短編集・異世界恋愛

鳴宮野々花

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妹は生まれた時から全てを持っていた。

3.

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 セレスティーヌの教育には多額の金が注ぎ込まれた。貴族学園に通いながら高名な家庭教師を数人雇い、美容家を週に何度も招いてはセレスティーヌの全身を磨き上げ、ケアをする。彼女を最高に美しく見せるためのドレスやアクセサリーなども次々と新調された。その上ストレスの溜まったセレスティーヌが癇癪を起こすたびに次々と与えられる、高価な品々……。
 いくら我が家が多くの資産を有していた侯爵家とはいえ、このような散財が数年続くと領地経営は苦しくなってきたようだ。だけど両親は、全てセレスティーヌが王太子妃となるための投資だと思っていた。
 経費節約のために、屋敷勤めの使用人たちが解雇されはじめた。バランド侯爵家の使用人の数はどんどん減り、ついには使用人たちの仕事を代わりに私がやらされるようになった。料理や掃除に買い出し、セレスティーヌや母の身支度、外出する際の準備など、私はどんどん忙しくなっていった。



 第一王子が正式に王太子と定められると、いよいよ本格的に婚約者の選定が始まった。我がバランド侯爵家をはじめ、候補となる娘がいる高位貴族の人々は皆血眼になって王家に猛アピールしているようだった。

 そんな中で、ある日王宮から茶会の招待が届いた。それは私とセレスティーヌ、両方に参加を促すものだった。主催者は王妃陛下、そしてその茶会には王太子殿下も参加されるとの内容だった。

「いよいよね。きっとこの茶会が婚約者の最終選定の場となるはずだわ。セレスティーヌ、以前作らせた最高級シルクのドレスを身に着けていくのよ。ヘアスタイルも入念に打ち合わせしなくては。あとは……」

 母は招待状を何度も読み返しながら妹にそう言うと、忙しなく屋敷を歩き回っては数週間先の茶会の準備を始めた。私のことは、もちろん視界にも入っていない。まぁ妹に決まるのはほぼ間違いないだろう。私はせいぜい失礼にならない程度に着飾って出かけるとしよう。大したドレスもアクセサリーも持っていないけれど、どうせ下手に目立ったところで両親に厳しく叱られるだけだから。
 普段私は、母やセレスティーヌが参加する高位貴族や王家の方々主催の茶会には連れて行ってもらえない。セレスティーヌがものすごく嫌がるからだ。成績優秀だった私に話題が集まるのが不愉快なのだそう。今回のような華やかな場に行くのは初めてのこと。隅っこで静かにしているのが賢明だろう。



 ところが当日の朝、大きなアクシデントがあった。



 王宮での大切な茶会の日。私はその日の早朝に、街までセレスティーヌのドレスを受け取りに行かされることとなった。直前になってセレスティーヌが、ドレスの一部がどうしても気に入らないと言い出し、急遽仕立て直しを頼んでおいたのだ。なんとか当日の朝までに仕上げるよう無理を言っておいたその店まで、私が使いで行くことになった。

 万が一王宮に出発する時間までに私が間に合わなかったら大変だからと、うちの馬車に乗らせてはもらえなかった。以前は数台所有していた馬車も、今ではたった一台だけ。いざとなれば私を置いて自分たちだけその馬車に乗って王宮へ行くつもりらしい。
 もしそうなったら、セレスティーヌは結局違うドレスで行くのだろう。じゃあわざわざこんなに無理してまであのドレスに執着しなくてもいいんじゃないの?そうは思ったけれど、言うだけ無駄だ。セレスティーヌと母の機嫌を損ねるだけだもの。

 途中まで歩いて行き、辻馬車を拾おう。そう思った私は屋敷を出て、一人黙々と歩いていた。人気の全くない早朝のひんやりした空気の中をひたすら進んでいくと、しばらくして、道端に蹲っている男性らしき人の姿が見えた。

(……?何だろう。ちょっと怖いな……)

 その人の横を通り過ぎなければ大きな通りには出られない。おそるおそる近づいてみると、体の大きな黒髪の男性だった。……俯いて、何だか苦しそうな様子だ。

「……?……っ!!だ……っ、大丈夫ですか……っ?!」

 よく見ると、男性がその大きな手で押さえている脇腹から血が滲んでいる。目を凝らすと、着ている黒い服も血でぐっしょりと濡れているようだった。

 大変……っ!街まで連れて行って早く手当てを受けさせなくては……!

 私はその人の隣にしゃがみ込むと声をかける。

「動けますか?頑張って立ってください!もうすぐ辻馬車を拾えるところに出ますから……。私がお医者様のところまでお連れしますわ。さぁ、私に掴まって」

 その男性はようやく顔を上げると、苦しげな表情でゆっくりと私の方を見た。とても整った顔立ちをした若い男性だった。けれど、見惚れている暇などない。私は男性の片腕を自分の肩にかけるようにして彼を立たせ、無我夢中で歩いた。




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