蒼の箱庭

葎月壱人

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第一章

友達

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どうしてこうなっちゃうんだろう?
後悔しか残ってない重苦しい心を身体から取り出せたらどんなに良いか。
真白は一人、あてもなく歩き続けながら後を託してしまった姫の事を思った。

「あんなの丸投げだよね……後で謝らなきゃ」

いつの間にか燃えるように周囲を染めていた夕日も影を潜め、青みがかった夜の帳が星を輝かせながら空に展開されつつある。
ひんやりとした風を肌で感じながら、真白はようやく歩くのを止めた。

「あ……」

無意識に来ていた場所は、学園の離れにある湖畔。
ここは真白のお気に入りの場所だ。
悲しい時や一人になりたい時、最近は読書をするのにも利用している。
夜の匂いに混ざって香る青々とした芝生の絨毯に腰掛けながら、ふと昔の思い出がノイズ混じりに頭をよぎった。
そうだ。昔……この場所を共有していた人がいたっけ。
白馬が留学してくる直前に転校してしまった幼馴染とも言って良い位、幼少期からつるんでいた男の子。
他愛ない話とか相談とかして共に笑い、泣いたり、喧嘩してもすぐに仲直りできた。
雪乃と喧嘩してしまった時はいつも助け舟を出してくれてた。
こらえ切れなくて泣いて喚いた時も傍に居てくれた。
頼もしさに憧れて、尊敬していた人。
どうして忘れていたのだろう?
名を呼ぶ声も眩しい位サラサラした金髪に金色の瞳。
あんなに一緒だったのに何も告げず突然転校してしまったけど、多分忘れる事はない……と思っていたが、何故か今、その人の名前だけがごっそり抜け落ちている。

「雪乃に聞……あ」

自分で口にして、自滅する。
都合の良い時にだけ雪乃に頼ろうとするなんて……情けない、また憂鬱な気持ちも戻ってきた。
話し合えば解決できると思ったのに。
どうして相手を傷つけてしまう結果になるんだろう?

“無神経”

いつまでも頭にこびりついて離れない雪乃の言葉に、真白はその場に仰向けに倒れた。
両手を広げ目の前に広がる夜空を見つめ、静かに目を閉じる。
そうすれば嫌な事も消える気がした。
きつく目を閉じれば何もかも上手く行く気がし始めた頃。

カサカサカサカサ

先程から何か音がするとは思っていたけれど、野生の動物だろうと決めつけて確認すらしなかった。
しかし今、頬に何やら湿っぽくてザラザラしたものが当たる。
恐る恐る片目を開けると、目の前に黒光りした大きな鼻が一際大きく“ぶぉっ”と音を立てて鼻息を吹きかけてきた。

「うわっ……!!」

静止の声も虚しく後退りしながら何とか起き上がると、真白の目の前には引き締まった四肢をした金の鬣を持つ馬が一頭、真白の反応を面白がる様に尻尾を揺らして立っていた。

「う、うまぁ?」

犬かと思っていたが予想の斜め上をいく生き物の登場に情けない声が出た。
ブルル、と鼻を鳴らし零れ落ちてしまいそうな金色の瞳が妙に懐かしい。

「……綺羅?」

唐突に思い出した名前は大切な幼馴染の男の子のもので。
当然、人の言葉が通じない馬は何も反応しない。

「ご、ごめん。友達に似てて。その、見た目?いや!決して馬面だったとかじゃないよ!?只、何ていうか……あ、雰囲気が似てて!」

馬相手に何言ってんだと誰かにツッコんで欲しかったが生憎、誰も傍にいない。
何だか急に恥ずかしくなってきた。

「ごめん……本当。おいで?お家に帰ろ?私が連れてってあげる」

鼻筋を撫でながら優しく話しかけ、学園で管理している小屋まで連れて行こうと試みた時、一際大きな嘶きを上げ、馬は颯爽と森の奥へと消えていった。
一瞬の出来事に圧倒されていると、遠くから聞き慣れた声が真白を呼んでいる。

「姫?」
「あったりー!!」

姫は勢い良く真白に飛びつくと、走って上がる息を整えながら赤らんだ顔を綻ばせた。

「ねぇ!ご飯、行こう?今日は海老フライ定食だよ!?ねっ!?真白、行こう!!」

食い気が凄い姫に手を掴まれ、言われるがまま走り出した。
いつも王李の後ろに隠れて菓子パンを食べてたり、皆から一歩下がっている控えめな姫の手が今は暖かくて力強くて頼もしい。
走る度に左右に揺れる姫の長いおさげを見ながら、真白は視界が涙でぼやけていくのを止められなかった。
感極まって声も震えてたかもしれないけど、これだけは言いたい。

「姫、ありがとう」
「えぇ?ふふっ、海老フライ三個でいいよ!」
「……それきっと全部だよ」

振り返って微笑む姫につられ、真白も笑う。
笑った時に涙が一粒、溢れて落ちた。
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