に対する復讐なのではないですか」
オレのこの指摘に対し、蒸気のシャンサはそろって一瞬だが動きを止める。
だがそれはオレの指摘が図星だったからと言うわけではなく、むしろ意表を突かれたような様子だった。
『そうだ……そうだったな……はははは』
そこで『シャンサの集団』はそろって笑い出す。
それぞれに意志があるわけではなく、本人の意志で動いているわけだから、全部同じになるのは当然だけどやっぱり気持ち悪い。
『さすがは大陸に名を轟かす聖女様だ。すっかり忘れていた事を思い出させてくれたよ』
「復讐を……忘れていたのですか?」
『ああそうだ。私も最初はそのつもりだった。このイル=フェロ信徒達を利用して地盤を築き、我が解放派の理論を広めれば結果がどうなるか。それは今さら説明するまでもあるまい』
人間の欲望が暴走すれば、その後にあるのは焼け野原だけだ。
オレが思ったとおり、シャンサも最初はそうやって欲望に火をつけるつもりだったようだ。
だがこの言い方からすると違うのか?
『しかしイル=フェロ信徒達を預言者として支配しているうちに気が変わったのだよ。もっといろいろなものが欲しい……とな』
もともとシャンサの行動原理は、自分が受けてきた苦難に対する復讐もあれば、人生を捧げてきた事を試したいという意識もあるし、野心もあるそういう複雑なものだったのだろう。
最初から地位に執着心が無くて、どうなっても構わないと思っていても、それで自分が権力を握ればそれをもっと高めたいと思うのはむしろ当然だ。
ああ。やっぱり人間の欲には際限というものがない。
何ともグロい事にその蒸気は、いずれもシャンサの形を取っているのだ。
全く同じ外見のオッサンが白い蒸気の姿で迫ってくるのは、生理的にも結構来るものがあるなら。
もちろんここは活火山の火口だから、熱だけならいくらでもあるので、イル=フェロ神から盗み取った力を惜しげも無く注いでいるのだろう。
『お前たちはもう逃げられんぞ。いや。一箇所だけあるかな』
蒸気から生まれた数多いシャンサの首は一斉に噴火口にその目を向ける。
『大陸に名を馳せた名高き女英雄が飛び込んだとなれば、さぞかし名高い聖地となるであろうな。大陸中の信仰を集める事も出来るだろう』
シャンサも一応は神造者の端くれだったから、そうやって伝説を作って崇拝を集めるのもお手の物か。
乙女が火口に飛び込むなんて、神話だったら『噴火を止めるため、火山の神の花嫁になった』というのが定番だ。
だけど真相はその乙女が周囲の人間から『生け贄』として強制されたか、下手をすれば無理矢理に放り込まれたのが殆どなのだろうなあ。
しかし伝説を作る側には真実などどうでもいい事なのだ。
シャンサはオレが協力しなくとも、自分が都合のいい神話を作って広める事で、幾らでも利用出来ると思っているに違いない。
悲しい事にそれはたぶん正しい――何しろオレの恋人を自称している連中が、勝手に女神と称える教団を作っているぐらいなんだからな。
「そうやって伝説を作っても、あなたが神話世界から略奪を続ければどうなるかは分かっているでしょう」
どれだけ崇拝を集めようが、シャンサの場合は人間の欲望に任せてその力を汲み上げるものだ。
ましてやイル=フェロ信徒が外部との戦いに信仰の力を浪費するとなれば、枯渇するのが早いか遅いかの違いでしかない。
『それなら大丈夫だ。私は長年の研究でどこまで力を引き出せば枯渇するのかの見当がついているからな』
「あなたも自分でその通りにはいかないと気づいているのではないのですか」
『どういう意味だ?』
「もともと解放派の人たちも、自分たちの所行が大災害をもたらしてしまうとは思っていなかったはずです。しかしそれが明らかになってからも、止める事は出来なかった。なぜならそれが大勢の人間の望みだったからです」
本来はごく一握りの過酷な試練を乗り越えた人間しか得られない力が簡単に得られるとなると、誰だってそれが欲しくなるに決まっているのだ。
そして殆どの場合『大勢がやっているのだから、自分ひとりが加わったぐらいでは大丈夫』と言い訳するか、もしくは『自分が利益を得られるなら後は知った事では無い』となるのかのいずれかとなる。
そしてシャンサが指導者として理性的に信仰の力を汲み上げるのを、抑えられるのかと言えばそれは無理だろう。
なぜならいま現在も、この男はイル=フェロ神の聖地から力を平然と略奪し、それをまるで恥じていないからだ。
「あなたも大勢の人間から要望されたら、止める気はないのでしょう?」
『それが奴らの望みであれば、かなえてやるのは当然だろう。何しろ私は『栄光を約束する預言者』なのだからな』
ああ。やっぱりそうなるのね。
そもそもシャンサが縁もゆかりもない、イル=フェロ信徒の支持をつなぎ止めているのも、彼らに力を惜しみなく与えているからだ。
『力が枯渇すれば次の神話を探し出せばいいだけだ。幸いにもこの地には他にも多数の神話が眠っているようだからな』
「それでは結局のところ、あなたは過去の失敗を繰り返す事になりますよ。いえ。むしろそれが望みなのですか」
『どういう意味だ?』
「イル=フェロ信徒達に外部との争いをたきつけているのも、神話世界が荒廃すると分かっていてその力を略奪し続けるのも、全てはあなたや仲間を迫害し、追放した世界に対する復讐なのではないですか」
オレのこの指摘に対し、蒸気のシャンサはそろって一瞬だが動きを止める。
だがそれはオレの指摘が図星だったからと言うわけではなく、むしろ意表を突かれたような様子だった。
『そうだ……そうだったな……はははは』
そこで『シャンサの集団』はそろって笑い出す。
それぞれに意志があるわけではなく、本人の意志で動いているわけだから、全部同じになるのは当然だけどやっぱり気持ち悪い。
『さすがは大陸に名を轟かす聖女様だ。すっかり忘れていた事を思い出させてくれたよ』
「復讐を……忘れていたのですか?」
『ああそうだ。私も最初はそのつもりだった。このイル=フェロ信徒達を利用して地盤を築き、我が解放派の理論を広めれば結果がどうなるか。それは今さら説明するまでもあるまい』
人間の欲望が暴走すれば、その後にあるのは焼け野原だけだ。
オレが思ったとおり、シャンサも最初はそうやって欲望に火をつけるつもりだったようだ。
だがこの言い方からすると違うのか?
『しかしイル=フェロ信徒達を預言者として支配しているうちに気が変わったのだよ。もっといろいろなものが欲しい……とな』
もともとシャンサの行動原理は、自分が受けてきた苦難に対する復讐もあれば、人生を捧げてきた事を試したいという意識もあるし、野心もあるそういう複雑なものだったのだろう。
最初から地位に執着心が無くて、どうなっても構わないと思っていても、それで自分が権力を握ればそれをもっと高めたいと思うのはむしろ当然だ。
ああ。やっぱり人間の欲には際限というものがない。
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