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第21章 神の試練と預言者
第971話 『預言者』はかえって悩み深く
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見たところ集まったイル=フェロ信徒達には確かに動揺や困惑は見られるが、少なくともオレに敵意や疑念を向けている様子は無い。
しかしこうもあっさりとオレを『イル=フェロ神の預言者』などと受け入れていいのか?
性別は関係ないとしても、完全によそ者でイル=フェロ神の教義すらサロールからの聞きかじりでしかないのだぞ。
それで長年、イル=フェロ神を崇めて来た連中があっさりと納得するとは信じがたい。
「皆さんはそれを受け入れているのですか?」
オレは改めてサロールに問いかける。
「アルは幾多の苦難を乗り越えて、偉大なるイル=フェロの聖地を訪れたではないか。それは預言者の条件だ」
「それだけですか?」
「その上で偉大なるイル=フェロがお与えになった試練も乗り越えて、いまこの場に無事でいるとなれば何を疑う事があろうか」
この場合の『試練』とはさっきの噴火の事だよな。
ううむ。自分の主観では、丸っきり意識していなかったのだけど、イル=フェロ信徒にとってはかなり凄い事になっているらしい。
「それならばサロールさんこそ、預言者にふさわしいと思いますよ」
「馬鹿な事を言うな!」
サロールはかなり力をこめて叫ぶ。
「俺だっていまこうやって生きていられるのは、アルのおかげだという事ぐらい理解しているぞ! アルが本当に強い事は俺がよく知っている!」
ううむ。サロールは自分がシャンサに取って代わる事など考えてもいなかったからな。
だけどオレが『預言者』ではあり得ない事は、サロールだって分かっているはずだ。
何しろ何度も『弱肉強食』を否定して、サロールからもオレは『堕落』していると言われているのだ。
そもそもサロールは正々堂々といかなる相手も正面から一対一で戦う事を誇りとし『よそ者は堕落しているからどんな手を使ってもいい』というシャンサを偽りの預言者だと怒っていたのではないのか。
「しかしわたしの言っていることがイル=フェロ神の教えとは相容れないのはサロールさんもよくご存じでしょう」
「確かにその通りだったが……アルに幾度も助けられて、お前の言う事もなんとなくだが、分かってきたのだ」
そう言ってサロールは少しばかり顔を赤らめつつ視線をそらす。
いろいろと言っているが、結局のところサロールもまた今まで幾度も出会ってきた男共と同じかよ。
その気持ちは『元男』としてオレにだって分かるから、無碍に否定出来ないのだ。
もちろんサロールなりに、教義とオレの主張との間に折り合いをつけているのだろうけど、それはそれでシャンサと大して違わない気がしてくるな。
「アルは言ったではないか。『強さ』には幾つもあると。お前のように傷を癒やしたり、亡霊共を追い払ったりするのも尊重すべきものだと、一緒に旅をしていて俺も気づいた」
これもオレの能力と容姿があってのものとは言え、それでサロールが変わってくれたと肯定的に考えるとしよう。
そしてテセルもどこか興味深そうにこちらを見ている。
「ふうむ。このように神話や教義は時代と共に変わっていくのだな」
そうだった。テセル達、神造者は『神話や教義を都合良く変える』事は本職だったんだな。
さっきまではオレを命がけで守るという態度だったけど、今はすっかり『神話や教義を研究する神造者』の顔になっているな。
「こんなことテセルならよくご存じでしょう」
「幾ら僕でも目の前で、そんな事態に直面するのは初めてだ。それもまたアルタシャの力というものだな」
「そんな大した物ではありませんよ」
「そう謙遜するなよ。それにアルタシャは『預言者』として、ここに残る気は無いのだろう?」
「もちろんですよ」
いつもの事ではあるが預言者どころかたとえ神と言われようとも、留まる気はありません。
「それでは僕と共に神造者支部に戻るかい」
「戻りません!」
まだコイツは自分が『婚約者』のつもりかよ。
オレの恋人だの夫だの自称する奴は大勢いるから、今さらそんな事で驚きもしなくなってしまったけどな。
だいたいテセルはともかく他の神造者はオレを『実験材料』にしかねないし、そうでなくとも神造者に都合のいい『女神』を演じさせられるのは間違いない。
困った事にテセルはそのプロデュースをやりたいわけなのだが。
「そこまでキッパリ言わなくてもいいじゃないか……まあ照れているのは分かるけどな」
分かってねえよ!
「そんなかわいい目で見つめられたら、こっちも照れるじゃないか」
「いい加減にしないとあの火口に放り込みますよ」
そう言ってオレは未だ噴煙を上げ続ける火口に視線を移す。
すっかり忘れていたが、今でも噴火は続いているのだからまだまだ危険なのだ。
「何にしてもアルタシャならば、この地の連中をもっと開かれた、他の地域にも受け入れられるように変えたいのだろう?」
「その通りですよ。しかしそれが簡単にいかない事も分かっています」
単純な腕力だけでなく、他の力も尊重するように教え諭す事は出来るだろうけど、それでも『弱者に生きる資格は無い』という彼らの教義の根本部分はどうしようもない。
仮に変えるとしても、相当な時間が必要になるはずだ。
残念ながら英雄の鶴の一声で、何でも解決するほどこの世界は甘くはないのだ。
しかしこうもあっさりとオレを『イル=フェロ神の預言者』などと受け入れていいのか?
性別は関係ないとしても、完全によそ者でイル=フェロ神の教義すらサロールからの聞きかじりでしかないのだぞ。
それで長年、イル=フェロ神を崇めて来た連中があっさりと納得するとは信じがたい。
「皆さんはそれを受け入れているのですか?」
オレは改めてサロールに問いかける。
「アルは幾多の苦難を乗り越えて、偉大なるイル=フェロの聖地を訪れたではないか。それは預言者の条件だ」
「それだけですか?」
「その上で偉大なるイル=フェロがお与えになった試練も乗り越えて、いまこの場に無事でいるとなれば何を疑う事があろうか」
この場合の『試練』とはさっきの噴火の事だよな。
ううむ。自分の主観では、丸っきり意識していなかったのだけど、イル=フェロ信徒にとってはかなり凄い事になっているらしい。
「それならばサロールさんこそ、預言者にふさわしいと思いますよ」
「馬鹿な事を言うな!」
サロールはかなり力をこめて叫ぶ。
「俺だっていまこうやって生きていられるのは、アルのおかげだという事ぐらい理解しているぞ! アルが本当に強い事は俺がよく知っている!」
ううむ。サロールは自分がシャンサに取って代わる事など考えてもいなかったからな。
だけどオレが『預言者』ではあり得ない事は、サロールだって分かっているはずだ。
何しろ何度も『弱肉強食』を否定して、サロールからもオレは『堕落』していると言われているのだ。
そもそもサロールは正々堂々といかなる相手も正面から一対一で戦う事を誇りとし『よそ者は堕落しているからどんな手を使ってもいい』というシャンサを偽りの預言者だと怒っていたのではないのか。
「しかしわたしの言っていることがイル=フェロ神の教えとは相容れないのはサロールさんもよくご存じでしょう」
「確かにその通りだったが……アルに幾度も助けられて、お前の言う事もなんとなくだが、分かってきたのだ」
そう言ってサロールは少しばかり顔を赤らめつつ視線をそらす。
いろいろと言っているが、結局のところサロールもまた今まで幾度も出会ってきた男共と同じかよ。
その気持ちは『元男』としてオレにだって分かるから、無碍に否定出来ないのだ。
もちろんサロールなりに、教義とオレの主張との間に折り合いをつけているのだろうけど、それはそれでシャンサと大して違わない気がしてくるな。
「アルは言ったではないか。『強さ』には幾つもあると。お前のように傷を癒やしたり、亡霊共を追い払ったりするのも尊重すべきものだと、一緒に旅をしていて俺も気づいた」
これもオレの能力と容姿があってのものとは言え、それでサロールが変わってくれたと肯定的に考えるとしよう。
そしてテセルもどこか興味深そうにこちらを見ている。
「ふうむ。このように神話や教義は時代と共に変わっていくのだな」
そうだった。テセル達、神造者は『神話や教義を都合良く変える』事は本職だったんだな。
さっきまではオレを命がけで守るという態度だったけど、今はすっかり『神話や教義を研究する神造者』の顔になっているな。
「こんなことテセルならよくご存じでしょう」
「幾ら僕でも目の前で、そんな事態に直面するのは初めてだ。それもまたアルタシャの力というものだな」
「そんな大した物ではありませんよ」
「そう謙遜するなよ。それにアルタシャは『預言者』として、ここに残る気は無いのだろう?」
「もちろんですよ」
いつもの事ではあるが預言者どころかたとえ神と言われようとも、留まる気はありません。
「それでは僕と共に神造者支部に戻るかい」
「戻りません!」
まだコイツは自分が『婚約者』のつもりかよ。
オレの恋人だの夫だの自称する奴は大勢いるから、今さらそんな事で驚きもしなくなってしまったけどな。
だいたいテセルはともかく他の神造者はオレを『実験材料』にしかねないし、そうでなくとも神造者に都合のいい『女神』を演じさせられるのは間違いない。
困った事にテセルはそのプロデュースをやりたいわけなのだが。
「そこまでキッパリ言わなくてもいいじゃないか……まあ照れているのは分かるけどな」
分かってねえよ!
「そんなかわいい目で見つめられたら、こっちも照れるじゃないか」
「いい加減にしないとあの火口に放り込みますよ」
そう言ってオレは未だ噴煙を上げ続ける火口に視線を移す。
すっかり忘れていたが、今でも噴火は続いているのだからまだまだ危険なのだ。
「何にしてもアルタシャならば、この地の連中をもっと開かれた、他の地域にも受け入れられるように変えたいのだろう?」
「その通りですよ。しかしそれが簡単にいかない事も分かっています」
単純な腕力だけでなく、他の力も尊重するように教え諭す事は出来るだろうけど、それでも『弱者に生きる資格は無い』という彼らの教義の根本部分はどうしようもない。
仮に変えるとしても、相当な時間が必要になるはずだ。
残念ながら英雄の鶴の一声で、何でも解決するほどこの世界は甘くはないのだ。
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