政略結婚した夫の恋を応援するはずが、なぜか毎日仲良く暮らしています。

野地マルテ@2月27日『帝国後宮録』発売

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今日も夫は花束を抱えて

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「ただいま、マフローネさんっ」
「おかえりなさいませ、旦那様」

 ──おかしい。

 今日も今日とて、新婚の夫は帰ってくる。きらめく金髪に瑠璃色の瞳。端正な顔に満面の笑みを浮かべ、声を弾ませて。私が好む花の束を抱えて帰ってくる。

「今日、花屋の前を通ったんだ」

 黄と青、二色の薔薇の花束を私に渡す、彼──エルンストの笑顔には一片の曇りも翳りも見当たらない。きれいに生えそろった白い歯がのぞく爽やかな笑みに、私も思わずにこりとほほえみ返してしまった。薔薇の華やかな香りに胸がときめく。

「ありがとうございます」

 ──いいのかしら。

 当初の約束とはまったく違う関係にとまどう。私は夫に大切にされない妻のはずだった。跡継ぎを産むだけの存在だったはずなのに、エルンストはまるで最愛の恋人のように私に優しく接する。

「今日の夕飯は何かな、我が家は良い匂いがする」

 窮屈そうな首元を寛げながら、鼻歌まじりに廊下を闊歩する。エルンストの広い背中は実に楽しげだ。新妻わたしとの生活に幸せを感じていると、そう言わんばかりに。

 彼の態度に、頭の上にはハテナマークがいつも浮かび上がる。首をかしげつつも、私は彼の後ろを追った。




 ◆




 私は貧乏子爵家の長女だった。自領の不作が続き、とうとう首が回らなくなり、借金を肩代わりしてくれるという奇特な若き伯爵──エルンスト・チェコヴァの元に嫁ぐことになった。

 私の下には弟が三人に妹が一人。まだまだ幼い彼らのために、私は若き伯爵の妻となった。

 チェコヴァ家が我が家に出した唯一の結婚の条件は、『当主と恋人の仲を応援する』という、なかなかハードなものだった。

 元より──私は結婚の話を聞いた時にチェコヴァ家の当主エルンストの顔すら知らなかったので、愛人の元へ行ったままなら気楽に屋敷で過ごせるかな──とも思っていたのだが。それにエルンストの家令は、彼は屋敷を留守にしがちだと言っていた。愛人宅に入り浸りなのだろうと、私は察した。
 私は貧乏でも末席でも一応貴族の家に生まれたので、愛のない結婚をする覚悟はとうに出来ていたのだ。

 しかし。今日も今日とて、私の嫁ぎ先は愛にみち満ちた環境だった。
 エルンストとの毎夜の会話は楽しい。笑いのたえない二人きりの夕食。私たちは好む本も熱中する卓上遊びも同じで、年齢も近いことからすぐに意気投合した。

 ──おかしい。

 エルンストと結婚式を挙げて二月。楽しかった新婚旅行から帰ってきて一月。それはそれは幸せな家庭を築きつつあった。あきらかに、おかしかった。

 もしかしてエルンストは無理をしてるんじゃないか? そう思い、真意を問いただしたかったが、彼の家令モーリスからは止められている。
 しかし、心苦しいのだ。何故なら私は彼の恋を応援するために、愛人の存在を黙認するために、跡継ぎを産むためだけに、彼の妻になったのだ。そう、借金を肩代わりさせる代償として。

 私は務めを果たせていない現状に、苛立ちを隠せなくなってきていた。

「マフローネさん、気にいらないことでもあった?」
「何がですか?」
「……ずっと、眉間にしわが寄ったままだ」

 気にいらないことはないが、納得いかないことはある。エルンストは私に気を使いすぎている。いくらなんでも心を砕きすぎだ。
 彼がとても良い人なのは分かっている。優しいから、愛していない私にも良くしてくれるのだろう。

「何でもありません」

 彼の家令からは止められているのだ。彼の愛人について聞くことは。私はいわゆる金で買われた妻だ。いくら納得がいかなかろうが、止められていることをするわけにはいかなかった。

「そう?」
「最近、家庭教師の仕事を増やしましたので、気が立っているのかもしれません」

 少しでもエルンストへお金を返そうと、私は商家の子息たち相手の家庭教師を今も三つ掛け持ちしている。結婚前から続けている仕事で、長く続けているからか最近疲労を感じつつあるが、やはり何も返さないのは心苦しい。

 別に無理して働かなくてもと彼は言うが、肩代わりしてもらった金額が金額なのだ。微々たるものでも返済しなければ私の気がすまない。

「気分が優れませんので、今夜は失礼します」
「お大事に。マフローネさん」

 ぺこりと頭を下げる私に、天の使いのように優しい夫は気遣わしげな視線を投げかけてくる。
 ちなみにまだ、私たちは閨を共にするような関係になっていない。気を咎めた私から誘ってはみたものの、『もう少し関係を深めてから』とエルンストは目尻の下を赤く染めていた。

 ──恋人の理解が得られてないのか

 たしかに結婚して早々、私が孕めば愛人は良い気分はしないだろう。その点だけは納得した。
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