短編集・異世界恋愛

鳴宮野々花

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妹は生まれた時から全てを持っていた。

4.

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 引き返して屋敷に戻った方が早いかしら……などと頭をよぎったけれど、激昂したセレスティーヌや母から追い出される可能性の方が高いと判断し、私はそのまま辻馬車を目指した。
 その後怪我を負った男性をどうにか馬車に乗せ、病院まで連れて行き、手当てを受けさせることができた。



「……本当に助かった。ありがとう。礼を言うよ」

 病室のベッドに寝かされた男性は、隣に座っている私を見ながら掠れた声で弱々しくそう言った。

「大事に至らなくてよかったわ。……誰かに刺されたの……?」
「ああ……。ちょっとしたトラブルだ。夜中にあの辺を通りがかったら、商人の爺さんが強盗らしき連中に襲われていた。爺さんのことは助けられたけど、自分が怪我をしてしまったってわけさ」
「まぁ……。あの辺りは夜中は物騒だわ……。人助けできたのはよかったかもしれませんが、今後はどうかお気を付けて」
「あなたこそ。あんな寂しい道を人気のない時間に一人で歩くなんて、危険だよ。気を付けないと、よからぬ連中に出会ったら最悪なことになる」

 男性の方が逆に私のことを心配してくれているようだった。こんな大怪我を負っているのに。なんだか可笑しくて、私はクスリと笑った。



 どうせもう彼女たちの出発までにドレスも私も間に合わないと分かっていたから、諦めてしばらく彼のそばにいた。私たちはいろいろな話をした。彼の名はロベール。私と同い年で、今は騎士になるために訓練を重ねる日々だそうだ。
 彼に尋ねられるがまま、私も自分のことを少しずつ話した。あの場所からさほど遠くないバランド侯爵家の娘だということ。美しい妹がいて、彼女が両親からとても大切にされていること。そして逆に、私は疎まれ寂しい生活を送っていること。

「……。……もう、そろそろ帰らなきゃ」

 言葉を交わすほどに立ち去りがたく、だけどここにずっといるわけにもいかない。未練を残しつつも私が立ち上がろうとすると、ロベールは私の手をそっと握ってきた。

「……っ、」
「ニナ」

 彼の唇が、私の名を紡ぐ。なぜだか胸が熱くなり、私はその漆黒の瞳を見つめた。

「……俺はこれから訓練を重ねて、立派な騎士になるよ。準備ができたら、……君を迎えに行ってもいいかな」
「……ロベール……」
「その時は、俺の元に来てくれるかい?」

 彼の瞳は真剣そのものだった。込み上げる想いを必死に飲み込みながら、私は震える声で答えた。

「……ええ。……待っているわ。ずっと」

 出会ったばかりの二人。だけど私たちは、もうすでに恋に落ちていた。

 それは私にとって、初めての恋だった。



  ◇ ◇ ◇



 実は私がその時助けた黒髪の美しい男性は、この国の王太子様だった…………なんて、そんなオチはない。私の人生にそんな劇的なことは起こらない。
 あの日王宮の茶会から帰ってきた母とセレスティーヌには、何度も何度もぶたれた。だけど結局、半年後セレスティーヌは正式に、王太子の婚約者となった。

 セレスティーヌの王太子妃教育が始まり、私はますます使用人としての存在価値しかなくなった。来る日も来る日も屋敷の中で働き続けながら、ロベールのことを想っていた。
 本当に迎えに来てくれなくてもいい。私の悲しい人生に、たった一つの幸せな思い出をくれた。ただそれだけで嬉しかった。あの日のことを一生思い出しながら、生きていこうと思った。

 バランド侯爵家の家計は逼迫するばかりなのに、両親は楽観的だった。ついに娘が期待通り王太子の婚約者となったのだ。もう一生安泰。二人が結婚すればうちの生活も楽になる。そう思っているようだった。
 私には縁談など来なかった。社交の場に出ていないので知らなかったけれど、どうやら私は上流階級の人々から不運を呼ぶ存在だと噂されているらしい。妹は全てを持って生まれてきて、その代わり私は醜い部分を寄せ集めたような女なのだと。私が全ての悪い部分を引き受けて生まれてきたから、セレスティーヌはあんなにも美しく強運で、未来の王太子妃にまでなれたのだと。だから姉の方に関わるのは縁起が悪い。嫁にもらえば醜いものや不運を一緒に呼び込んでしまう。そんな噂が立っていると、母が憤慨しながら父に話しているのを聞いてしまった。

「嫁ぎ先もないなんて。本当に困った娘だわ!縁談に持ち込めないかと思って話を出すと、皆必死で話題を逸らすのよ。恥ずかしい娘だわ」
「……まぁいいさ。現に今は使用人としての仕事を全て引き受けてやっているわけだしな。あの娘に関しては無給の労働者だと思って割り切るしかない」

 父や母の本音が、どうしようもなく悲しかった。

(……でも、私はずっと孤独だったわけじゃない。想いが通じ合った人がいた。たった一度だけでも)

 胸が千切れそうなほど辛い時は、ロベールとのあのひとときの思い出が私を救ってくれていた。





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