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第8話「手紙を書くように」
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第8話「手紙を書くように」
律子は、会場のテーブルを拭きながら、小さく息をついた。
「この席、今日も話が弾んでたみたいですね」
隣で椅子を整えていた美咲が、穏やかに声をかける。
「ええ、やっぱり人って、話すことでほぐれていくんですね」
スタッフとして関わるのは、これで3回目。
まだぎこちない手つきではあるものの、律子の中には確かな変化があった。
「“誰かの時間”のために働くって、思ってたより悪くないなって思い始めました」
「ふふ、それは良かった」
美咲は微笑んで、軽く頷いた。
その夜、帰宅した律子は、ふと机の引き出しから便箋を取り出した。
少し黄ばんだ紙。
そこに、ペンを走らせながら、彼女は静かに言葉を紡いだ。
──親愛なる、さとこへ。
あなたが遠くに引っ越して、もう20年以上が経つのね。
あの頃の私は、恋に浮かれて、あなたの声に耳を傾けることができなかった。
「やめた方がいい」って言ってくれたのに、私は勝手に裏切られたと思い込んでしまった。
結果として、あの結婚はうまくいかなかった。
けれど、私が一番後悔しているのは、あなたとの友情を壊してしまったこと。
今になって、ようやくわかるの。
心を許せる誰かが、どれほど貴重だったかを。
この手紙を出すつもりはないの。
でも、書くことで、少しだけ気持ちを整理できる気がしたの。
最近、「シングルナイト」というイベントに関わっているの。
そこで出会う人たちは、みんな何かしらの痛みを抱えていて、それでももう一度、誰かと向き合おうとしている。
……私もそのひとり。
もしまたどこかで会えたら、もう一度、ちゃんと話がしたい。
ごめんなさい。そして、ありがとう。
律子
手紙を書き終えたあと、律子はふっと息を吐いた。
心の奥にたまっていた埃が、少しだけ風に飛ばされたような気がした。
翌週のイベントの日、律子はエプロンをつけて、いつものように会場に立っていた。
初参加の女性が、不安そうに入口に立っている。
律子は、自然な笑顔を作って声をかけた。
「こんばんは。いらっしゃいませ。お名前をうかがってもよろしいですか?」
「あ……はい、橘です。橘由美と申します」
「由美さん。お越しいただいてありがとうございます。緊張されてますか?」
「……はい、ちょっとだけ」
「最初はみなさんそうです。でも、ここでは誰もが“最初の一歩”を知っているんです。ゆっくり、楽しんでいきましょうね」
由美はおずおずと微笑み、うなずいた。
律子は思った。
——過去を赦すことも、未来を歩くことも、自分ひとりでは難しい。
でも、誰かの“初めて”に寄り添えるようになった自分は、少しだけ変われたのかもしれない。
心の中の手紙は、投函されないまま、静かに彼女の背中を押していた。
律子は、会場のテーブルを拭きながら、小さく息をついた。
「この席、今日も話が弾んでたみたいですね」
隣で椅子を整えていた美咲が、穏やかに声をかける。
「ええ、やっぱり人って、話すことでほぐれていくんですね」
スタッフとして関わるのは、これで3回目。
まだぎこちない手つきではあるものの、律子の中には確かな変化があった。
「“誰かの時間”のために働くって、思ってたより悪くないなって思い始めました」
「ふふ、それは良かった」
美咲は微笑んで、軽く頷いた。
その夜、帰宅した律子は、ふと机の引き出しから便箋を取り出した。
少し黄ばんだ紙。
そこに、ペンを走らせながら、彼女は静かに言葉を紡いだ。
──親愛なる、さとこへ。
あなたが遠くに引っ越して、もう20年以上が経つのね。
あの頃の私は、恋に浮かれて、あなたの声に耳を傾けることができなかった。
「やめた方がいい」って言ってくれたのに、私は勝手に裏切られたと思い込んでしまった。
結果として、あの結婚はうまくいかなかった。
けれど、私が一番後悔しているのは、あなたとの友情を壊してしまったこと。
今になって、ようやくわかるの。
心を許せる誰かが、どれほど貴重だったかを。
この手紙を出すつもりはないの。
でも、書くことで、少しだけ気持ちを整理できる気がしたの。
最近、「シングルナイト」というイベントに関わっているの。
そこで出会う人たちは、みんな何かしらの痛みを抱えていて、それでももう一度、誰かと向き合おうとしている。
……私もそのひとり。
もしまたどこかで会えたら、もう一度、ちゃんと話がしたい。
ごめんなさい。そして、ありがとう。
律子
手紙を書き終えたあと、律子はふっと息を吐いた。
心の奥にたまっていた埃が、少しだけ風に飛ばされたような気がした。
翌週のイベントの日、律子はエプロンをつけて、いつものように会場に立っていた。
初参加の女性が、不安そうに入口に立っている。
律子は、自然な笑顔を作って声をかけた。
「こんばんは。いらっしゃいませ。お名前をうかがってもよろしいですか?」
「あ……はい、橘です。橘由美と申します」
「由美さん。お越しいただいてありがとうございます。緊張されてますか?」
「……はい、ちょっとだけ」
「最初はみなさんそうです。でも、ここでは誰もが“最初の一歩”を知っているんです。ゆっくり、楽しんでいきましょうね」
由美はおずおずと微笑み、うなずいた。
律子は思った。
——過去を赦すことも、未来を歩くことも、自分ひとりでは難しい。
でも、誰かの“初めて”に寄り添えるようになった自分は、少しだけ変われたのかもしれない。
心の中の手紙は、投函されないまま、静かに彼女の背中を押していた。
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