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第2章 華凛

07 運動は得意ではありません

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「寒いなあー……」

 外の空気は冷たい。

 午前中からジャージに着替えて外に出なければならない体育のおかげで、わたしは身を凍えさせている。

「それにこうしてぼっちでいる事が余計に寒く感じさせるのかな」

 ……。

 ふう、こんな哀れな一言を呟いても誰も聞いてくれないのだから本当に寒々しい。

 今日は体力測定ということで、体を動かすみたいだ。

「はーい、それじゃあ名前呼ぶからその順番に並んでねー」

 最初は短距離走だった。

 先生に呼び出された生徒から順にスタート位置に立っていく。

(でも、こうやって見てみるとほんとにバラバラなんだなぁ……)

 わたしの視線は月森三姉妹に当てられている。

 いつも三人でいるイメージが強いけど、毎回一緒に行動しているかというとそうでもない。

 三姉妹はそれぞれ別の場所にいて、各々のまわりにはクラスメイトたちが集い、それとなく会話をしている。

「そんな三姉妹の秘密をわたしだけが知ってるなんて……うへへ」

 ファン冥利に尽きるというか、なんだか贅沢な気分だ。

「なんで一人で何笑ってんの……?」

「ええっ!?」

 ま、まずいっ。

 てっきり一人きりだと思って油断していたっ。

 いつの間にか華凛かりんさんが近づいていて、その表情は怪訝そうに眉をひそめていた。

 そんな変な者を見る目で見ないで下さいっ。

「い、いえ、ちょっと考え事を……」

「あんたは考え事をするとき一人で笑い出すわけ……?」

「た、たまに……」

あなたたち月森三姉妹の考え事の時、限定ですけどね?

 なんて言っちゃったりしようかな。

「普通に怖いから学校ではやめた方がいいと思う……」

「あ、はい」

 やめよう。

 華凛さんにこれ以上引かれくない。

「それよりも、華凛さんはどうしてわたしなんかの所へ?」

 貴女のような華々しい人がわたしみたいな所に来ちゃうと、良くない意味で目立っちゃいますよ。

「先生に名前呼ばれてるのに来ないから。あたしが様子見に来たの」

「え、あれ、そうだったんですか?」

 全然気づかなかった。

「ぼーっとしすぎ」

「返す言葉もありません」

「……もしかして。悩み、とか?」

 不意に華凛さんは心配そうな声を掛けてくれる。

「いえいえっ、そんな大したことじゃないですよ」

 いけないいけない。

 華凛さんに心配をかけてしまうなんて。

 三姉妹を推す者として、精神的負担を掛けることだけはあってはならない。

 わたしはあくまで三人を見守っていたいのだ。

「……何かあるなら、話くらいは聞くけど?」

「え?」

 その突然の申し出に、わたしは言葉を詰まらせてしまった。

「い、いや!一応は一緒に住んでる家族なんだしっ。それなのに暗い人がいたら、こっちも気になるじゃんっ!」

 すると、顔も赤らめながら言葉を矢継ぎ早にまくしたてる華凛さん。

 なるほど。

 あくまで月森家の空気を大事にしてるだけで、わたし個人の心配をしているわけではないということですね?

 もちろん、了解です。

 わたしとしても三姉妹のお邪魔にはなりたくないですから。

「大丈夫ですっ!絶対にわたしは皆さんに心配を掛けないようにしますからっ!」

「いや、だから悩みがあるなら聞くって言ってんじゃんっ」

「わたしに悩み事なんてありません」

「それはそれでどうかと思うんだけどっ」

 そうして華凛さんはずっと首を傾げながら、スタート位置へと向かって行くのでした。

 華凛さんのわたしに対するイメージが悪化していく一方な気がするけど。

 でも心配をかけるよりかは全然マシだからねっ。






 というわけで50m走。

 六名ほど並んでスタート位置につき、合図を待つ。

「よーい……」

 “ドンッ”

 と音が鳴って、全員が走り出す。

 そんな中、颯爽と遠ざかって行く者が一人。

「うわあ、見てみて。やっぱり華凛さん、走るの早いのね」

 なんてクラスメイトの声が上がるくらい、圧倒的な速さを見せつけていたのは華凛さんだ。

 瞬く間にその速度を上げていくと、他の追随を一切許さずにゴールしてしまう。

 さすがです。

「……ぶはあ……はあっ……」

 無様な呼吸を繰り返しているのはわたし。

 そもそもインドアで学校での移動が唯一の運動なので、突然全力疾走を求められても困ってしまう。

 心臓は大暴れし、肺は締め付けられるように酸素を求めている。

 ……なんか若干、気持ち悪くなってきた。

 膝を折り、顔を下げて呼吸を整えることに注力する。

「ねえ、大丈夫……?」

 すると、先にゴールしていた華凛さんが声を掛けてくれる。

 一度ならず二度までも……!?

 や、優しい……!!

 いや、ちょっと待つのよ花野明莉はなのあかり

 わたしはついさっき華凛さんに心配をかけてはいけないと自分に言い聞かせたばかりじゃなかったか!?

「だっ、だはっ、だいじょっ、ぶふっ……です」

「全然そうは見えないんけど……」

「いえ、ただ酸素がだりなくで、ぐるぢいだけでふっ……」

「それが大変ってことだと思うんだけど……」

「わたしにとっては平常運転……でふ」

「そんなのが平常な人いないって……」

 ま、まずい。

 喋れば喋るほど華凛さんに心配をかけてしまう。

 話題を変えないとっ。

「華凛さん、すごく速かったですね」

「あ、いや、あたしはほら、部活やってるから」

「バスケ部ですよね?でも、陸上部の人より速かったじゃないですか」

 ちなみに華凛さんは、月森三姉妹の中でも運動神経が抜きんでいている。

 長女の千夜ちやさんはそつなくこなし、二女の日和ひよりさんは運動が苦手らしい。

 と言っても、皆さんわたしに比べればとても優秀なのだけど。

「あはは。……まあ、足だけ速くてもバスケにはあんまり意味ないんだけどね」

 ……ん?

 なんだろう、妙に含みのある発言。

 華凛さんは女子バスケ部のエースと聞いている。

 なのに、どうしてそんな皮肉な言い方をするのだろう?

 一流特有の謙虚さ、でしょうか?

「こんな中途半端じゃ、姉ちゃんたちを見返すなんて到底ムリ」

 それは誰に言うでもなく、華凛さん自身に向けての独り言のようだった。

 なんだろう、すごく気になる。

 どうやら華凛さんにとって、バスケットは姉妹の関係性にも影響しているらしい。

 わたしの推しとしてのセンサーがそう告げている。

「これは、見過ごすわけには行きませんね」

 まずは華凛さんのことについて調べよう。

 そのためには……。

「華凛さんっ」

「え、なに?」

「……あの、あ、足がっ」

「足?」

 華凛さんを追いかけようした瞬間、わたしの足に異変が起きていた。

「い、痛いし、う、動かないので……た、助けて下さい」

 膝がガクガクして使い物にならなくなっていた。

「最初から素直にそう言いなよっ!」

 華凛さんに総ツッコミを受けながら、わたしは肩を借りるのでした。

 ……ふ、不覚っ。

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