2 / 5
第2話「仮面の笑顔たち」
しおりを挟む
第2話「仮面の笑顔たち」
「初めまして。よろしくお願いします」
「……どうも、初参加です」
会場のあちこちで、名刺交換のようなやりとりが交わされていた。
お互いに探り探りで、でもどこか少し、笑顔が浮かぶ。
年齢を重ねれば、誰しもそれなりの過去を持つ。
傷もある。手放したものもある。
けれど、そのすべてを隠して、笑って過ごすこともまた、人生の一部なのだろう。
圭介は、ワインを一口飲みながら、周囲の様子を静かに眺めていた。
佳奈美と会話を交わしたあと、不思議と緊張がほどけていた。
彼女の話し方は柔らかく、どこか包み込むような空気がある。
無理に近づこうとはしない。それが逆に心地よかった。
「……ひとりでいると、やっぱり人恋しくなるわね」
近くのテーブルにいた女性がふと漏らした声が、圭介の耳に届いた。
その女性は、鮮やかなスカーフを首に巻き、朗らかに笑っていたが——
目の奥には、どこか影があった。
名前は杉浦律子(すぎうら りつこ)。
60歳を越えているとは思えないほど姿勢が美しい。
元教師で、退職後にこうしたイベントに参加し始めたという。
「若いときはね、恋なんてもう十分って思ってたの。でも今は、誰かとごはんを食べたいだけなのよ。特別な関係じゃなくてもいい、会話がある日常がほしいのよ」
律子は、そう言って笑った。
その近くでは、控えめな雰囲気の男性が小さな声で自己紹介をしていた。
松下洋一(まつした よういち)。
52歳。早期退職したばかり。
話すのが得意ではないようで、グラスを持つ手もどこかぎこちない。
「……今日は、来るのをやめようかと何度も思ったんですけどね」
と、洋一は圭介にぽつりと話しかけた。
「でも、来てよかったかもしれないです。誰かと目を合わせて、話すだけでも違いますね」
圭介はうなずいた。
似たような気持ちを抱えていたから、わかる気がした。
イベントが始まって一時間ほど。
それぞれが会話に少しずつ慣れ、空気がほどけてきたころ——
佳奈美が再び圭介のそばに来た。
「……あ、さっきはどうも。圭介さん、どんなお仕事されてたんですか?」
「建設関係の営業をしてました。30年以上ですね。先月で定年でした」
「お疲れさまでした。それだけ長く続けられるって、すごいことですよ」
「いえ、家族のために働いてたようなもんです。今はもう……娘も遠くに嫁いで、ひとり暮らしですけど」
「私も、同じような感じです」
佳奈美は、カップを両手で包み込みながら言った。
「二十代で結婚して、三十代で離婚。娘が一人います。しっかり者で、母親の私より大人みたい。先月、『お母さん、もう自分の時間を大事にして』って言われて……。なんだか拍子抜けして、ここに来たんです」
そこには照れくささと、少しの寂しさが混ざっていた。
「そういうの、いいですね」
と、圭介はふと口にした。
「ん?」
佳奈美が首をかしげる。
「……そうやって、誰かが『行っておいで』って背中を押してくれるの、羨ましいなって。俺は誰にも言われなかったから、自分で決めるしかなくて。…怖かったです」
佳奈美は、一瞬黙って、優しく笑った。
「でも、来てよかったじゃないですか。こうして、お話できたんですから」
その言葉に、圭介の胸の中に、小さな温もりがともった。
会場の照明が少し落とされ、音楽が流れ出す。
次のプログラムは「ペアで行う簡単なゲーム」と司会が案内する。
まるで若者向けの合コンのように思えて、少し戸惑いもあるが——
どこか、胸の奥が高鳴るのを、圭介は感じていた。
「組みませんか?」
そう声をかけてきたのは、佳奈美だった。
彼女の手元にあるカップには、まだ少しだけ紅茶が残っていた。
「初めまして。よろしくお願いします」
「……どうも、初参加です」
会場のあちこちで、名刺交換のようなやりとりが交わされていた。
お互いに探り探りで、でもどこか少し、笑顔が浮かぶ。
年齢を重ねれば、誰しもそれなりの過去を持つ。
傷もある。手放したものもある。
けれど、そのすべてを隠して、笑って過ごすこともまた、人生の一部なのだろう。
圭介は、ワインを一口飲みながら、周囲の様子を静かに眺めていた。
佳奈美と会話を交わしたあと、不思議と緊張がほどけていた。
彼女の話し方は柔らかく、どこか包み込むような空気がある。
無理に近づこうとはしない。それが逆に心地よかった。
「……ひとりでいると、やっぱり人恋しくなるわね」
近くのテーブルにいた女性がふと漏らした声が、圭介の耳に届いた。
その女性は、鮮やかなスカーフを首に巻き、朗らかに笑っていたが——
目の奥には、どこか影があった。
名前は杉浦律子(すぎうら りつこ)。
60歳を越えているとは思えないほど姿勢が美しい。
元教師で、退職後にこうしたイベントに参加し始めたという。
「若いときはね、恋なんてもう十分って思ってたの。でも今は、誰かとごはんを食べたいだけなのよ。特別な関係じゃなくてもいい、会話がある日常がほしいのよ」
律子は、そう言って笑った。
その近くでは、控えめな雰囲気の男性が小さな声で自己紹介をしていた。
松下洋一(まつした よういち)。
52歳。早期退職したばかり。
話すのが得意ではないようで、グラスを持つ手もどこかぎこちない。
「……今日は、来るのをやめようかと何度も思ったんですけどね」
と、洋一は圭介にぽつりと話しかけた。
「でも、来てよかったかもしれないです。誰かと目を合わせて、話すだけでも違いますね」
圭介はうなずいた。
似たような気持ちを抱えていたから、わかる気がした。
イベントが始まって一時間ほど。
それぞれが会話に少しずつ慣れ、空気がほどけてきたころ——
佳奈美が再び圭介のそばに来た。
「……あ、さっきはどうも。圭介さん、どんなお仕事されてたんですか?」
「建設関係の営業をしてました。30年以上ですね。先月で定年でした」
「お疲れさまでした。それだけ長く続けられるって、すごいことですよ」
「いえ、家族のために働いてたようなもんです。今はもう……娘も遠くに嫁いで、ひとり暮らしですけど」
「私も、同じような感じです」
佳奈美は、カップを両手で包み込みながら言った。
「二十代で結婚して、三十代で離婚。娘が一人います。しっかり者で、母親の私より大人みたい。先月、『お母さん、もう自分の時間を大事にして』って言われて……。なんだか拍子抜けして、ここに来たんです」
そこには照れくささと、少しの寂しさが混ざっていた。
「そういうの、いいですね」
と、圭介はふと口にした。
「ん?」
佳奈美が首をかしげる。
「……そうやって、誰かが『行っておいで』って背中を押してくれるの、羨ましいなって。俺は誰にも言われなかったから、自分で決めるしかなくて。…怖かったです」
佳奈美は、一瞬黙って、優しく笑った。
「でも、来てよかったじゃないですか。こうして、お話できたんですから」
その言葉に、圭介の胸の中に、小さな温もりがともった。
会場の照明が少し落とされ、音楽が流れ出す。
次のプログラムは「ペアで行う簡単なゲーム」と司会が案内する。
まるで若者向けの合コンのように思えて、少し戸惑いもあるが——
どこか、胸の奥が高鳴るのを、圭介は感じていた。
「組みませんか?」
そう声をかけてきたのは、佳奈美だった。
彼女の手元にあるカップには、まだ少しだけ紅茶が残っていた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる