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第3話 コーヒーの香り
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第3話 コーヒーの香り
水曜日の朝は、気持ちの良い晴れ空だった。
私はいつもより少し早めに出社し、コーヒーメーカーの前に立った。昨日のランチで美咲と話したことを思い出しながら、豆を挽く音に耳を澄ませる。彼女が好きな小説の話、その時の少し照れたような笑顔。
ふと思い立って、私は二人分のコーヒーを淹れることにした。
「おはようございます」
いつもの時間に美咲がやってきた。今日は薄いピンクのブラウスを着ている。よく似合っている。
「おはようございます。良い天気ですね」
私は用意していたコーヒーカップを彼女のデスクに置いた。美咲は驚いたような顔をした。
「あ、ありがとうございます。でも、お気遣いなく...」
「たまたま二人分淹れたので。嫌いでなければ」
「いえ、コーヒー大好きです。ありがとうございます」
美咲は嬉しそうにカップを両手で包んだ。その仕草がとても可愛らしくて、私は思わず見惚れてしまう。
「いい香りですね」
「豆にこだわっているコーヒーショップがあるんです。休日に時々買いに行くんですよ」
「へえ、どちらのお店ですか?」
美咲は興味深そうに聞いた。私は店の場所や特徴について説明する。彼女は熱心に聞いてくれて、時々「へえ」「そうなんですね」と相づちを打ってくれる。
こんな何気ない会話が、今はとても特別に感じられた。
午前中、私たちはそれぞれの仕事に集中していた。時々、美咲がコーヒーを飲む小さな音が聞こえる。その度に、なんとなく嬉しい気持ちになる。
十時頃、美咲の電話が鳴った。取引先からの問い合わせのようで、彼女は丁寧に対応している。しかし、話が進むにつれて、困ったような表情を浮かべ始めた。
「申し訳ございません、確認いたします...はい、お待ちください」
美咲は電話を保留にして、慌てたように資料を探し始めた。書類の山を掻き分けて、必死に何かを探している。
「手伝いましょうか?」
私は小声で聞いた。
「契約書の控えが見つからなくて...」
「いつ頃のものですか?」
「先月の中旬頃の...」
私は自分のファイルを確認した。営業部とのやり取りで、コピーをもらっていたものがある。
「これですか?」
私が差し出した書類を見て、美咲の顔がパッと明るくなった。
「これです!ありがとうございます」
彼女は電話を再開し、無事に問い合わせに対応することができた。電話を切ってから、深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。助かりました」
「いえいえ、たまたま持っていただけですから」
「でも、本当に...もしお時間があるときで構わないのですが、お礼をさせてください」
美咲の申し出に、私は少し戸惑った。お礼なんて必要ないのに、と思いながらも、彼女と過ごす時間が増えるのは嬉しかった。
「お礼なんて、そんな」
「お昼、ご一緒していただけませんか?今度は私がお誘いします」
彼女の言葉に、私の心臓が少し早く打った。昨日は偶然の成り行きだったが、今度は彼女から誘ってくれた。
「それでしたら、ぜひ」
昼休み、私たちは昨日と同じ一階のレストランに向かった。今日は天気が良いので、テラス席も開放されている。
「外で食べませんか?」
美咲の提案で、私たちはテラス席を選んだ。街路樹の緑が美しく、心地よい風が頬を撫でていく。
「いい天気ですね」
「本当に。こういう日は外で食べたくなりますね」
料理を待つ間、私たちは他愛もない話をした。天気のこと、仕事のこと、そして昨日話した本のこと。
「実は、佐藤さんが教えてくださったコーヒーショップ、行ってみたいんです」
美咲が少し恥ずかしそうに言った。
「本当ですか?今度、よろしければご案内します」
「いいんですか?」
「もちろんです。休日で構わなければ」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
彼女の笑顔を見ていると、胸の奥が温かくなる。こんな風に彼女と約束を交わせる日が来るなんて、少し前まで想像もしていなかった。
「そのコーヒーショップ、本も置いているんです。美咲さんが好きそうな小説もたくさんありますよ」
「本当ですか?それはますます楽しみです」
食事を終えて、オフィスに戻る途中、エレベーターの中で美咲が言った。
「今日も楽しいお昼でした。ありがとうございました」
「僕も楽しかったです。今度のコーヒーショップも楽しみにしていてください」
「はい。とても楽しみです」
午後の仕事中、私は時々週末のことを考えた。美咲と一緒にコーヒーショップに行く。それはもう、単なる同僚との付き合いを超えているのかもしれない。
でも、まだ確信は持てない。彼女にとって、私はどういう存在なのだろう。単なる親切な同僚なのか、それとも...
そんなことを考えていると、美咲の声が聞こえた。
「佐藤さん、これお返しします」
振り向くと、彼女が朝の契約書を差し出していた。受け取る時、また指先が触れた。もう三度目の偶然。でも今度は、偶然なのかどうか少し迷った。
彼女も、少しだけ指先を残していたような気がしたから。
「ありがとうございました」
美咲は少し頬を染めながら、自分の席に戻った。
夕方、定時になると、美咲は片付けを始めた。今日はいつもより丁寧に机を整理している。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。週末、楽しみにしています」
「私も」
そう言って、美咲は少し恥ずかしそうに笑った。その笑顔が、今日一番美しく見えた。
一人になったオフィスで、私はコーヒーカップを片付けながら考えた。朝の何気ないコーヒーから始まって、お昼の約束、そして週末の予定まで。一日でこんなに関係が進展するものなのだろうか。
でも悪い気はしない。むしろ、もっと彼女のことを知りたいと思う。彼女の好きなもの、嫌いなもの、休日の過ごし方、夢や目標。
指先が触れる距離にいながら、まだ知らないことばかり。でも少しずつ、その距離は縮まっている気がする。
コーヒーの香りが、まだかすかに残っている。明日もまた、彼女にコーヒーを淹れてあげよう。そんなささやかな楽しみを胸に、私は今日の仕事を終えた。
窓の外では、夕日が美しく街を染めている。きっと明日も良い天気だろう。そして週末には、新しい時間が待っている。
水曜日の朝は、気持ちの良い晴れ空だった。
私はいつもより少し早めに出社し、コーヒーメーカーの前に立った。昨日のランチで美咲と話したことを思い出しながら、豆を挽く音に耳を澄ませる。彼女が好きな小説の話、その時の少し照れたような笑顔。
ふと思い立って、私は二人分のコーヒーを淹れることにした。
「おはようございます」
いつもの時間に美咲がやってきた。今日は薄いピンクのブラウスを着ている。よく似合っている。
「おはようございます。良い天気ですね」
私は用意していたコーヒーカップを彼女のデスクに置いた。美咲は驚いたような顔をした。
「あ、ありがとうございます。でも、お気遣いなく...」
「たまたま二人分淹れたので。嫌いでなければ」
「いえ、コーヒー大好きです。ありがとうございます」
美咲は嬉しそうにカップを両手で包んだ。その仕草がとても可愛らしくて、私は思わず見惚れてしまう。
「いい香りですね」
「豆にこだわっているコーヒーショップがあるんです。休日に時々買いに行くんですよ」
「へえ、どちらのお店ですか?」
美咲は興味深そうに聞いた。私は店の場所や特徴について説明する。彼女は熱心に聞いてくれて、時々「へえ」「そうなんですね」と相づちを打ってくれる。
こんな何気ない会話が、今はとても特別に感じられた。
午前中、私たちはそれぞれの仕事に集中していた。時々、美咲がコーヒーを飲む小さな音が聞こえる。その度に、なんとなく嬉しい気持ちになる。
十時頃、美咲の電話が鳴った。取引先からの問い合わせのようで、彼女は丁寧に対応している。しかし、話が進むにつれて、困ったような表情を浮かべ始めた。
「申し訳ございません、確認いたします...はい、お待ちください」
美咲は電話を保留にして、慌てたように資料を探し始めた。書類の山を掻き分けて、必死に何かを探している。
「手伝いましょうか?」
私は小声で聞いた。
「契約書の控えが見つからなくて...」
「いつ頃のものですか?」
「先月の中旬頃の...」
私は自分のファイルを確認した。営業部とのやり取りで、コピーをもらっていたものがある。
「これですか?」
私が差し出した書類を見て、美咲の顔がパッと明るくなった。
「これです!ありがとうございます」
彼女は電話を再開し、無事に問い合わせに対応することができた。電話を切ってから、深々と頭を下げた。
「本当にありがとうございました。助かりました」
「いえいえ、たまたま持っていただけですから」
「でも、本当に...もしお時間があるときで構わないのですが、お礼をさせてください」
美咲の申し出に、私は少し戸惑った。お礼なんて必要ないのに、と思いながらも、彼女と過ごす時間が増えるのは嬉しかった。
「お礼なんて、そんな」
「お昼、ご一緒していただけませんか?今度は私がお誘いします」
彼女の言葉に、私の心臓が少し早く打った。昨日は偶然の成り行きだったが、今度は彼女から誘ってくれた。
「それでしたら、ぜひ」
昼休み、私たちは昨日と同じ一階のレストランに向かった。今日は天気が良いので、テラス席も開放されている。
「外で食べませんか?」
美咲の提案で、私たちはテラス席を選んだ。街路樹の緑が美しく、心地よい風が頬を撫でていく。
「いい天気ですね」
「本当に。こういう日は外で食べたくなりますね」
料理を待つ間、私たちは他愛もない話をした。天気のこと、仕事のこと、そして昨日話した本のこと。
「実は、佐藤さんが教えてくださったコーヒーショップ、行ってみたいんです」
美咲が少し恥ずかしそうに言った。
「本当ですか?今度、よろしければご案内します」
「いいんですか?」
「もちろんです。休日で構わなければ」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
彼女の笑顔を見ていると、胸の奥が温かくなる。こんな風に彼女と約束を交わせる日が来るなんて、少し前まで想像もしていなかった。
「そのコーヒーショップ、本も置いているんです。美咲さんが好きそうな小説もたくさんありますよ」
「本当ですか?それはますます楽しみです」
食事を終えて、オフィスに戻る途中、エレベーターの中で美咲が言った。
「今日も楽しいお昼でした。ありがとうございました」
「僕も楽しかったです。今度のコーヒーショップも楽しみにしていてください」
「はい。とても楽しみです」
午後の仕事中、私は時々週末のことを考えた。美咲と一緒にコーヒーショップに行く。それはもう、単なる同僚との付き合いを超えているのかもしれない。
でも、まだ確信は持てない。彼女にとって、私はどういう存在なのだろう。単なる親切な同僚なのか、それとも...
そんなことを考えていると、美咲の声が聞こえた。
「佐藤さん、これお返しします」
振り向くと、彼女が朝の契約書を差し出していた。受け取る時、また指先が触れた。もう三度目の偶然。でも今度は、偶然なのかどうか少し迷った。
彼女も、少しだけ指先を残していたような気がしたから。
「ありがとうございました」
美咲は少し頬を染めながら、自分の席に戻った。
夕方、定時になると、美咲は片付けを始めた。今日はいつもより丁寧に机を整理している。
「お疲れさまでした」
「お疲れさまでした。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。週末、楽しみにしています」
「私も」
そう言って、美咲は少し恥ずかしそうに笑った。その笑顔が、今日一番美しく見えた。
一人になったオフィスで、私はコーヒーカップを片付けながら考えた。朝の何気ないコーヒーから始まって、お昼の約束、そして週末の予定まで。一日でこんなに関係が進展するものなのだろうか。
でも悪い気はしない。むしろ、もっと彼女のことを知りたいと思う。彼女の好きなもの、嫌いなもの、休日の過ごし方、夢や目標。
指先が触れる距離にいながら、まだ知らないことばかり。でも少しずつ、その距離は縮まっている気がする。
コーヒーの香りが、まだかすかに残っている。明日もまた、彼女にコーヒーを淹れてあげよう。そんなささやかな楽しみを胸に、私は今日の仕事を終えた。
窓の外では、夕日が美しく街を染めている。きっと明日も良い天気だろう。そして週末には、新しい時間が待っている。
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