【R18・完結】私、旦那様の心の声が聞こえます。

野地マルテ

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ドレス選び

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 翌日。伯爵家お抱えの服飾店にて、チェチナは熱心にドレスを選んでいた。次の舞踏会まであまり日数に余裕はなく、生地からドレスを仕立てる時間はない。既製品の中から気に入ったものを選び、裾などを直して着ることになった。

 (なるべく、扇情的セクシーなものを選びましょう!)

 チェチナはドレスの裾を掴みながら、鼻息荒く意気込む。とりあえず自分はウィンストゲンにとって性的な対象ではあるのだ。性的なところから攻めていけば彼に愛されるようになるかもしれない。
 チェチナはなるべく露出の多い、青や紫などの寒色系のドレスを選んだ。腰や胸の線が出るセクシーなものを。
 彼女は普段、黄色や橙、薄紅色など暖色や淡い色合いのドレスを好んで着ている。実家の両親や弟達からも似合っているとよく褒められるし、自分も明るい色が好きだからだ。だが、黒髪黒目の持ち主で、どこからどう見ても落ち着いた印象のウィンストゲンと隣り合うのに暖色系のドレスが相応しいとは思えない。

「旦那様、如何でしょうか?」

 チェチナは胸元が大きく開いた青紫色のドレスを選び、試着した。腰のくびれが目立つようなデザインで、背中も広く開いている。ドレスのデザインに合わせて、普段は下ろしている淡い茶色の髪も頭の高い位置で緩くまとめた。

「ああ、とても良く似合っているよ。綺麗だ」

 ウィンストゲンは口の端を上げ、チェチナへ賛辞の言葉を送る。しかし、心の声は本音を隠せなかった。

 《……困った。女性のドレスの良し悪しはちっとも分からないぞ。とりあえずチェチナはこの格好が気に入っているみたいだし、褒めておくか。私は奥にあるヒヨコみたいな色をしたドレスの方がチェチナに合うと思うが》

「……申し訳ございませんが、そちらの奥にあるヒヨコ色のドレスを見せて貰えます?」

 チェチナは即座に店員へ声を掛け、ヒヨコ色のドレスを見せて貰えるように頼む。彼女にとってウィンストゲンの本音は絶対だった。

「どうしたんだ? チェチナ。その青紫色のドレスも似合っているのに」
《やっぱりヒヨコ色の方がいいよなぁ。チェチナもそのことに気がついたのかな?》

 最早、口から発せられる声と心の声の同時通訳状態だ。
 チェチナは戸惑いながらも、笑顔を作った。

「や、やっぱりいつも着ているようなドレスの色の方がいいかな~~なんて、思いまして……」
「そうか」

 ウィンストゲンの本音が聞こえるとは言えないチェチナは、額に汗を浮かべてなんとか誤魔化す。
 しかし不思議である。何故、ウィンストゲンの本音だけが聞こえるのか。

 (でも、助かったわ)

 ウィンストゲンの心の声が聞こえなかったら、褒め言葉を鵜呑みにして青紫色のドレスを選んでいたはずだ。あやうく彼の好みでない格好をしてしまうところだった。

「舞踏会が楽しみですね」

 チェチナはウィンストゲンに微笑みかけた。


 ◆


 二人が屋敷へ戻ると、そこには見知った顔があった。

「叔父上、チェチナ!」
「只今戻りましたわよ~!」

 栗毛の髪に青い瞳をした男女が屋敷の扉の前にいた。二人はこちらへ向かって手を振っている。男女はこの伯爵家の私設兵等と同じ格好をしていた。

「ボンブ、エリザ!」

 チェチナの表情がパッと明るくなる。
 二人はウィンストゲンの一番上の姉の子らで、ウィンストゲンから見れば甥と姪にあたる。毛色は同じでもあまり顔立ちは似ていない双子だ。歳はチェチナの一つ下で、同年代の彼らはすぐに仲良くなった。
 この双子は現在、ウィンストゲンの屋敷で侍従見習いをしている。

「叔父上とどこかへお出掛けなさってたの? チェチナ」
「ええ、舞踏会のドレスを選びに」
「叔父上を連れていったのかぁ? 叔父上は女のことはからっきしだぞ」
「おい、ボンブ」
「ひひっ、すんません!」

 侍従見習いと言っても、双子とウィンストゲンの関係はいかにもな親しい親戚同士のそれで、発言に遠慮がない。
 双子が留守にしていたこの数日間、静かだった屋敷内がにわかに明るくなる。

「ボンブ、エリザ。オーリンゲン村の様子はどうだった? 大雨の被害状況を教えてくれ」
「うっす」
「叔父上、私が資料にまとめましたわ」
「ありがとう、エリザ」

 ボンブとエリザはこの春に士官学校を卒業したばかり。馬に乗ることが出来て、自分の身を守れる程度には剣を振るえる彼らは伯爵領の視察を主にしていた。
 彼らは来年には近衛騎士として王城へあがることになっている。この国の近衛騎士になるには最低一年間、貴族家に仕えるきまりになっていた。

「お前達が遠方まで足を運んでくれるから、助かるよ」

 双子の視察先である村の大雨被害が想定していたよりも軽かったことを知り、ウィンストゲンは目を細めた。極力彼は人任せにせず自分で村々を見て回っているのだが、伯爵領はそれなりに広さがある。一人で見て回るには限界があった。

「ひひっ、叔父上はチェチナと仲良くしなきゃならねえからな」
「おい、からかうなよ」
「あら、大事なことですわよ? ねえ、チェチナ」
「そ、そうね」

 仲良さげな親戚同士のやりとり。だが、チェチナは気が抜けない。いつ何時どのようなウィンストゲンの心の声が聞こえてくるか分からないからだ。
 チェチナはつい、ウィンストゲンの心の声に反応してしまうことがある。彼の本音が聞こえてしまうことがバレたら、離縁不可避だ。
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