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16、身内は騙せない

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「リサってリシュニアって言うんだねー。それでリサか。納得」

「そうだね、ぽいっちゃぽい名前だったね」

隊長が慌てて名前を連呼するものだから、ネネとナオリに名前を覚えられたらしい。けれど、反応が思っていたよりも薄い。

「あの、二人とも何だか落ち着いてない?  」

ネネとナオリはお互いに視線を交わすと、それぞれ申し訳無さそうに苦笑した。

「だって、リサ。一年前に来た時、今の閣下みたいだったもん。いや、閣下がどうとかでは無いよ?  でも、ねぇ?  」

「そうそう、言葉は丁寧だし、食事の仕方も綺麗。なのに服は農民、みたいな。違和感の塊だったね」

「農民……」

「魔力も強いもんね」

「元から薬の知識ありまくってたし」

そんなに変だっただろうか?  私としては溶け込めていたと思っていたのに。

「でも、フェリクス様よりはマシだったでしょ?  」

「おい」

フェリクス様に睨まれたけれど、この人と一緒なのは納得し難い。しかし、ネネとナオリがそれに答える事は無かった。解せない。


薬草も採取出来たので、私達は砦に戻る事になった。フェリクス様と私の警備にこの人数では不安がある、と隊長に真面目な顔で言われてしまったのだ。どうせ今まで一薬師として扱ってきたのだから、対応を変えないで欲しいと言っても、『それはそれ、これはこれ』と聞かない。

挙句、兄に伺いを立てるとも言われ、本当に勘弁して欲しい。絶対怒られる。

フェリクス様に『俺も同席するから、泣きそうになるのはやめろ』と言われたけれど、怖いのと面倒なのと諸々で、私の気分はだだ下がりだ。


隊長の気迫で帰りの行程は誰も押し黙ったままだったが、後もう少しで砦に着くと言う時、後ろの治癒術師が口を開いた。

「……ああ、思い出した。リシュニアって、マーブルクのリシュニア辺境伯令嬢の事だわ。病に伏せっているって噂だったけれど。……あ、違ったわね。婚約破談されて心労で倒れた……だったかしら?  」

そこで思い出した。私に囁かれる噂を。

フェリクス様と関わってから、怒涛の毎日でそんな事も忘れていた。私が大人しく生活していた理由の半分くらいが、この噂が煩わしいからだったというのに、何故こんな大事な事を忘れていられたのか。ちょっとフェリクス様に文句を言いたい。

「え……お嬢様だとは思っていたけど、リサ、辺境伯様の娘なの?  」

「ネネ、流石にそこは知っておこうよ。第八騎士団とマーブルク家は切っても切れない間柄だよ?  」

『はぇー』なんて何とも毒気を抜かれるネネとナオリの会話に、話を持って行かれた治癒術師は眉を吊り上げた。

「大方、もう誰も相手にしてくれなくて、新しくお相手を探しにコネで砦に入って来たのでしょうけど、まさか閣下に擦り寄るなんて身の程知らずも良いところね」

砦に入ったのはコネではなく実力だ。推薦状は偽造だけども。流石にそのままマーブルクの名前では推薦を出して貰うのは辞めたから。でもその推薦状がコネで作られたのだからコネといえばコネなのだろうか。
が、もう言われっぱなしで流す事はしない。


「先程から聞いていれば言いたい放題。誰が倒れただ。誰が男漁りに来ただ。治癒術師の癖に無駄に肌を出している貴女に言われたくない」

「ぶっ」

私が啖呵を切ると魔導師が思い切り吹いたけれど、貴女も同等だからね?  ローブを閉じずに胸元強調の服とか……何してるの?  森を舐めてない?  

私がいらいらしていると、フェリクス様が笑い出した。次何を言ってやろうかと思っていたのに、何だか出鼻を挫かれてしまった。

「リシュニア嬢は私が希望して無理に助手にしたのだ。彼女の魔力は質が良いので、研究にとても役立ちそうだからな。ついでに言えば、汝等うぬらの格好、魔物が闊歩するこの地に相応しくない。何を考えている。死にたいのか。まあ、死のうが何だろうが好きすれば良いが」

その言葉に魔導師と治癒術師だけでなく、皆が絶句する。フェリクス様は気にも止めず、にっこりとして、

「私が選んだ人選に文句があるのなら私に言え。気分が悪い」

と言い放った。

私まで迫力に押されたが、とてもすっきりしたので、私はフェリクス様に最上級の礼をして返した。

彼はそれを受けて満足そうに頷くと、『足を止めさせ申し訳無い』と謝ってみせ、砦に向かうよう、一同を促した。自然と魔導師と治癒術師は後方へ移動して、解散の時にはそそくさと居なくなってくれた。

これ一度きりで懲りるとは私もまったく思っていないが、日頃の鬱憤が少しだけ晴れた気がした。

これだったら、もっと堂々と生活してやれば良かった……なんて、結果論だろうか。


「では、リシュニア嬢。団長の元へお願いします」

「……はい」

そう言えば、最終難関が待ち受けていたのだった。



隊長に連れられて団長の執務室へ入ると、私を見て兄は少し驚いた様だった。

「団長、リシュニア嬢が薬師として砦で勤めるのを許可されたのですか?  私達には何の報せもありませんでしたが」

そんな事を言われても、兄は知らなかったのだから答えられないだろう。これは魔道具の事を言った方が良いのだろうか?  更に怒られそうだけど。

「……知られてしまったのなら仕方ない。妹は自立したがっていたからな。得意な薬学を学びに来たのだ。採用に関しては不正などしていないぞ?  何が問題だ」

「知らずに放置するのと知っていて見守るのでは大きく違います。ましてや、リシュニア嬢はよく森へ抜け出すのですから……」

それはすみません。

「そこはその都度叱っているのだがな。どうも家の兵団を抜けても活発過ぎてな。苦労をかけるとは思うが、これまで通り特別扱いはしないで良い。名前もリサで良いし、私もそのつもりで接して来た。あまり騎士団内で騒いでくれるなよ?  もう下がって良いぞ」

「は。承知致しました」

隊長が礼をして部屋を出ると、兄は私をじっと見つめる。

「久々にその雰囲気のリシュを見たな。そっちの方が良い」

「えぇっと、兄様気付いて……」

「雰囲気を変えても家族にはバレバレだ。親父には黙っていたのだが、どうせグルなんだろう?  何でもない様に接するのは骨が折れた」

「申し訳ありません」
 
「初めて砦に来た時、農民の格好をしていたから違和感が酷くてな。言いたくて言いたくて仕方なかった」

「農民……」

「いや、農民がどうとかでは無くてだな。もっとこう、商人ぐらいの格好で良かっただろう」

「えーと、今ではそう思います」

その言葉に、横のフェリクス様が小さく吹き出していた。


どうせ私の庶民感覚は破綻してますよ!


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