そんなに妹がお好きなら結婚したらどうですか? ほか短編・中編ファンタジー系まとめてみたよ短編集

天田れおぽん

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【中編 三万七千文字くらい】お伽噺の薔薇迷宮 愛とはどんなモノかしら?

愛の形 2

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(リディアーヌお姉さま……)

 ロザリーの胸がトクンと高鳴り、少し焼けた健康的な肌が赤く染まる。リディアーヌの視線が、ロザリーの茶色の髪と瞳に注がれた。

(今日の服装は、大丈夫かしら。お姉さまに、見苦しい子と思われたくない ――)

 彼女の不安は実際のところ杞憂でしかない。細かな刺繍の入った茶色地のドレスは、清楚な魅力を引き立てている。

 長い髪を高く結い上げ、毛先は縦にカールをつけて肩に緩く下ろしたヘアスタイルも、ロザリーによく似合っていた。

 茶色の髪にはリディアーヌほどの華やかさは無かったが、よく手入れされていて美しい。

 花開く前のつぼみが持つ初々しさ。それがロザリーの魅力となって溢れていた。

 大きく開かれた窓からは五月の風が入り込みカーテンが揺れる。

 風は、ふたりの乙女の髪を弄ぶと香りだけを残して消えた。

 濃い薔薇の香りが満ちた客間には、栄華を誇る家らしい高級な調度品が並べられている。

 しかし、リディアーヌ以上に輝きのあるものなどそこには無かった。

(ああ、お姉さま)

 ロザリーの胸が騒ぐ。けれど。ふと気付いて我に返って視線を床に落とす。

 毛足の長い絨毯の先にある、リディアーヌの足元。

 繊細なレースに控えめに輝く金糸の刺繍が、彼女の美意識の高さを感じさせた。

 美しさを愛する心は、精神面にまで及ぶ。彼女は、淑女なのだ。

(お姉さまには、婚約者がいらっしゃるのよ)

 リディアーヌには、生まれてた時から決められた結婚相手がいる。そして、結婚の時期は近い。

 その方はきっと、彼女に相応しい紳士。優しくて、知的で……そんな男性をロザリーは想像した。

 また、その想像が全て外れたとしても、リディアーヌは受け入れるだろう。

 彼女は、淑女なのだ。

 リディアーヌの美しさは外見だけの底の浅いものではないことを、ロザリーが一番知っている。

 ロザリーは彼女の一番の理解者であり、崇拝者であると自覚していた。

 だが。貴族女性にとって結婚とは――――

(お姉さまが結婚してしまわれたら、こうして会う機会も減ってしまう)

 それはイヤだ、と、いう思いが心の底から湧いてきてロザリーの気持ちを乱した。

 リディアーヌの結婚は喜ばしいことだ。祝福すべきだ。なのに、ロザリーは素直に祝福できない自分に気付いてしまった。

「ロザリーさま? どうかしましたか?」

 リディアーヌの声が降ってくる。耳に心地よい声が。ロザリーは、慌てて笑顔を作って顔を上げた。

(お姉さまに結婚して欲しくない、なんて。罪深く、意地悪な考えだわ。浅はかで根性悪な子だなんて思われたくない。お姉さまに、嫌われてしまう。大好きな、お姉さまに)

「いいえ、なんでもありませんわ」

 ロザリーは笑って見せた。リディアーヌは一瞬だけ不思議そうな顔をして。いつも通りの華やかな笑みを浮かべた。

 リディアーヌは軽やかに立ち上がり、ロザリーに向かって手を差しだすと、蕩けさせる声と笑顔と、その存在の全てで誘う。

「ねぇ。踊りましょう。ロザリー」

「……えっ?」

 キョトンとするロザリーを見て、リディアーヌは笑った。

「ふふ。わたくしたち、少しは練習をしなければいけないと思うの」

「えっ?……ええ、そうですわね?」

「結婚をしたら社交も本格的なものになるわ。これからは、踊る機会も増えるわよ」

「ええ。そうですわね。お姉さま」

 ロザリーは元気よく立ち上がるとリディアーヌの手を取った。

 細く優雅な指先が、ロザリーの手を包む。柔らかな温かさが肌を通して伝わってくる。

 ロザリーは、それだけで幸せな気分になれた。

「では、お姉さまのお相手。勤めさせていただきますわ!」

 満面の笑みで言う彼女に、リディアーヌもまた幸せそうに微笑んだ。

 音楽を、と使用人に命じれば、ほどなく古い蓄音機が曲を奏でだす。

 ロザリーとリディアーヌは応接室の物が置かれていない小さなスペースのなかで、音楽に合わせてゆっくりと踊り出す。

 リディアーヌはロザリーの歩幅に合わせて静かに、確実にステップを踏んでいく。

 対してロザリーは、少しぎこちない。それでも、リディアーヌとのダンスは彼女を天国へと連れていってくれた。

「少しの間に上手になったわね、ロザリーさま」

「本当ですか⁉ 嬉しいです! お姉さま!!」

 無邪気に喜ぶロザリーの姿に、リディアーヌの心は暖まる。

(ロザリー……私の愛しい人)

 彼女は太陽のようにまぶしい笑顔をリディアーヌに向けてくれる。

 侯爵令嬢であり社交界の華と呼ばれ、いわくつきの家系であるがゆえに遠巻きにされるリディアーヌに、ただ一人無邪気な笑顔を向けてくれた存在。

 それがロザリーだ。
 
 こんな時間が続いてくれたらいいのに、と、リディアーヌは思った。

 こんな時間が続いてくれたらいいのに、と、ロザリーは願った。

 だが運命は、それを許してはくれないことを二人は知っていた。
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