【完結】指先が触れる距離

山田森湖

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第34話 心の迷い

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第34話 心の迷い

ロンドンに来て四か月が経った。

プロジェクトは大成功を収めていたが、美咲との関係は少しずつ変化していた。連絡の頻度は減り、会話も短くなっていた。

一方で、エミリーとの時間は自然に増えていた。

「佐藤さん、今日のプレゼンテーション、素晴らしかったです」

会議後、エミリーが私の元にやってきた。

「ありがとうございます。エミリーさんのサポートがあったからです」

「今夜、お疲れさま会をしませんか?素敵なパブを知っているんです」

私は少し迷った。最近、エミリーとの時間が多くなっていることを、美咲に申し訳なく思っていた。

「どうでしょう...」

「他のチームメンバーも誘いますから」

「それなら」

でも実際は、他のメンバーは都合が悪く、結局エミリーと二人だけになってしまった。

---

パブでの会話は弾んだ。

「佐藤さんは、日本に帰ってからどうされるんですか?」

エミリーが聞いた。

「婚約者と結婚する予定です」

私は美咲のことを話した。エミリーは少し複雑な表情を見せた。

「その方は、とても幸せですね」

「そうでしょうか」

「佐藤さんのような方と結婚できるなんて」

エミリーの言葉に、私は戸惑った。何か特別な意味が込められているような気がした。

「エミリーさん...」

「すみません。余計なことを言いました」

エミリーは少し恥ずかしそうに微笑んだ。

その夜、私は美咲に電話をかけようとしたが、時間を計算すると彼女はまだ仕事中だった。

---

翌日、美咲から珍しく昼間にメッセージが来た。

『佐藤さん、お疲れさまです。最近お忙しそうで心配しています』

『すみません。プロジェクトが大詰めで』

『体調は大丈夫ですか?』

『大丈夫です。美咲さんはいかがですか?』

『私も忙しいですが、元気です』

短いやり取りの後、既読がつくことはなかった。お互いに忙しくて、深い会話ができない状況が続いていた。

---

その週末、エミリーから誘いを受けた。

「佐藤さん、コッツウォルズに行きませんか?イギリスの美しい田園地帯です」

「コッツウォルズ?」

「はい。とても美しいところなんです。日帰りできますし」

私は迷った。美しい場所を見ることは好きだったし、エミリーとの会話も楽しかった。でも、これは明らかにデートのようなものだった。

「エミリーさん、僕は婚約者が...」

「分かっています。ただの友人としてです」

エミリーの言葉に、私は最終的に頷いた。

コッツウォルズは本当に美しかった。石造りの家々、緑豊かな丘陵、まるで絵本の世界のようだった。

「きれいですね」

「でしょう?私の故郷を思い出します」

エミリーの横顔を見ていると、彼女の美しさに改めて気づいた。

「エミリーさんの故郷はどちらですか?」

「フランスの南部です。同じように美しい田園地帯があります」

私たちは小さなカフェで休憩した。

「佐藤さん、正直に言います」

エミリーが突然、真剣な表情になった。

「はい」

「私、あなたに特別な感情を抱いています」

その告白に、私は驚いた。

「エミリーさん...」

「分かっています。あなたには婚約者がいる。でも、気持ちは抑えられません」

私は答えに困った。エミリーは美しく、聡明で、一緒にいて楽しい女性だった。

「私、どうすればいいでしょう」

「エミリーさん...」

「あなたも、少しは私に特別な感情を抱いていませんか?」

その質問に、私は正直に答えることができなかった。確かに、エミリーに対して何らかの感情を抱いていることは否定できなかった。

---

その夜、ホテルの部屋で一人になった時、私は深く悩んだ。

美咲への愛情は変わらない。でも、エミリーと過ごす時間も楽しい。この状況をどう整理すればいいのか分からなかった。

美咲に電話をかけようと思ったが、今の混乱した気持ちで話すのは適切ではないと思った。

窓の外に広がるロンドンの夜景を見ながら、私は自分自身と向き合った。

美咲と離れて四か月。物理的な距離だけでなく、心の距離も生まれてしまったのかもしれない。

でも、それは美咲への愛が薄れたということなのだろうか。それとも、単に寂しさが別の感情を生み出しているだけなのだろうか。

指先が触れる距離から始まった私たちの関係は、今では心の距離すら測れない複雑な状況になっていた。

美咲からもらったお守りを手に取りながら、私は答えを探し続けた。

あと二か月。この迷いを整理し、正しい選択をしなければならない。

美咲のために、そして自分自身のために。
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