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【中編 二万四千文字くらい】馬鹿な夫に死んだ私がざまぁする話
第一話 私が死んだ
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私は死んだ。
毒を盛られたわけでも、刃物で切り付けられたわけでもない。
ただ死んだ。
流行り病に侵された末の死。
いわゆる病死であった。
運が悪かった、と、言えば、ただそれだけのこと。
24歳という若さでありながら、あっけなく死んだのだ。
小さなベッドの上に横たわる体が動く事は、もうない。
「流行り病で死ぬなんて。貧乏な平民出の娘で、辛気臭いエレノアらしい終わり方だな」
「トーマスッ! エレノアはお前の妻だろう!?」
父に怒鳴りつけられてもトーマスはヘラヘラと笑い、死んだ妻を見下ろす。
視線の先には、ちっぽけなベッドの上に寝かされている、干からびたようなちっぽけな体があった。
トーマスにとっては、全く興味の無い体がそこにある。
「だって父上。本当の事だろう? それに、オレはエレノアの事を妻だと認めた覚えはないね」
「トーマスッ!」
粗末なベッドの上にある命の気配を無くした体は大人としては小さかった。
骨が浮き上がるほど痩せこけているのは、病気のせいばかりではない。
だからといって、虐待の痕があるかと言えば否だ。
肌に目立つような傷はなく、妙な色の変色もない。
ただ瘦せ衰えて、くすんだ肌色をしているだけである。
二度と開くことのない目の色は茶色。
同じく茶色の髪は伸ばしっぱなしで、病に侵される前から特に手入れされることも無かったため傷み放題で艶もない。
「ホント、みすぼらしい女だな」
「トーマスッ!」
私の名は、エレノア・ミストラル。
男爵夫人だ。
と、言っても名ばかりの身分である。
誰かの妻であったかどうかは定かではない。
「死んでくれて清々したよ。これでようやくオレも、好いた女と結婚できる」
「トーマスッ! エレノアはお前にとって必要な妻だったのだ。まだ分からんのかっ!」
「分かりませんねぇ、父上。オレに必要なのは……。男爵夫人として、オレの隣に並んで見劣りしない女ですよ」
「トーマスッ!」
トーマス・ミストラル男爵は、茶色の髪と瞳をしていたがハンサムで身長も高く、見栄えが良い男だ。
整った顔に傲慢さを煮詰めて塗りつけたような男は、自分と同じか、それ以上の見栄えを持つ女を求めていた。
その父である元ミストラル男爵は小柄で太った老人である。
車椅子に乗るようになった今でも、禿げた頭の下にある目を抜け目なく光らせ、大旦那としてミストラル家に君臨していた。
「私はっ! お前の為を思って!」
私とトーマスの結婚は、舅である大旦那の命令によるものだった。
「だから結婚したんですよ。父上の為です。このオレが、エレノアと……こんな冴えない女と、結婚したのは」
爵位を譲って貰う事を条件に渋々と結婚を受け入れたのはトーマスで。
雇われる身であり平民である私には、断ることも逃げることも出来なかった結婚だった。
「うぅ……それにしても。相変わらず、この部屋は冷えますね。父上」
「確かに……冷えるな」
その部屋は、大きな屋敷の女主人が使う部屋とは思えないほど粗末なものであった。
しかも狭さに見合わないほど冷える。
夏は暑く、冬は寒い。
それは私がミストラル家に住み込みで働くようになってから変わることはなかった。
「早くエレノアが居た痕跡なんて消したいものです。この部屋も、サッサと片付けて使用人部屋に戻しましょうよ」
「まぁ……確かに。部屋を空けておくのは勿体ない」
そこは私の遺体を片付けさえすれば、明日にも使用人部屋として使えるような部屋だった。
側仕えの侍女もメイドも居ない。
私は自分で身の回りの事くらい出来たし、それを求められた。
もっとも。
病に倒れてもなお、それを求められるとは思っていなかったが。
下働きの女中が時折り世話をしてくれたが、常駐になったのは死の間際になってからだ。
私は大きな商家の男爵夫人という立場を得ても、病に伏せるなか孤独に弱っていくしかなかった。
この寒い部屋で、一人。
「さぁさ、父上。いつまでも死んだ女を見ていても仕方ない。暖かな部屋に戻りましょう」
「そうだな」
いまさら何を言っても、何をしても変わらない。
私ことエレノア・ミストラル男爵夫人は死んだのだ。
それは24歳の誕生日を迎えたばかりの、雪積もる朝のことだった。
毒を盛られたわけでも、刃物で切り付けられたわけでもない。
ただ死んだ。
流行り病に侵された末の死。
いわゆる病死であった。
運が悪かった、と、言えば、ただそれだけのこと。
24歳という若さでありながら、あっけなく死んだのだ。
小さなベッドの上に横たわる体が動く事は、もうない。
「流行り病で死ぬなんて。貧乏な平民出の娘で、辛気臭いエレノアらしい終わり方だな」
「トーマスッ! エレノアはお前の妻だろう!?」
父に怒鳴りつけられてもトーマスはヘラヘラと笑い、死んだ妻を見下ろす。
視線の先には、ちっぽけなベッドの上に寝かされている、干からびたようなちっぽけな体があった。
トーマスにとっては、全く興味の無い体がそこにある。
「だって父上。本当の事だろう? それに、オレはエレノアの事を妻だと認めた覚えはないね」
「トーマスッ!」
粗末なベッドの上にある命の気配を無くした体は大人としては小さかった。
骨が浮き上がるほど痩せこけているのは、病気のせいばかりではない。
だからといって、虐待の痕があるかと言えば否だ。
肌に目立つような傷はなく、妙な色の変色もない。
ただ瘦せ衰えて、くすんだ肌色をしているだけである。
二度と開くことのない目の色は茶色。
同じく茶色の髪は伸ばしっぱなしで、病に侵される前から特に手入れされることも無かったため傷み放題で艶もない。
「ホント、みすぼらしい女だな」
「トーマスッ!」
私の名は、エレノア・ミストラル。
男爵夫人だ。
と、言っても名ばかりの身分である。
誰かの妻であったかどうかは定かではない。
「死んでくれて清々したよ。これでようやくオレも、好いた女と結婚できる」
「トーマスッ! エレノアはお前にとって必要な妻だったのだ。まだ分からんのかっ!」
「分かりませんねぇ、父上。オレに必要なのは……。男爵夫人として、オレの隣に並んで見劣りしない女ですよ」
「トーマスッ!」
トーマス・ミストラル男爵は、茶色の髪と瞳をしていたがハンサムで身長も高く、見栄えが良い男だ。
整った顔に傲慢さを煮詰めて塗りつけたような男は、自分と同じか、それ以上の見栄えを持つ女を求めていた。
その父である元ミストラル男爵は小柄で太った老人である。
車椅子に乗るようになった今でも、禿げた頭の下にある目を抜け目なく光らせ、大旦那としてミストラル家に君臨していた。
「私はっ! お前の為を思って!」
私とトーマスの結婚は、舅である大旦那の命令によるものだった。
「だから結婚したんですよ。父上の為です。このオレが、エレノアと……こんな冴えない女と、結婚したのは」
爵位を譲って貰う事を条件に渋々と結婚を受け入れたのはトーマスで。
雇われる身であり平民である私には、断ることも逃げることも出来なかった結婚だった。
「うぅ……それにしても。相変わらず、この部屋は冷えますね。父上」
「確かに……冷えるな」
その部屋は、大きな屋敷の女主人が使う部屋とは思えないほど粗末なものであった。
しかも狭さに見合わないほど冷える。
夏は暑く、冬は寒い。
それは私がミストラル家に住み込みで働くようになってから変わることはなかった。
「早くエレノアが居た痕跡なんて消したいものです。この部屋も、サッサと片付けて使用人部屋に戻しましょうよ」
「まぁ……確かに。部屋を空けておくのは勿体ない」
そこは私の遺体を片付けさえすれば、明日にも使用人部屋として使えるような部屋だった。
側仕えの侍女もメイドも居ない。
私は自分で身の回りの事くらい出来たし、それを求められた。
もっとも。
病に倒れてもなお、それを求められるとは思っていなかったが。
下働きの女中が時折り世話をしてくれたが、常駐になったのは死の間際になってからだ。
私は大きな商家の男爵夫人という立場を得ても、病に伏せるなか孤独に弱っていくしかなかった。
この寒い部屋で、一人。
「さぁさ、父上。いつまでも死んだ女を見ていても仕方ない。暖かな部屋に戻りましょう」
「そうだな」
いまさら何を言っても、何をしても変わらない。
私ことエレノア・ミストラル男爵夫人は死んだのだ。
それは24歳の誕生日を迎えたばかりの、雪積もる朝のことだった。
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