そんなに妹がお好きなら結婚したらどうですか? ほか短編・中編ファンタジー系まとめてみたよ短編集

天田れおぽん

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【中編 三万七千文字くらい】お伽噺の薔薇迷宮 愛とはどんなモノかしら?

契約の花嫁

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(あれは幻、だったのかしら?)

 ベッドの上で目覚めた時、リディアーヌは思った。

 だが見知らぬ天蓋を見上げて、そうではないのだと理解もしていた。
 
「気が付いたかい?」

 魔王の声がしたが、その姿は見えない。天蓋から下がるカーテンの向こう側に、彼の気配があった。

「……はい」

 リディアーヌは大きな目を瞬かせて天蓋の裏をマジマジと眺める。

 知らない光景だった。

 幻などではなく知らない場所にいるのだと、リディアーヌは自覚した。

 それが魔王の傍らという信じられない状態だったとしても、知らない場所に居るのだという事実に変わりない。

(わたくしは、どうなってしまうのかしら)

 リディアーヌを不安が覆っていく。

「……っ」

 首筋に痛みを感じて、彼女は顔をしかめた。

「大丈夫かい?」

 心配そうな声と、こちらを伺う魔王のシルエットが灯りの中に浮かぶ。

(ああ、介抱して頂いたのならお礼をしなければ)

 リディアーヌはベッドの上に上半身を起こし、

「ええ、大したことは……」

 そう言いながらカーテンをそっと引いて魔王に顔を見せた。

 リディアーヌの目に飛び込んできたのは、驚愕の表情を浮かべてこちらを見ている魔王の姿だった。

(何を驚いてらっしゃるのかしら?)

「あの? どうかなさいまして?」

 不思議に思ってリディアーヌは聞いた。

「キミの……」

「えっ?」

「キミの……印が……」

「印?」

 魔王は白い肌に覆われた大きな手を自分の首筋に当てて言う。

「首筋の、傷痕のようなもの。それが印だ」

「え? これですか?」

 リディアーヌは驚きながら自分の首筋に手をやった。

 生々しさを失って消えかけている古い傷痕。そこには、それがあるはずだった。

(えっ? 膨らんでる?)

 ぷっくりと盛り上がる確かな手ごたえ。

 昨日まではなかった感触に、リディアーヌは震えた。

「どうなって……」

 首をねじったところで直接は見ることができない場所にあるソレ。

 リディアーヌは窓の方を見た。

 外は暗く、窓は鏡のように彼女の姿を映し出す。

 薄っすらとではあるけれど、窓に自分の姿が映る。

 そして、リディアーヌは見た。

 首筋にある古い傷痕あたりが、明らかに盛り上がっているのを。

「これは、一体……」

 戸惑い震える彼女は、魔王に向き直った。

 そして見た。

 魔王の首筋にも同じような古い傷痕があり、そこがぷっくりと盛り上がっているのを。

 それが良い兆候でない事は、魔王の表情からも読み取れた。

 リディアーヌは、もう一度、気を失ってしまいたかった。

 ベッドの上にいるのだし、それを邪魔するものはない。

 だが、そうしてはいけないのだ、と体のどこかで分かっていた。

 だから彼女はシーツをキュッと握りしめると意を決して魔王に聞いた。

「これは一体、どういうことですの?」

 魔王は美しい眉根を寄せて、こちらを見ていた。そして語りだす。怖ろしい運命を。

「恋とは、魔王にとっては毒なのだ。愛とは、魔王の命を奪うものなのだ」

 リディアーヌは、薄っすらと己の運命を悟った。

「ヴェロアン侯爵家の祖先は魔王に花嫁を約束した。だが話はそこでは終わらない。キミの祖先と魔王との間の取り決めには続きがある。魔王は恋をしてはならない。ましてや、愛してなどいけない。花嫁も同じだ」

「まぁ!」

「魔王は差し出された花嫁を受け取り、物のように扱わねばならぬ。花嫁は魔王に、物のように仕えねばならぬ。そこまでが契約だ」

「なんて惨いことを……」

「キミの祖先は力が欲しかった。それでいて誇りも守りたかった。魔王の側も同じだ。ヴェロアン侯爵家は花嫁の肉体を差し出すが心まではやらぬと決め、魔王も力は渡すが心までは与えぬと決めた。その契約の印が首にある、この傷痕なのだ」

「……約束を違えたときは?」

 リディアーヌは聞いた。二人の間に沈黙が流れる。

 最初に沈黙を破ったのは魔王だった。

「約束を……違えたときは……」

「違えたときには?」

 魔王は意を決したように言葉を紡いだ。

「恋をすれば傷痕から芽吹く」

「……何が、芽吹くのです?」

「薔薇だ」

「え?」

 リディアーヌは驚いて聞き返した。

「薔薇が芽吹くのだ」

「薔薇、ですか?」

 少し呆れた様子のリディアーヌに、危機感は薄い。

 魔王は言葉を続けた。

「そして、愛したときには……」

「愛したときには?」

「薔薇が全身を覆って命を奪う」

「えっ? 薔薇に殺される、というのですか?」

「そうだ」

 ポカンとするリディアーヌに対して、魔王は深刻そうな表情を崩さない。

「不思議な契約なのですね」

 薔薇に殺される、とは随分とロマンチックな殺され方だとリディアーヌは思った。

 同時に、あり得ない荒唐無稽な話だとも思った。

「そのような契約なのだ」

「……え?」

「そのような契約なのだ……」

 魔王は苦しげに言葉を失っていく。

 リディアーヌも言葉を失った。

 重苦しい沈黙だけが部屋に満ちる。

 それと同時に薔薇の香りが濃く甘く息苦しいほどに満ちていった。
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