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妹は生まれた時から全てを持っていた。
5.
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そんな惨めで悲しい私の人生に、劇的な出来事が起こった。それはセレスティーヌが王太子殿下と結婚してからわずか一年後のことだった。
百年近くも平和を維持してきたこの王国は、突如隣の大国から攻め込まれた。王太子殿下の不貞がそもそもの原因だった。
結婚直後から、王太子とセレスティーヌの不仲は社交界では有名だったようだ。どうやら王太子はセレスティーヌの美貌にばかり目がくらみ、深く考えずに彼女を妃に決めてしまったらしい。けれどここへ来て、ついにこれまでセレスティーヌが勉強をサボり続けてきたツケが回ってきたのだ。
何もできないセレスティーヌに失望した王太子だが、その彼自身がまた不出来であったらしい。妻に飽き嫌気が差していた王太子は、短絡的に次々と不貞行為を繰り返した。そして、国外から多くの来賓を招いたある晩餐会の夜、大国のまだ14歳の王女をだまくらかして手籠めにしてしまったそうだ。事実を知った大国の国王夫妻は激怒。そこから揉めに揉めて、ついには戦争にまで発展してしまった。
国内の治安は一気に悪くなり、誰もが王家に対して激しい不満を抱いていた。戦争のために経済状況はどんどん悪化し、皆が余裕を失くしていた。当然王家も追い詰められており、父や母がアテにしていた我が家への援助らしきものは一切ない。バランド侯爵家も、ついには日々の食事にも困るほどに困窮しはじめたのだった。
そんなある日のことだった。私は一人、玄関ポーチの辺りを箒で掃いていた。
その時。
「ニナ」
(──────……え……?)
決して忘れるはずのない、恋しい人の声が聞こえた。それも、はっきりと。
一瞬固まった私がゆっくりと顔を上げると、そこには、ロベールが立っていた。私を見つめて、微笑んでいる。
「……ロ……、ロベール……?」
「ああ、そうだよ、ニナ。遅くなってごめん。……迎えに来た」
「…………ロベール……ッ!!」
頭が真っ白になり、そしてその直後、大きな喜びが一気に胸に押し寄せてきた。その喜びに押し出されるように、私は箒を捨て、駆け出した。両手を広げたロベールが、胸に飛び込んだ私をしっかりと強く抱きしめる。涙が止めどなく溢れ、言葉にならない。
「ロ……ロベール……!ロベール……会いたかった……!」
「……ああ。俺もだよ。君を忘れたことは一日たりともなかった」
互いの体温を確かめ合うように、私たちはしばらくそのまま動かなかった。信じられない。これは現実なの?私……、生きてもう一度ロベールに会うことができたの……?
ロベールがゆっくりと私の頬を撫で、顎を持ち上げるようにして上を向かせる。漆黒の瞳が優しく私を見つめていた。
「ここでは相変わらず辛い毎日を送っていたようだな。もう心配ない。……さぁ、行こう」
「……行くって……、どこへ……?」
「ここよりも安全なところだよ。戦争のない、平和な国さ。今のところね」
そう言って私の髪を撫で、ロベールが片目を瞑った。……何?どういうこと……?
「ど、どこへ行くの?平和な国、って……?」
「ごめん。言ってなかったけど、俺はこの国の人間じゃないんだ。もちろん、戦争中の大国でもない。もっと南の小国出身なんだよ」
その国の名を聞いて驚いた。自然豊かな美しい国。世界で最も国民が幸せに暮らしているのではないかと言われている、生活水準の高い素敵な国の名だったのだ。
「あれから、俺は父とともに武勲を立て、父は国で辺境伯の地位を賜ったんだ。俺は今辺境伯私設騎士団の副団長を務めている。……君を妻として迎えるのに、充分な功績を上げてきた、と思っているよ」
少し照れくさそうにそう話すロベールの笑顔が、愛おしくてたまらない。夢を見ているような心地になりながら、私はロベールの腕の中で呟くように言った。
「……本当に……?私を、連れて行ってくれるの……?」
「もちろん。ニナと出会ったあの日から、ニナのことだけを考えてここまでやって来たんだ。……行こう、俺と一緒に」
「っ!ま、待って、ロベール」
このまま手を引いて屋敷の門の方へ向かおうとするロベールに、私は慌てて言った。
「わ、私、何も持っていないわ」
「何か大切なものがある?あるのなら、屋敷に取りに戻るかい?それなら待つよ」
「…………。ない、けど……」
私には大切なものなんて、一つもない。子どもの頃から私の気に入っていたものは全て、妹に取られる人生だった。両親から私に何か特別なものを買い与えられた記憶もない。
そうか。私には、何もないんだっけ。
「……うん。ない。ないわ、ロベール」
「じゃあ、このままもう行こう。大丈夫。国に戻ったら必要なものは俺が全部買ってあげるから。……実はもう、屋敷に君のための部屋も用意してあるんだ」
そう言うとロベールは私の肩を優しくそっと抱いた。
「さぁ」
「……ええ」
私は抵抗することなく、そのままロベールとともに歩きはじめた。
その時だった。
「ニナ!!待ちなさい!!」
百年近くも平和を維持してきたこの王国は、突如隣の大国から攻め込まれた。王太子殿下の不貞がそもそもの原因だった。
結婚直後から、王太子とセレスティーヌの不仲は社交界では有名だったようだ。どうやら王太子はセレスティーヌの美貌にばかり目がくらみ、深く考えずに彼女を妃に決めてしまったらしい。けれどここへ来て、ついにこれまでセレスティーヌが勉強をサボり続けてきたツケが回ってきたのだ。
何もできないセレスティーヌに失望した王太子だが、その彼自身がまた不出来であったらしい。妻に飽き嫌気が差していた王太子は、短絡的に次々と不貞行為を繰り返した。そして、国外から多くの来賓を招いたある晩餐会の夜、大国のまだ14歳の王女をだまくらかして手籠めにしてしまったそうだ。事実を知った大国の国王夫妻は激怒。そこから揉めに揉めて、ついには戦争にまで発展してしまった。
国内の治安は一気に悪くなり、誰もが王家に対して激しい不満を抱いていた。戦争のために経済状況はどんどん悪化し、皆が余裕を失くしていた。当然王家も追い詰められており、父や母がアテにしていた我が家への援助らしきものは一切ない。バランド侯爵家も、ついには日々の食事にも困るほどに困窮しはじめたのだった。
そんなある日のことだった。私は一人、玄関ポーチの辺りを箒で掃いていた。
その時。
「ニナ」
(──────……え……?)
決して忘れるはずのない、恋しい人の声が聞こえた。それも、はっきりと。
一瞬固まった私がゆっくりと顔を上げると、そこには、ロベールが立っていた。私を見つめて、微笑んでいる。
「……ロ……、ロベール……?」
「ああ、そうだよ、ニナ。遅くなってごめん。……迎えに来た」
「…………ロベール……ッ!!」
頭が真っ白になり、そしてその直後、大きな喜びが一気に胸に押し寄せてきた。その喜びに押し出されるように、私は箒を捨て、駆け出した。両手を広げたロベールが、胸に飛び込んだ私をしっかりと強く抱きしめる。涙が止めどなく溢れ、言葉にならない。
「ロ……ロベール……!ロベール……会いたかった……!」
「……ああ。俺もだよ。君を忘れたことは一日たりともなかった」
互いの体温を確かめ合うように、私たちはしばらくそのまま動かなかった。信じられない。これは現実なの?私……、生きてもう一度ロベールに会うことができたの……?
ロベールがゆっくりと私の頬を撫で、顎を持ち上げるようにして上を向かせる。漆黒の瞳が優しく私を見つめていた。
「ここでは相変わらず辛い毎日を送っていたようだな。もう心配ない。……さぁ、行こう」
「……行くって……、どこへ……?」
「ここよりも安全なところだよ。戦争のない、平和な国さ。今のところね」
そう言って私の髪を撫で、ロベールが片目を瞑った。……何?どういうこと……?
「ど、どこへ行くの?平和な国、って……?」
「ごめん。言ってなかったけど、俺はこの国の人間じゃないんだ。もちろん、戦争中の大国でもない。もっと南の小国出身なんだよ」
その国の名を聞いて驚いた。自然豊かな美しい国。世界で最も国民が幸せに暮らしているのではないかと言われている、生活水準の高い素敵な国の名だったのだ。
「あれから、俺は父とともに武勲を立て、父は国で辺境伯の地位を賜ったんだ。俺は今辺境伯私設騎士団の副団長を務めている。……君を妻として迎えるのに、充分な功績を上げてきた、と思っているよ」
少し照れくさそうにそう話すロベールの笑顔が、愛おしくてたまらない。夢を見ているような心地になりながら、私はロベールの腕の中で呟くように言った。
「……本当に……?私を、連れて行ってくれるの……?」
「もちろん。ニナと出会ったあの日から、ニナのことだけを考えてここまでやって来たんだ。……行こう、俺と一緒に」
「っ!ま、待って、ロベール」
このまま手を引いて屋敷の門の方へ向かおうとするロベールに、私は慌てて言った。
「わ、私、何も持っていないわ」
「何か大切なものがある?あるのなら、屋敷に取りに戻るかい?それなら待つよ」
「…………。ない、けど……」
私には大切なものなんて、一つもない。子どもの頃から私の気に入っていたものは全て、妹に取られる人生だった。両親から私に何か特別なものを買い与えられた記憶もない。
そうか。私には、何もないんだっけ。
「……うん。ない。ないわ、ロベール」
「じゃあ、このままもう行こう。大丈夫。国に戻ったら必要なものは俺が全部買ってあげるから。……実はもう、屋敷に君のための部屋も用意してあるんだ」
そう言うとロベールは私の肩を優しくそっと抱いた。
「さぁ」
「……ええ」
私は抵抗することなく、そのままロベールとともに歩きはじめた。
その時だった。
「ニナ!!待ちなさい!!」
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