優しい嘘の見分け方

ハリネズミ

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番外 番う日

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 美幸はこんなおかしな硬直状態に何を思ったのか、ゴロンと仰向けに勢いよくベッドに転がりぼよんぼよんと身体が弾むのに任せている。
 子どものフリをしていた頃の美幸を見るようで、思わずくすりと笑ってしまった。

「俺の怖いもの教えようか?」

 突然の美幸の言葉。そう言ってにぃっと笑う様は本当に子どものようで、今の状況を忘れそうになる。

「うん?」

「母親。ずーっと母の事が何よりも怖かったんだ」

「美幸……」

 なんて事ないみたいに言う美幸の言葉に胸がツキンと痛んだ。

「でも今は白兎の事が一番怖い」

「――え?」

 そして続く想像もしていなかった告白に、言葉に詰まってしまった。
 俺の事が怖い?

「白兎に嫌われるのが何より怖いんだよ」

「俺は嫌いになんか――っ」

「ああ、分かってる。白兎の愛情を疑っているわけじゃない。それほど強く白兎の事を想ってるという事だ。俺は子どものフリをしていた時ずっと白兎に守られていると感じていた。あの母を睨んだり、意見したりしてくれたんだろう?」

「だって俺は美幸の番だから――」

「そうだ。たとえ噛み跡がなくても、偽物でも――俺たちは既に番なんだよ」

 でも、と眉間に皺を寄せると美幸は更に続けた。

「俺はαだからどうしても白兎の中に入りたいと思ってしまうし、項を噛みたいと思ってしまう。だけど、それで白兎の心が壊れてしまったら意味がない。幸い母がくれた首輪首飾りはどんな事をしたって本来の鍵なしでは外す事はできない。勿論最初からそんな事態にならないように今度こそ守るつもりだ。二度と白兎をあんな目には合わせないと約束する。だから他のヤツが白兎の項を噛むなんて事にはならないから安心して欲しい。――俺は白兎を愛してる、心から愛してるからこそ今はこのままでいいと思っている。――白兎が傍にいてくれさえすれば俺は幸せだ」

 そう言って微笑む美幸の優しさ痛みに大粒の涙が零れた。

 ああ、と思う。一年前、俺が美幸の為を想って美幸の元を去った時の胸の痛みを思い出し涙が止まらない。
 あの時美幸も俺と同じ痛みを感じていたはずだ、そして今も。俺の弱さが美幸を傷つけた――。

 俺たちは『嘘』で始まって『嘘』で繋がっていた。あの時はそれが必要だったけど今は違う。俺たちの間に『嘘』なんか要らない、『本当』しか要らないんだ。

 美幸がひとりで傷ついたり涙を流すのは嫌だ。
 そうならないよう、俺は美幸の隣りに立てるように色々な事を頑張ったし、今も頑張っている。
 何が起きてもふたりで立ち向かっていけるように強くありたいんだ。守ってもらうばかりのΩお姫さまになんかなりたくはないんだ。

 Ωの幸せはα次第、αの幸せもまたΩ次第だと思うから。
 だから――

 俺は未だ寝転んだままの美幸の腰の辺りに跨り、突然の事に驚き固まる美幸の唇に自分から唇を押し付けた。

「――白兎っ?!」

「――じゃあ美幸の事は誰が守るんだよ」

 静かにそう言うと、そんな事は少しも考えていなかったというように見開かれた美幸の優しい茶色の瞳と呟き。

「――――え」

 その瞳には間抜け面した俺が映っていて、「信じろよ!」なんて美幸に文句を言うのは間違っていると思えた。これは俺が招いた結果なのだ。弱い自分、強くあらねばと思ったのに実際は全身の震えを抑える事もできない。

 俺はΩで、確かにαには全てにおいて劣ってるかもしれない。
 もしかしたらずっと弱いままなのかもしれない。
 だけど、自分の痛みより美幸の痛みの方がよっぽど俺にはしんどいんだよ。
 痛くていたくて堪らないんだ。

 寄りかかって生きる事を愛だなんて思わない。俺は愛されたいのと同じくらい美幸の事を愛したいんだよ。そしてふたりで幸せになりたいんだ。
 番になるって事はそういう事だろう?

 涙を乱暴に両手で拭い、ずずずと鼻水を啜った。

「俺は今日美幸と本当の番になりたい。じゃないとこの先いつまで経っても俺たちは偽物のままだ。俺はこの一年頑張ったけど――本当は何も成長なんかしてなくて、美幸には不釣り合いなままなのかもしれない。だけど他の誰かに美幸の隣りを譲る気なんかないんだ。だからせめて美幸の隣りに立ち続けていられるように――強くありたい」

 もう一度自分から噛みつくようなキスをした。
 今度は震えたりしない。これは誓いのキスだから、ふたりで戦っていくっていう宣言だから、怖いなんて事あるはずがないんだ。
 怖くはないのだと自分に『嘘』を吐く、全部を『本当』にする為の『最後の嘘』を。

「美幸も本当に俺の事を愛してるなら俺の願いを聞いて? もう二度とあんな奴の事思い出さないくらいこの身体に美幸の愛を教えてよ」

 そうする事できっと『本当』になるのだから。

 挑戦的な俺の言葉に美幸は驚いた顔をしていたけど、すぐに目を細めて俺の事を愛おしそうに見つめた。

 俺の心臓は恐怖や不安とは違うビートを刻み始めた――。
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