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第1部 隠された令嬢

19.見てはいけないもの

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 この日は久々にアルフリードの授業だった。
 帝国の中枢機関や各部署についての説明だったけれど、それもひと段落して皇女様の執務室に戻ることになった。

 アルフリードは少し他部署の人と話すことがあるといって執務室まで送ってくれた後、別のところへ移動してしまった。

 扉の左右に立っている兜を着た騎士がどうぞ、と言って戸を開けてくれた。

 皇城の中では限られた場所しか移動できないため、皇女様が部屋にいて来客が入っていなければ、ノックをしなくても通してもらえるようになっていた。


 中に入ると、皇女様はいなかった。

 おかしいな、と思って前にお父様たちが来て私の教育プログラムを話し合っていたミーティング室の方に行ってみた。

 扉は閉まっていて、中に誰かいないか聞き耳を立ててみたけれど、特に音はしなかった。

 ドアノブを回してゆっくり戸を開けていった時だった。

 今日は豊かな髪の毛を下ろして、鮮やかなサファイア色のドレスを着ている皇女様がミーティング室の椅子の一つに座って、顔だけを右横に向けているのが見えた。
 そして、もう少し戸を開けて見えてきたのは……

 皇女様が座っている背後から腕を回して抱き締めながら、皇女様の顔を見つめている王子様だった。

 !!
 なに、なに、なに!!?
 この雰囲気は……

 頭の中が真っ白になって動けずにいると、王子様の女の子みたいな綺麗な顔が皇女様の美貌に近づいて唇が合わさった。

 ギャーー!!
 何、この絵に描いたような綺麗だけど妖艶な目の前の光景は!
 これは間違いなく、ゆり……
 違う違う! 王子様は男だから、見た目は女の子でも男の子だから!

 王子様は皇女様から一度、唇を離すと幸せそうにその人を見つめたあと、今度は深く口付けをし……

 もうダメです、なんでお仕事する場所でこんな事してるの。
 誰か助けて、誰でもいいから助けて!!

 私は1人で見ているのが耐えられず、ミーティング室のドアを半開きの状態にしたままで、執務室の出入り口に向かった。
 もうほとんど目は涙で滲んで曇っていて、パニック状態だ。

 執務室から飛び出した時、

「エミリア嬢? どうしたの?」

 聞き慣れた声がして、思わずそちらの方に駆け込んでいた。

 なんでもいいから、掴まって顔を隠してしまいたい!

 目の前に現れたそれに、私は抱きついて顔を勢いよくうずめていた。

 顔に当たるそれは温かくて、爽やかないい匂いがした。

 私の背中に何かが回されて、優しくさすっている。

「ちょっと……ねえ、泣いてるの?」

 徐々に気分が落ち着いてきて、顔を上げるとアルフリードの戸惑った顔が上の方から見下ろしていた。

 また、さっきの王子様と皇女様の姿を思い出してしまい、顔が真っ赤になるのを見られたくなくて、抱きついたままの彼の胸に再び顔を埋めてしまった。

「ああ……だいたい予想がついてきた」

 アルフリードは私の頭をなでながら、ため息混じりの声でそう呟いた。


 結局、そのまま帰宅することになって、いつも家まで送ってくれるアルフリードが前の座席に座って馬車が走り出すと、ようやく自分が何をしてしまったか冷静に考えられるようになってきた。

 パニック状態だったとはいえ、彼に抱きついてしまうなんて……

「まあ、君を取り乱させたのはアイツらが悪い」

 アルフリードは腕組みをしながら、気難しい顔でそう言った。

「だけど、2年も遠距離状態だったから……許してやって欲しい」  

 それは、そうですよ。
 婚約してるのに、そんなに離れてるなんて。
 早く会いたかったから王子様も、皇太子様がいつ戻るか分からないのに、前国王の喪が明けてすぐに帝国まで来たんでしょうし。

 でも、あのお二人の美しさで目の前であんな光景を繰り広げられたら……絶対に慣れることはないと思うし、毎回同じ反応をしてしまう自信がある。

 その帰りの馬車で、目の前に座っているアルフリードはずっと腕組みをしたまま横を向いていた。

 私も抱きついてしまったのを思い出すと恥ずかしさで彼を直視することが出来なかった。
 屋敷に着いて馬車を降りるのをエスコートしてくれる時も私たちは目線を合わせることはなかった。私が玄関に入るのも見送る事なく彼は足早に馬車に乗り込んでしまった。


 それからというもの、すっかりトラウマとなってしまった私は皇女様の部屋に行く時は必ずアルフリードに同行してもらい、彼を盾にしながら入るようになった。

 一度だけまずい雰囲気の時があったようで、アルフリードが部屋に入らないようにした事があったけど、今のところそれは一度きりだった。


 そうこうしているうちに、婚約披露会まで1週間を切っていた。
 披露会は公爵家で行うことになったけれど、エスニョーラ家でも招待状や、当日の準備で慌ただしくなっていた。

「これは招待状の返事でこっちは……また、来たわ。断りはもう少し落ち着いてからでいいかしら」

 お母様は毎日のように送られてくる手紙の山を仕分けていた。
 その大半は私への縁談の申し込みだった。

 ヘイゼル公爵家とエスニョーラ侯爵家が縁組することは、招待状が送られた関係者の間から社交界に徐々に広まっていったので、申し込みの量は当初より減ってはきていた。

「ずっとこのお屋敷にいると思っていたお嬢様が婚約だなんて。私も奥様とご一緒に参加できるので楽しみです」

 手紙の仕分け作業を手伝っていた女騎士のイリスが笑いかけた。

 披露会には大勢の人が来るんだろうな。

 お兄様が言っていたように、誰からどんな話をされるんだろう……
 できる限り対処できるように貴族の情報がまとまっている問題集も何回か繰り返し解いていた。
 王子様に教わったマナーや振る舞い方も家でも復習している。

 未知の領域に不安と緊張がこみ上げてきた。
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