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第2章 華凛

08 悩みは運動で解決するらしい

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 放課後、わたしは体育館へと足を運んだ。

 ちなみにわたしは帰宅部なので基本的に体育館に用がある人間ではない。

  完全に華凛かりんさん目当てだ。

『あはは。……まあ、足だけ速くてもバスケにはあんまり意味ないんだけどね』

 という含みのある発言。

『こんな中途半端じゃ、姉ちゃんたちを見返すなんて到底ムリ』

 しかも、その悩みは姉妹にも関与しているらしい。

 これを深堀りしないわけには行かない。

 わたしはコソコソと二階から観覧できる位置で、コートを見下ろす。

 そこはバスケッボールが弾み、バッシュでコートを踏みしめ、女子部員の様々な声が鳴り響いている。

「……華凛さんだ」

 どうやら試合をやっているようで、ちょうど華凛さんがボールを持っていた。

 ダンッ

 と、華凛さんは大きくドリブルをついて加速し、そのままディフェンスを抜き去ろうとする。

 その速度は素人のわたしから見ても相当な速さだった。

 でも――

「よし、止めた!」

「……くっ」

 相手の方が一歩上手だったのか、ディフェンスが先回りしてその行く手を阻んでしまう。

 華凛さんの表情がまた妙に暗く、悔しそうに歯を食いしばっていた。






 部活も終盤に差し掛かってきた所で、そろそろ帰ろうかと準備を始める。

「で、なにしてたの?」

「ええええっ!?」

 振り返ると、そこには華凛さんの姿。

 これはまずいと、わたしは頭を捻る。

「……バスケ部に入るのもアリかなって」

「なら明日から来てよ?」

「すいません、嘘です」

 秒でバレる嘘をつくものではない。

「ずっとここで見てたでしょ」

 しかも、全部バレてるー。

「……拝見させて頂いておりました」

「何目的よ」

「華凛さんの雄姿をこの目に焼き付けようと」

 嘘は言っていない。

 わたしは華凛さんの普段見られない姿を見ることが出来て満足している。

「雄姿ってほどじゃなかったじゃん」

「それは……」

 華凛さんは肩をすくめながら自嘲めいた笑みを浮かべる。

 らしくない仕草だった。

「事実だから気にしないで、最近上手く行ってないの」

 そうなのだ。

 華凛さんが誰よりも速いのは明らかだった。

 けれど度々、ディフェンスに止められてしまうのだ。

「あたしからバスケを取ったら何も残らないって言うのにね」

「そのご尊顔が残ると思うのですが」

「は?」

「いえ、すみません」

 本気で言ったんだけど冗談だと思われようだ。

「これじゃ千夜姉ちやねえねえにも日和姉ひよりねえにもバカにされさる一方だよ」

 似たような発言を、体育の時にも聞いた。

 ……果たして本当にそうなのだろうか。

「あの……わたしなんかが本当におこがましいんですけど……」

「なに、まだ何かあるの?」

 ある。

 本来ならわたしは他人のことになんて興味はないし、口出しなんてしない。

 だけど、これは他ならぬ月森華凛つきもりかりんにまつわることだから、どうしても伝えたい。

「そういう考え方が、お姉さんともバスケも上手くいかない原因になっているんだと思うんです」

「――っ!」

 その発言に、華凛さんの顔が紅潮する。

 瞳孔が開き、眉間にしわが寄って、とても怖い剣幕になる。

「勝手な事言うじゃない。まだ他人行儀で、短距離走でもバテちゃう子が」

 口調に刺々しさが増す。

 確かに人間関係においても、スポーツにおいても、わたしはどちらもダメダメだ。
 
 それでも――

「言いますよ。だって、華凛さんは周りが見えなくなっているだけなんですから」

「……偉そうに」

 空気がピリつく。

「信じてもらえませんか?」

「何一つあたしに勝てない人の発言を信じると思う?」

 ……うん。

 華凛さんはスポーツマンであり結果主義な一面がある。

 だから、わたしの意見を理解してもらうには結果で示すのが一番だろう。

「勝てますよ」

「はい?」

「バスケは素人ですけど、華凛さんのドリブルはわたしでも止められます」

「……冗談でも面白くないことってあると思うんだけど」

「冗談は言ってません」

「じゃあ、本当にあたしに勝てるって証明できる?」

「出来ますよ」

「……本気?」

 もう後には引けない。

 だから――

「はい。だからわたしが華凛さんを止めることが出来たら、ちゃんと言う事聞いてくださいね?」

 わたしと華凛さんの意地のぶつかり合いが始まった。


        ◇◇◇


「アレだけ大口叩いたんだから、今さら逃げたりしないよね?」

 場所は体育館、背後にはバスケットゴール。

 目の前にはバスケ用のTシャツ短パン姿の華凛かりんさん。

「ええ、大丈夫です。絶対に逃げたりしません」

 ちなみにわたしは体育用の上下ジャージを着用。

「その度胸だけは認めてあげる。ほら」

 すると、華凛さんはいきなりバスケットボールを投げてきた!

「ぐへっ」

「えっ」

 胸にジャストミート。

 わたしは息を詰まらせて、その場に倒れて悶絶する。

「えっ、なに!大丈夫っ?」

 華凛さんは慌てたようにわたしの元へ駆け寄ってくる。 

「ぐはっ……はぁはぁ……かっ、げほっ、華凛さんっ、これはドッジボールじゃありませんよっ」

 わたしがしたかったのはバスケットであってですね。

「ち、ちがっ。普通にパスしただけっ」

「な……あんな胸を突き刺すような高速ボールがパスなわけありませんっ」

「いや、チェストパスはバスケの基本!あと相当遅くしたし!」

「えっ……じゃあわたしが運動音痴なだけ?」

「そうだよっ」

 あー……。

 自覚はあったけど、ここまでとは。

「……もうやめよ。なんか可哀想になってきた」

「え……わたしのこと心配してくれて……」

 キュンとしちゃうんですけど。

「するよ!パスで倒れる人なんて危なくてやってられないからっ」

「優しい……」

「当たり前の反応だからねっ!?」

 でも、このままではわたしの目的は達成されない。

 コートに転がったバスケットボールを持って立ち上がる。

「ダメです。華凛さん、ちゃんと勝負しましょう」

「いや、あたしはいいけどさぁ……なんでそんなにこだわるの」

 そんなの決まってる。

「華凛さんのことだからです」

「……変なの」

 渋々といった形で華凛さんはコートに描かれた半円の外に出て行きます。

「分かった。どーせ勝負にもならないだろうけど、やってあげる」

「はい!」

「ほら、ボール返して」

 華凛さんの動きを見よう見まねで真似てパスを出す。

「えい」

 ――バインバイン

 ボールは変な音を立てて、明後日の方向に飛んでいった。

「……」

「……」

 さすがに申し訳なくなってきた。

「……バスケって難しいですね」

「……もうツッコまないから」

 変な方向に飛んでいったボールを華凛さんが取りに行ってくれた。

 やっぱり優しい。

「今度こそやるからね」

 空気が変わる。

「はい」

 ――ダンダン

 華凛さんがドリブルを始める。

 その表情は部活の時と同じ緊張感が走っている。

 視線が突き刺すように鋭い。

「これで、おしまいっ!」

 華凛さんがコートを踏みしめ、きゅっと甲高い音ともに加速する。

 目の前にすると本当に速い。

 でも――

「えいっ!」

「……なっ!?」

 わたしは先に一歩を踏み出し、その行く手を阻む。

 華凛さんは、明らかに動揺しその場で動きを止めてしまう。

「うおりゃっ!」

「あ、ちょっ……!?」

 止まった今がチャンスだと思ってわたしはボールを目掛け、飛び込む。

 ……が。

「痛いっ」

「いや、なんで、あたしに飛び込んでくるのっ?!」

 誤って華凛さんの胸に飛び込んでしまった。

 二人とも体制を崩してコートの上に倒れ込んでしまう。

「いや……でもまさか、あたしも止められるとは思わなくて動けなかったのも悪いんだけど……」

 少し冷静になった華凛さんの声が沈む。

「わたしの勝ちでいいですか?」

「そうね……。素人相手でも勝てないんだから……バスケももう引退かな」

 明らかに気落ちする華凛さん。

 でもわたしが伝えたかったことは、そんなことじゃない。

「違いますよ、華凛さん」

「……は?」

「考えても見てください。これだけ運動音痴のわたしが華凛さんを止められるわけないじゃないですか」

 だから、それを容易にしてしまう悪癖が華凛さんにはあるのだ。

「じゃあ、なんで……」

「視線です」

「視線?」

「はい、華凛さんは相手をドリブルで抜こうとしてしまうあまり、その方向を一点集中して見る癖があるんです」

 方向が分かれば、その動き出しに合わせることはそんなに難しいことじゃない。

 純粋な速度がいくら速くても、事前に分かっていれば運動音痴でも何とかなる。

 だからバスケ部員の人ならなおさらだろう。

「たったそれだけのことです」

「……それだけ」

「はい、華凛さんはもっと余裕をもって周りを見ればいいだけなんです」

 多分それだけで結果は大きく変わる。

 そしてそれは多分、バスケだけのことじゃない。

「お姉さんたちのこともきっとそうなんです」

「バスケの話と関係ないじゃん」

「同じですよ。華凛さんは最初から“妹であるあたしのことを認めていない”と決めつけて、視野を狭めてしまう癖がついているんです」

「……」

「だから“そうじゃないかも”と視野を広げてみて下さい。それだけできっと変わりますから」

 華凛さんの集中力はすごい。

 でもその集中力に柔軟性がまだ伴っていないのだと思う。

 だからその柔らかさを持てばバスケも上手くなって、姉妹関係も円滑になるように思える。

「……この前まで他人だったあんたが、そんな分かったようなこと言わないでよ」

 素人がバスケのこと、他人が家族のことを分かるわけがない。

 そう思うのが自然でしょう。

 でも、わたしは――

「分かります」

「なに、それ」

 でも、残念なことに。

 これだけは自信を持って言えてしまうのだ。

「わたしは華凛さんのことをずっと見てきましたから」

「……っ!」

 バスケのことも人間関係のことも良く分からないけれど。

 でも、華凛さんのことは分かる。

 だって、ずっと応援してきたのだから。

「あっ、あたしはそんな単純じゃないしっ」

「え、あ、そうですよね……」

 とは言え、華凛さんにとってわたしがぽっと出であることには変わりない。

 わたしなんかの言葉を聞き入れてくれるわけもなく……。

「ていうか、いつまであたしの上に乗ってる気なのっ」

「ああ、すっ、すみませんっ!」

 わたしとしたことが、華凛さんの説得に熱中するあまりなんて失礼なこと……!

 慌てての場から退けると、華凛さんはコートから立ち上がる。

「……でも、ちょっとはあたしも変わろうと思ったかも……」

「え?」

 あまりにぼそっと言うものだから、わたしも思わず耳を疑った。

 もしかして、聞き入れてもらえたのだろうか?

「……明莉あかりに負けたのは事実だし。さすがに認めるって」

「か、華凛さん……」

「いや、明莉の言ってることが全部正しいと思ってるわけじゃ――」

「今、初めてわたしのことを名前で……」

 いつも“あんた”呼びだったのに……。

「え、そっち!?」

「感動です」

 あれ、なんか頬を伝う感触が……?

「泣くほどなの!?」

「ぐすっ……スポーツの力って偉大ですね」

「それに異論はないけど、明莉の使い方は多分ちがうと思う!」

 慣れないバスケをしたら華凛さんに名前で呼んでもらえるようになりました。

 スポーツってすごい。

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