ミトスの彩色

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「そうか、彩色変化だ。それなら辻褄が合う。何で気が付かなかったんだ。俺の学生時代のクラスメイトにもいたのに」
 プライトは興奮気味に喋りながら、ハンドルを握る。サルファーもプライトも、ヨール・カバンサを知っていた。挨拶を交わす程度の交流しかないが、お互い認識していた。
「もっと早く気付いてよ」
 助手席のサルファーがぼやく。
「お前だって、シズのポスター描いているのに閃きもしなかっただろう」
 サルファーは言い返さなかった。そして自分がとんでもなく取り返しのつかない事をしてしまったのではないかと、胸が重くなった。プライトはアトリエから近い、共同駐車場に車を入れる。駐車場の入り口に管理人の住宅もある。プライトは懐中電灯を持って、車を降りた。アトリエまでの夜の小道は明かりが必要不可欠だった。
「街灯でも建てる?」
 サルファーはこの提案をここに越して来てから百回はした。
「簡単に言うなよ。手間も金もかかる。俺はここを買う時に、夜は危ないと助言をした」
 その度にプライトはこう返した。小道を入って数歩で、プライトはいつもと違う様子に気が付いた。
「車輪の跡がある……」
「僕の自転車じゃなくて?」
 プライトが懐中電灯を揺らす。暗黙によく見ろと言っていた。サルファーは目を凝らす。明らかに、車のものだった。
「最悪。疲れてんのに」
 サルファーは舌打ちをする。ふたりは足早にアトリエに急ぐ。
「待って」
 サルファーがプライトを呼び止めた。
「貸して」
 プライトから懐中電灯を奪うと、サルファーは小道の端に何か落ちているのに気が付いた。草の影になって、半分隠れていた。
「よく見つけたな」
 プライトが封筒を拾う。表も裏も何も書いてないことを確かめる。プライトは慎重に封筒の上から中身の正体を探る。
「薄いな。冊子か。開けるぞ」
 プライトが確認すると、サルファーが頷く。プライトは中身を滑り出した。それをサルファーが照らす。
「スケッチブックだ。お前がよく使っているやつじゃないか」
 サルファーが走り出した。
「あ、おい! 先行くな! 危ないだろう!」
 慌ててプライトが追いかける。サルファーはアトリエを照らす。窓ガラスが割れている。玄関のドアも壊れていた。中に入ると、サルファーは照明を付ける。アトリエは、足の踏み場もないくらいもみくちゃだった。



 通報してやってきたのは、刑事のバライトとカルカだった。バライトは白髪交じり天然パーマで、嫌に瞳孔が鋭いニタニタした男だった。バライトと対照的に、カルカは直毛の黒髪を真ん中できっちり分けて、冷めた瞳をしている。カルカは家を出た時間、戻った時間、出かけた先などをプライトに聞く。
「何か盗まれた物は?」
「金目のものはすべて大丈夫でした。金庫に保管していましたし」
 絶望的な気持ちでプライトはボロボロになったアトリエを見渡す。
「ところでプライトさん。サルファーさんはどこに?」
 バライトが割れた窓を見ながら尋ねた。
「サルファーは、知人の安否を確認しに行きました」



 サルファーはタルクカフェの前に自転車を投げると、階段を駆け上がる。店の前で閉店作業をしていた、ステアがレアーメを呼ぶ。サルファーが階段を上がりきると、ミトスの部屋の前に人影があった。ヨールだった。
「あなたは、サルファーさんですよね」
 ヨールは不思議そうにした。サルファーが返事をする前に、ステアが階段を上がって来た。
「どうかされましたか?」
 ステアが不信感をにじませる。サルファーはとにかく、ミトスの安否が知りたかった。
「あの、ヨールさん。そこミトスの部屋ですよね? 本人います?」
 サルファーは単刀直入に聞いた。ヨールは間をあけて教えた。
「呼び鈴をしても、ノックもしても出て来ない。人の気配もない」
 サルファーは焦るままにステアに向き直る。
「今日、ミトスと会いましたか」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
 ステアがますますサルファーを怪しむ。ステアは絵に興味はなく、サルファーのことを知らなかった。階段の下から、レアーメが心配そうに様子を伺う。
「今日、僕の家に泥棒が入ったんです。家の前に、僕が彼女に貸したスケッチブックが落ちていて。その、トンボの刺しゅうをするために、参考になればって」
「ああっ!」
 声を上げたレアーメが階段を上がって来る。
「ミトス言ってた。画家からトンボのスケッチ借りられたから助かったって。え? あっ! セドニ・サルファーだ! この人有名だよ、ステア」
「そうなの?」
 サルファーの正体が分かり、ステアは少し警戒心を解いた。
「それで?」
 いつの間にかヨールがサルファーの隣に来ていた。サルファーは不気味なものを感じたように驚いた。
「スケッチブックが落ちていて、もしかしたら泥棒と鉢合わせしたかもしれません」
 レアーメが言葉を失う。サルファーは、名刺を出すとステアに渡した。
「ミトスが帰って来たら、ここに連絡ください。僕も家に警察来ているので、すぐに帰らないといけない」
 了承したステアとレアーメがカフェに戻る。
「ミトスは、泥棒に殺された可能性があるってことですか」
 階段を下りるサルファーをヨールが妙に冷えた声で、呼び留めた。数段、階段を下りた分、サルファーは見下ろされている気分だった。
「いや、それはないでしょう。連れ去ったはずです」
 サルファーは即答した。
「なぜ?」
 ヨールが冷静なふりをして答えを急かす。サルファーは悩んだが、ミトスを助けるには必要だろうと考えた。
「泥棒に心当たりがあるんです。ヨールさん、ユオ・オーピメンという男をご存知ですか」
 ヨールはサルファーから見えない所で握り拳を震わせた。
「よく知っている」
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