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第3部 君は僕を捨てないよね

68.イモにまみれた帝都

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皇太子様と婚約者のエリーナ姫、そしてその姉のリリーナ姫を導いた先は、陛下の謁見室。

「おお……ジョナスン、久方ぶりだな。無事に大学も卒業して、立派になったものだ」

まさか裏門から抜け道通って戻ってくるとは誰も思ってなかったので、先に謁見室に入っていた私たちの後から、陛下と皇后様、皇女様もお目見えして、それぞれ皇太子様とハグをなさった。

彼らの後ろからはヘイゼル公爵様と、神隠しにあったのかと若干心配していたアルフリードも、ちゃんと付いてきている。

一言も発することのない皇太子様は、ガッチリ系の陛下と同じくらいの高身長だけど、体格は細身だ。
皇后様によく似た思慮深げで落ち着いたお顔の口の端だけを、わずかに微笑ませている。

一言で言うなら草食系男子。
皇后様もとても無口なので、その部分も似ていらっしゃるようだ。

「陛下、大変ご無沙汰しております。キャルン国のエリーナです」

エリーナさんは、帝国のご令嬢がまず着ることはなさそうな、無印○品みたいなワンピースの両端を手で持って、可愛らしくお辞儀した。

「エリーナ姫もよく来たな。ジョナスンが皇太子としての務めに慣れたら婚礼を執り行うから、待たせてすまぬが、よろしく頼むな」

陛下がそうおっしゃると、エリーナさんはニコリと笑ってうなずいた。

笑った瞬間に、ぱぁ~っと花びらが舞ったのと、後光が差したのは気のせいだろうか?
ともかく、見ているだけで癒されてしまう。

すると、皇太子様がエリーナさんの服をひっぱって、また耳元でコショコショと何かを囁き始めた。

それを聞きながらウンウンと彼女はうなずいている。

「そうでした、今日皆さんにお持ちしたお土産がありまして……」

そう言うと、エリーナさんは背負っていたリュックサックを肩から外し始めて、それを床に置くと、その場で新聞紙を広げ始めた。

皇太子様も同じように背負っていたリュックを降ろし、一緒になってその新聞紙の上に何かを並べている。

「こちらがキャルン国原産のキャルンイモ、そしてこちらが品種改良を重ねて出来たハイブリッドイモ、こちらは最近、焼酎の原料としても注目されているナガジャガイモ……」

新聞紙の上に並べられていたのは、様々な形や色をしたおイモの数々……

エリーナさんがそれらについて詳しく説明し始めた姿は、まさに“イモ女”以外の何者でもなかった。

さっきリリーナ姫は、ある見た目をたとえるために彼女をそう呼んだのかと思ってたけど、もしかして、そのまんまの意味だったのかも……

「ほお、これは珍しい」

「栄養素も多くて体にもいいんですね」

皇女様とアルフリードも興味津々で、よどみなく喋っているエリーナさんからさらに詳しく説明を聞き出している。

仲の良さそうな4人の中に私も入りたいなーと思ったけど、私は今、汚らわしいものを見るように彼らから顔を背けている、かのリリーナ姫様の女騎士なのだ。

彼女から片時も離れられない試用期間中の今、私はただその様子を羨ましそうに眺めることしか出来ない。

するとふと、イモが上に並べられていない新聞紙の端っこの方の記事に目がいった。

そこには、微笑んでいる皇太子様とエリーナさんが、初老の男性からイモらしきものが大量に入った箱を受け取っているイラストが描かれていた。

そして、その横には大きな太字で、

“聖女のごとく愛すべき我らがエリーナ姫、ついに帝国へ旅立たれる。イモ贈呈”

と書かれていた。

聖女か……確かに、一目ひとめ彼女を見てしまったら、そう表現してしまうのも無理ないかも。

そして、目の前に並べられているこのイモの数々は、この記事に書かれてる贈呈されたものなんだね。

それでもって、新聞の別の記事に目を滑らした時だった。

エリーナ姫の記事とは毛色の全く異なる、あまりにもセンセーショナルで、過激な見出しに私は思わず目を疑った。

“世紀の悪女リリーナ、贅沢三昧また財政をひっ迫!! 王族追放の声 国民の半数超える”

ちょ、ちょ、ちょっと!!!
これは完全に世論から見放されちゃってる最悪なパターン。

もしかして昨日と今日お買い物に使ったのも、キャルン国のお金だったりしないよね……?

すると、エリーナさんもその記事に気づいたようで一瞬大きく目を見開いた。

そして、他の人達が他のイモに夢中になってるのを見計らって、手を器用に動かすと、その記事の部分だけビッと破り、ワンピースのポケットにサッとしまいこんだ。

リリーナ姫はずっとそっぽを向いていて、そんな事があったのも全く気づいていない。

姫がキャルン国民からもんのすごい嫌われてるのって、アルフリードの原作での闇落ちに何か関係したりしてるのかな?

うーん、今はちょっとよく分からないかも……

「失礼いたします!! キャルン国より大量に貢ぎ物が届いております!」

突然、家来の人が勢いよく謁見室の扉を開いて、大きな声で叫んだ。

その慌てぶりに、なんだなんだ、と中にいたメンバー皆してお城の外へ行ってみると……

ほろをかぶった荷馬車がお城の前から、ずーっと、ずーっと、ずーーーーっと先の方まで列をなして並んでいる。

「こ、こ、これらの全てがイモなのだそうです……」

報告にきた家来の人は、目が回ったようにその場にヘタレこんでしまった。

「まさか、先日お会いしたイモ協会の会長さんかしら……帝国へも贈呈するとおっしゃってたけど、まさか、こんな量を送っていたなんて……」

おイモが大好きなエリーナ姫もさすがに言葉に詰まっている。

「こんな量は皇城だけでは到底処理できぬ。帝都の住民と飲食店にも配布するのだ」

陛下の命により、帝都にはしばらくの間、イモがはびこる事態となった。


そして、その日の夜。
皇太子様の歓迎パーティーが皇城の大広間にて、開かれた。

リリーナ姫は持参していた白くて襟元に伝統模様が入った、ナディクスの民族衣装風のドレスを身にまとっていた。

「こんなにすぐ舞踏会があったのなら、パートナーも見つけておくんだったわ!」

白騎士トリオの中でも、最も美形だという騎士さんのエスコートを受けながら、すっごく文句を言っている。

たくさんの人が集まって時間になり、舞台の上には陛下と、本日の主役である皇太子様に、エリーナ姫が現れた。

お2人はさすがに到着時のナチュラルな衣装は着替えて、素晴らしくお似合いな正装姿とドレス姿を披露されていた。

「本日ようやく帝国の後継ぎが帰還した。未熟な点はあるであろうが、皆一丸いちがんとなって支えてやってくれ。ジョナスン、挨拶しなさい」

陛下がそう言って一歩横に動いて、皇太子様に前に出るように促した。

すると、皇太子様はエリーナさんの手を繋いで一緒に進み出た。

もう、お2人は雰囲気も似ているし、どこに行くにも一緒って感じで、本当に仲良しみたいだな。

……婚約者さんがいるのに、離ればなれでも何とも思わず、他国でパートナーを作ろうとしている、こちらの姫とつい比べそうになってしまう。

まだ、皇太子様の声を聞いてないけど、今度こそ聞けるよね、って思ったのだが……

例のごとく、彼はエリーナさんにコショコショと耳打ちした。

「わたくしより、ジョナスン殿下のお言葉をお伝えいたします」

皇太子様でなく、エリーナさんが喋り出して、会場は一瞬ざわついた。

「長い間、帝国を留守にしてしまいご迷惑をお掛け致しました。今後は、ソフィアナの仕事を引き継いで業務に1日でも早く慣れるように邁進して参ります。どうぞ皆様のお力添えを何卒よろしくお願いいたします…… との事でございます」

そうしてエリーナさんが言い終えると、皇太子様と2人して深々とお辞儀をした。

最初はまばらにパチパチパチと拍手が鳴り出し、次第に盛大なものへと変わっていった。

これは……皇太子様はエリーナさんを通してしか、お話できないという事だろうか?

お2人はとってもいい人そうなんだけど……何か嫌な予感がしてならなかった。


リリーナ姫は珍しいナディクス風ドレスを着ているし、帝国で流行りのバリバリ濃いメイクをしてるので、それに惹かれて寄ってくる男性がチラホラいて、普段のおっかないキャラを封印して歓談をお楽しみになられていた。

私はそんな姫に片時も離れずにいるんだけど、プーンといい匂いがして食事コーナーをみると、既にそこはイモ料理に侵されていて、ポテトグラタンやイモのバター炒め、イモの丸焼きやスイートポテトなどのメニューで埋め尽くされていた。

そうして、照明が少し暗くなり、音楽のテンポがゆったりしたものになり、ダンスタイムが始まった。

すると、姫は歓談してた貴公子とダンスフロアへ向かっていった。

そう……いくら女騎士でもご主人様がダンス中の時は、お邪魔しないようにくっ付いてなくていいのだ。

このダンスタイムが私の唯一の自由時間。
王子様が無事にナディクスに到着してるのか、情報収集に勤しまなければ!

「エミリア様? エミリア様でいらっしゃるわよね!?」

会場をウロウロしようとした私の周りには、すぐに人が集まってきた。

声を掛けてきたのは、仲良しの友人のご令嬢たちだ!
皇太子様ご帰還というビッグイベントなので、貴族家の方々は誰でも参加できるため、彼女達も当然来ていたのだ。

「隣国の王女様の女騎士に就任されたのですってね? お買い物中の王女様の護衛をなさっている姿を、何人もが目撃しましたのよ!」

まだ1日しか経ってないのに、社交界の情報力すごいな~。
相当、姫のショッピング姿は街中で目立ってたんだろうな……

私を取り囲むご令嬢の中には、王子様のファンクラブの会長、サルーシェ伯爵家のオリビア嬢もいる。

彼女なら、王子様が無事にナディクスに到着したか知ってるかな? 
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