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第2部 彼を救うための仕込み
62.嵐の一夜と虹
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目の前に立つ青年は焦げ茶色の瞳を閉じると、優雅に弓を操って手にしたバイオリンを奏で始めた。
弦から流れてくる音色は滑らかな澄んだ響きで、小さなリビングの緑色のソファに座っている私も、ここの空気も、一気に引き込んでしまうようだった。
「坊っちゃまが初めて人前で演奏会をされたお小さい頃を思い出しますね。ジョナスン皇太子様がピアノ伴奏をされていたのも、昨日のことのように目に焼き付いてますよ」
乳母様は、シワシワのお顔を終始ニコやかにされて、アルフリードのことを愛おしげに見つめていた。
「今度は、またあの大舞踏室で結婚と20歳のパーティーをやるから、予定が決まったら招待状を送るよ」
そろそろお暇しようかなって時間になり、ニワトリさんが地面をツンツン突っついている中、庭先でアルフリードはステア乳母様にそう語りかけた。
すると、庭と道路の境にある木戸がキィっと鳴って、1人の女性が入ってきた。
「これは、お坊っちゃまではございませんか!」
その人はアルフリードのお母様の専属メイドをしていたロージーちゃんのママだった。
ロージーちゃんのママとパパは、この地の領主様のお屋敷に通いで働きに行ってるのだという。
「大変お久しゅうございます。婚約者様もお目にかかれて光栄でございます」
ロージーちゃんママは、とても丁寧な感じでアルフリードと私に挨拶をして下さった。
私とアルフリードは軽くご挨拶をして、お家を後にしようとしたんだけど、すれ違い様にロージーちゃんママは私にだけ耳元で、あることを囁いたのだ。
「詳しい事は申し上げられませんが、どうか花泥棒にはご注意くださいませ」
えっ? と思って、振り向いたけど、ロージーちゃんママはもうステア乳母様のすぐ横っちょに移動していた。
私が詳しく聞き返そうと思ってそちらに行こうとしたけど、ロージーちゃんママは強い眼差しで、“これ以上聞かないでください”というオーラを放っていた。
「帰りが遅くなっちゃうから、もう行くよエミリア」
ローブを羽織ってガンブレッドに乗ろうとしているアルフリードからもそんな感じで急かされ、私も仕方なくローブを着てフローリアにまたがった。
ニコニコと手を振って見送っている2人に手を振り返しながら、私とアルフリードは田園風景が広がるこの村を出発した。
花泥棒……といって思いつくのは、ヘイゼル邸のアルフリードのお母様、クロウディア様の中庭から祖国の花が根こそぎ無くなってしまっていたという、昔の事件だろうか?
クロウディア様の専属メイドだったロージーちゃんママだからこそ、その事について何か知っててもおかしくない。
使用人経典の謎は解明できたけど、こっちの謎はさらに深まるばかりだった。
ゴロゴロ ピッシャーン!!
それは突然のことだった。
村から離れて1時間くらいした周りに何もないような1本道で、急に暗くなり出したと思ったら、空に一筋の閃光が走った。
そして、けたたましい轟音が響いたと思ったら、ザァーっと激しく雨が降り始めたのだ。
私とアルフリードはローブのフードをかぶって、慌ててそれぞれの愛馬を走らせたんだけど、雨はどんどん酷くなる一方だし、風も強くなってきて、まさに嵐の中を駆け抜けているような状態だった。
「視界も悪いし、これ以上進むと道に迷ってしまうかもしれないから危険だ! ちょうどあそこに村があるから、天気が回復するまで雨宿りしよう」
アルフリードが指差す方には、ポツンポツンと明かりが見えていた。
そして私たちは村の入り口にあった、1階がカフェバーで、2階が宿屋さんになっているお店にずぶ濡れの状態で入った。
1階で温かいココアを飲みながら、天気が回復するのを待っていたんだけど、回復するどころかさっきより酷い状態になってしまっている。
それに……なんだか頭が重くて、寒気がする。
「エミリア、唇が真っ青だ。それに……熱があるみたいだ」
アルフリードは、いつだったか、皇城のプライベート庭園で王子様が帝国の人質になった経緯を話してくれた時みたいに、熱を測るために大きな手のひらを私の額にくっつけた。
そして、
「ちょ、ちょっと、何するの!」
イスに座っていた私の体を抱き上げて、カウンターにいるお店の人の所まで歩き出した。
お店の女将さんらしき女の人は、そんなアルフリードをギョッとして見ていたけど、
「空いている部屋はありますか?」
そう言う彼に応えるみたいに、台帳をペラペラめくり始めた。
「今日はこの嵐であんた達みたいな飛び込みのお客ばかりで混み合ってるけど……1部屋だけなら空いてるよ」
え……この展開は、まさか……
「エミリア、今日はここに泊まっていこう」
体も寒さでガクガクしてきたし、頭も朦朧としてきて、何かを言う元気も無くなってきたけど、私はかろうじて弱々しく顔を横に振った。
だけど、そんな私のことなど全くスルーして、彼はお店の階段を私を抱え上げたままカツカツと登って行った。
部屋の中に着くと、アルフリードは私のびしょ濡れのローブを剥ぎ取ってイスに座らせると、ベッドに乗っかってた毛布をくるませた。
部屋には暖炉があったけど、安いお宿だからかお店の人が付けにくる気配はなく、アルフリード自ら横に置いてある薪を中に並べて、マッチで火を起こしてくれた。
だけど、ローブの下に着ていた服もビショビショになってしまっていて、寒さが軽減されることはなく、私の震えは一向に収まる気配はなかった。
すると、イスに座ってる私の前にアルフリードはひざまづいてきて、
「エミリア、君のためだよ。こんなずぶ濡れの服を着たままじゃ、体を壊してしまう。服を脱いでベッドに横になるんだ」
心配そうな顔をして、そう言う。
それは、もう、私もそうするのがベストだとは思うけど……彼の目の前で服を脱いだ姿を晒すなんて、恥ずかしすぎて泣きたいくらいだ……
だけど、もしこのままでいれば、明日はもっと具合が悪くなってここから動けないかもしれない。
皇太子様の帰還の準備で忙しい皇城に戻る彼の邪魔をしてはいけないのだ。
私は目をぎゅっとつぶって、コクリとうなずいた。
彼に後ろを向いてもらってる中で、服を脱ぎ脱ぎし下着姿になると、ベッドに潜り込んだ。
「もう、いいよ」
そう言うと、彼は私の様子を見にそばまでやって来て、顔の方に手を伸ばして来たかと思うと、考えもなしに広がっていた私の長い髪を横の方にまとめるように流した。
「君の綺麗な髪も、ずぶ濡れだ。帰ったら温泉とスパに行かないとね」
そう言って冗談めかして笑うアルフリードに、意識が朦朧とする中、私も笑い返した。
すると……部屋の真ん中あたりで、彼も着ていた服を脱ぎ出した……
は? と思ったけど、彼だって服がずぶ濡れなのだ。そんな格好で一夜を過ごす訳にはいかないだろう。
そして、毛布も私が占領してしまっているがために半裸状態の彼は何も掛けずに、部屋に置いてある長椅子に横たわった。
ああ……どうしよう、公爵家という身分の高い貴族の子息を、あんな場所で寝かしてしまっていいのだろうか?
だけど、一緒にこのベッドの上で毛布を共有するっていうのは、まだ抵抗が……
「クシュンッ」
明らかに風邪をひいてしまいそうなクシャミをして、彼は寒そうに腕をさすった。
この世界に来て、彼を救うために奮闘してきた私が、ここで彼を弱らせてしまっていいのか?
それを考えたら……答えは一つしかなかった。
「……アルフリード、一緒にここ、使ってもいいよ」
私は自分を覆っている毛布の端を少しめくった。
彼は私の声に上半身を持ち上げて、キョトンとした表情を浮かべた。
「な、何言ってるんだ、エミリア。いくら婚約してる身とはいえ、まだ結婚前なのに同じベッドを使うのは、いけないだろ?」
そう言ってアルフリードは、私から慌てて視線を背けた。
「わ、私はそんな決まり事より、あなたが凍えてる所を見てる方が嫌だな」
そんな私の返答に、彼は戸惑うような顔をしてためらっていたけど、
「……クシュンッ」
またくしゃみが出てしまうと、彼は渋々立ち上がり、私の横にその体を寝かした。
安いお宿だから、ベッドの大きさは私の部屋やヘイゼル邸に置いてあるのの、半分以下のサイズしかない。
そんなだから、向き合っている私とアルフリードの体はくっついてしまうくらいの近さだった。
しばらく一緒の毛布にくるまっていると、お互いの体温がその中に留まって、だんだんと暖かくなってきた。
だけどまだ、体の芯には冷たさが残っている。
「エミリア、他には何もしないから、抱き締めてもいいかな? その方が温まるから」
目の前に横たわる彼は、私の耳元でそう囁いた。
熱に浮かされている顔がさらにカァッとなるのを感じた。
こんな下着姿でさらに密着するなんて、心臓がもたないよ……と思ったけど、そうした方がもっと暖を取れるのは確かだ。
私がまた、目をぎゅっとつぶってコクリとうなずくと、私の体を逞しい腕が包み込んだ。
何回か服越しに当たったことがあった彼のしなやかな胸の筋肉がついに、何も身につけていない状態で私の頬に当たっている。
それは、すごく温かくて、ドクドクと力強い鼓動が早鐘のように響いていた。
顔を上げれば、彼と視線がぶつかると分かっていたけど、私はそうする事ができずに彼の胸に顔を押し当てて、その安心感のある温もりの中で、次第に意識を失っていった。
次の日の朝、お互いに抱きしめ合って眠ったからか、体は温まったようで具合の悪い熱っぽさは収まっていた。
暖炉のおかげで乾いていた服とローブを着て、私とアルフリードは宿屋の厩に預けていたガンブレッドとフローリアにまたがった。
嵐は日の出とともに収まったようで、走り抜けている木々の葉っぱや草には、まだ露がたくさん滴っていた。
そうして、また数時間を駆け抜けて、ようやく見たことのある草原地帯が目の前に広がり出した。
「エミリア見て! 虹だよ」
ガンブレッドが立ち止まって、その上でアルフリードが嬉しそうな声を出している方を見ると、遠くまで見渡す限りの草原の向こう側に、大きな七色の虹がかかっていた。
フローリアと共に彼らの横に寄り添ってその虹を見ていると、アルフリードはこちらに顔を向けてきた。
そして、いつもの爽やかだけど、どこか控えめな笑みを口元や目元に溜めて、私に微笑んだ。
そのまま向こうにある虹まで連れて行ってくれそうな彼を見つめて、私は自覚した。
彼のこの笑顔が……私は大好きなんだってことを。
弦から流れてくる音色は滑らかな澄んだ響きで、小さなリビングの緑色のソファに座っている私も、ここの空気も、一気に引き込んでしまうようだった。
「坊っちゃまが初めて人前で演奏会をされたお小さい頃を思い出しますね。ジョナスン皇太子様がピアノ伴奏をされていたのも、昨日のことのように目に焼き付いてますよ」
乳母様は、シワシワのお顔を終始ニコやかにされて、アルフリードのことを愛おしげに見つめていた。
「今度は、またあの大舞踏室で結婚と20歳のパーティーをやるから、予定が決まったら招待状を送るよ」
そろそろお暇しようかなって時間になり、ニワトリさんが地面をツンツン突っついている中、庭先でアルフリードはステア乳母様にそう語りかけた。
すると、庭と道路の境にある木戸がキィっと鳴って、1人の女性が入ってきた。
「これは、お坊っちゃまではございませんか!」
その人はアルフリードのお母様の専属メイドをしていたロージーちゃんのママだった。
ロージーちゃんのママとパパは、この地の領主様のお屋敷に通いで働きに行ってるのだという。
「大変お久しゅうございます。婚約者様もお目にかかれて光栄でございます」
ロージーちゃんママは、とても丁寧な感じでアルフリードと私に挨拶をして下さった。
私とアルフリードは軽くご挨拶をして、お家を後にしようとしたんだけど、すれ違い様にロージーちゃんママは私にだけ耳元で、あることを囁いたのだ。
「詳しい事は申し上げられませんが、どうか花泥棒にはご注意くださいませ」
えっ? と思って、振り向いたけど、ロージーちゃんママはもうステア乳母様のすぐ横っちょに移動していた。
私が詳しく聞き返そうと思ってそちらに行こうとしたけど、ロージーちゃんママは強い眼差しで、“これ以上聞かないでください”というオーラを放っていた。
「帰りが遅くなっちゃうから、もう行くよエミリア」
ローブを羽織ってガンブレッドに乗ろうとしているアルフリードからもそんな感じで急かされ、私も仕方なくローブを着てフローリアにまたがった。
ニコニコと手を振って見送っている2人に手を振り返しながら、私とアルフリードは田園風景が広がるこの村を出発した。
花泥棒……といって思いつくのは、ヘイゼル邸のアルフリードのお母様、クロウディア様の中庭から祖国の花が根こそぎ無くなってしまっていたという、昔の事件だろうか?
クロウディア様の専属メイドだったロージーちゃんママだからこそ、その事について何か知っててもおかしくない。
使用人経典の謎は解明できたけど、こっちの謎はさらに深まるばかりだった。
ゴロゴロ ピッシャーン!!
それは突然のことだった。
村から離れて1時間くらいした周りに何もないような1本道で、急に暗くなり出したと思ったら、空に一筋の閃光が走った。
そして、けたたましい轟音が響いたと思ったら、ザァーっと激しく雨が降り始めたのだ。
私とアルフリードはローブのフードをかぶって、慌ててそれぞれの愛馬を走らせたんだけど、雨はどんどん酷くなる一方だし、風も強くなってきて、まさに嵐の中を駆け抜けているような状態だった。
「視界も悪いし、これ以上進むと道に迷ってしまうかもしれないから危険だ! ちょうどあそこに村があるから、天気が回復するまで雨宿りしよう」
アルフリードが指差す方には、ポツンポツンと明かりが見えていた。
そして私たちは村の入り口にあった、1階がカフェバーで、2階が宿屋さんになっているお店にずぶ濡れの状態で入った。
1階で温かいココアを飲みながら、天気が回復するのを待っていたんだけど、回復するどころかさっきより酷い状態になってしまっている。
それに……なんだか頭が重くて、寒気がする。
「エミリア、唇が真っ青だ。それに……熱があるみたいだ」
アルフリードは、いつだったか、皇城のプライベート庭園で王子様が帝国の人質になった経緯を話してくれた時みたいに、熱を測るために大きな手のひらを私の額にくっつけた。
そして、
「ちょ、ちょっと、何するの!」
イスに座っていた私の体を抱き上げて、カウンターにいるお店の人の所まで歩き出した。
お店の女将さんらしき女の人は、そんなアルフリードをギョッとして見ていたけど、
「空いている部屋はありますか?」
そう言う彼に応えるみたいに、台帳をペラペラめくり始めた。
「今日はこの嵐であんた達みたいな飛び込みのお客ばかりで混み合ってるけど……1部屋だけなら空いてるよ」
え……この展開は、まさか……
「エミリア、今日はここに泊まっていこう」
体も寒さでガクガクしてきたし、頭も朦朧としてきて、何かを言う元気も無くなってきたけど、私はかろうじて弱々しく顔を横に振った。
だけど、そんな私のことなど全くスルーして、彼はお店の階段を私を抱え上げたままカツカツと登って行った。
部屋の中に着くと、アルフリードは私のびしょ濡れのローブを剥ぎ取ってイスに座らせると、ベッドに乗っかってた毛布をくるませた。
部屋には暖炉があったけど、安いお宿だからかお店の人が付けにくる気配はなく、アルフリード自ら横に置いてある薪を中に並べて、マッチで火を起こしてくれた。
だけど、ローブの下に着ていた服もビショビショになってしまっていて、寒さが軽減されることはなく、私の震えは一向に収まる気配はなかった。
すると、イスに座ってる私の前にアルフリードはひざまづいてきて、
「エミリア、君のためだよ。こんなずぶ濡れの服を着たままじゃ、体を壊してしまう。服を脱いでベッドに横になるんだ」
心配そうな顔をして、そう言う。
それは、もう、私もそうするのがベストだとは思うけど……彼の目の前で服を脱いだ姿を晒すなんて、恥ずかしすぎて泣きたいくらいだ……
だけど、もしこのままでいれば、明日はもっと具合が悪くなってここから動けないかもしれない。
皇太子様の帰還の準備で忙しい皇城に戻る彼の邪魔をしてはいけないのだ。
私は目をぎゅっとつぶって、コクリとうなずいた。
彼に後ろを向いてもらってる中で、服を脱ぎ脱ぎし下着姿になると、ベッドに潜り込んだ。
「もう、いいよ」
そう言うと、彼は私の様子を見にそばまでやって来て、顔の方に手を伸ばして来たかと思うと、考えもなしに広がっていた私の長い髪を横の方にまとめるように流した。
「君の綺麗な髪も、ずぶ濡れだ。帰ったら温泉とスパに行かないとね」
そう言って冗談めかして笑うアルフリードに、意識が朦朧とする中、私も笑い返した。
すると……部屋の真ん中あたりで、彼も着ていた服を脱ぎ出した……
は? と思ったけど、彼だって服がずぶ濡れなのだ。そんな格好で一夜を過ごす訳にはいかないだろう。
そして、毛布も私が占領してしまっているがために半裸状態の彼は何も掛けずに、部屋に置いてある長椅子に横たわった。
ああ……どうしよう、公爵家という身分の高い貴族の子息を、あんな場所で寝かしてしまっていいのだろうか?
だけど、一緒にこのベッドの上で毛布を共有するっていうのは、まだ抵抗が……
「クシュンッ」
明らかに風邪をひいてしまいそうなクシャミをして、彼は寒そうに腕をさすった。
この世界に来て、彼を救うために奮闘してきた私が、ここで彼を弱らせてしまっていいのか?
それを考えたら……答えは一つしかなかった。
「……アルフリード、一緒にここ、使ってもいいよ」
私は自分を覆っている毛布の端を少しめくった。
彼は私の声に上半身を持ち上げて、キョトンとした表情を浮かべた。
「な、何言ってるんだ、エミリア。いくら婚約してる身とはいえ、まだ結婚前なのに同じベッドを使うのは、いけないだろ?」
そう言ってアルフリードは、私から慌てて視線を背けた。
「わ、私はそんな決まり事より、あなたが凍えてる所を見てる方が嫌だな」
そんな私の返答に、彼は戸惑うような顔をしてためらっていたけど、
「……クシュンッ」
またくしゃみが出てしまうと、彼は渋々立ち上がり、私の横にその体を寝かした。
安いお宿だから、ベッドの大きさは私の部屋やヘイゼル邸に置いてあるのの、半分以下のサイズしかない。
そんなだから、向き合っている私とアルフリードの体はくっついてしまうくらいの近さだった。
しばらく一緒の毛布にくるまっていると、お互いの体温がその中に留まって、だんだんと暖かくなってきた。
だけどまだ、体の芯には冷たさが残っている。
「エミリア、他には何もしないから、抱き締めてもいいかな? その方が温まるから」
目の前に横たわる彼は、私の耳元でそう囁いた。
熱に浮かされている顔がさらにカァッとなるのを感じた。
こんな下着姿でさらに密着するなんて、心臓がもたないよ……と思ったけど、そうした方がもっと暖を取れるのは確かだ。
私がまた、目をぎゅっとつぶってコクリとうなずくと、私の体を逞しい腕が包み込んだ。
何回か服越しに当たったことがあった彼のしなやかな胸の筋肉がついに、何も身につけていない状態で私の頬に当たっている。
それは、すごく温かくて、ドクドクと力強い鼓動が早鐘のように響いていた。
顔を上げれば、彼と視線がぶつかると分かっていたけど、私はそうする事ができずに彼の胸に顔を押し当てて、その安心感のある温もりの中で、次第に意識を失っていった。
次の日の朝、お互いに抱きしめ合って眠ったからか、体は温まったようで具合の悪い熱っぽさは収まっていた。
暖炉のおかげで乾いていた服とローブを着て、私とアルフリードは宿屋の厩に預けていたガンブレッドとフローリアにまたがった。
嵐は日の出とともに収まったようで、走り抜けている木々の葉っぱや草には、まだ露がたくさん滴っていた。
そうして、また数時間を駆け抜けて、ようやく見たことのある草原地帯が目の前に広がり出した。
「エミリア見て! 虹だよ」
ガンブレッドが立ち止まって、その上でアルフリードが嬉しそうな声を出している方を見ると、遠くまで見渡す限りの草原の向こう側に、大きな七色の虹がかかっていた。
フローリアと共に彼らの横に寄り添ってその虹を見ていると、アルフリードはこちらに顔を向けてきた。
そして、いつもの爽やかだけど、どこか控えめな笑みを口元や目元に溜めて、私に微笑んだ。
そのまま向こうにある虹まで連れて行ってくれそうな彼を見つめて、私は自覚した。
彼のこの笑顔が……私は大好きなんだってことを。
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