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第二章 クリスタ編

85.第二希望は冒険ファンタジー?

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レイがアスランと共に前世の世界の物と、それを所持していたと思われる転移者に関する手掛かりを探す旅に出てから五日目の夜を迎えていた。

王都を出てから今日までは、馬車でまる一日かけて次の街へと移動し、その夜はあらかじめ手配されていた宿に宿泊。翌日は一日がかりで観光を装いながら手掛かりの捜索を行い、もう一泊同じ宿に宿泊した後、翌朝次の街へと移動するという行程を繰り返している。

レイは年齢の事や、今は女性に扮しているということもあり昼間の捜索しかできないでいるが、アスランは夜も単独で手掛かりの捜索を行っており、色んなところから来た人間が集まりやすい繁華街で情報収集を行った後、各地に点在しているリディアーナの諜報部員と会い、朝レイが目覚める頃に部屋に戻って来るという生活を送っていた。

そんな昼夜を問わない懸命な捜索の甲斐もなく、今のところ転移者やその人物が持ち込んだと思われる物に関する手掛かりは掴めていない。


今日到着した街は、王都を出てから三ヶ所目の宿泊場所となる“マゼラ”という街だった。

この街はクリスタとの国境付近にある街で、王都でスマートフォンを所持していた商人がそれを手に入れた街であり、その商人が持っていたスマートフォンを持ち逃げした娼館の下男が捕えられた街でもある。


今回もこれまでと同じく二泊する予定になっている宿に日が傾きかけた頃に到着したレイ達は、そういう事情もあったために時間を惜しむように街に出掛けたのだが、日暮れまでという短時間だったということもあり、目ぼしい成果が得られないままに一旦宿泊する部屋に戻って来ることになってしまった。


レイは今、茶色のロングヘアのウィッグに水色のワンピースというレイラの格好のまま、独りきりで部屋にいた。
瞳の色を誤魔化す目的で掛けている眼鏡は、誰もいない部屋では必要ないために、今は外している。


無事にレイを送り届けたアスランはひとり分の夕食の手配を済ませると、今日も情報収集のために夜の繁華街へと出掛けてしまったのだ。

これは必要な事なのだということはわかっているが、レイがその事をどう感じるかはまた別の問題だ。


それもそのはずで、捜索や情報収集に協力してくれてる諜報部員のほとんどが王都いちの美女との誉れ高い高級娼館の娼婦をしているスカーレット直属の部下の女性達なのだ。

娼婦として諜報活動を行っている彼女達と誰からも怪しまれずに会う為には、アスランが客を装って娼館に通い、二人きりで話すような時間を持つしかない。

任務のためとはいえ、毎晩のように娼館通いをしては朝帰りを繰り返しているアスランに、レイはさすがに心中穏やかではいられなかった。


レイは部屋に備え付けられているソファーに座り、ひとつため息を吐く。


(そりゃ任務で来てるのはわかってるけどさ、一応新婚設定になってるんだから、朝まで娼館に行ったままでいることはないんじゃない!?)


王都を発つ際、馬車の中でアスランが言ってくれた“不謹慎だけど一緒にいれることが嬉しい”という言葉が幻だったのかと思うほど、これまでの道中アスランとの間に色っぽい雰囲気は微塵も生まれなかった。

寸暇を惜しんで任務にあたってくれるのはありがたいが、ここまでされるとさすがに避けられているのではないかと勘繰りたくなる。


(避けられる心当たりがあると云えばあるんだけださ……。)


王都を出発した日、ファランベルクの王太子であるジークヴァルトがレイの兄のランドルフを伴って、こっそり見送りに来たということがあったのだ。

その際に受け取った誕生日プレゼントの箱はなんとなく気が引けてしまい、まだ包装されているリボンすら解かずに鞄にしまったままになっている。

ジークヴァルトの件に関してはこのまま曖昧にしておける問題ではないことは重々承知している。かといって目下の問題が片付かないうちはそこまで気が回せない。

言い訳じみたことだというのはわかっているのだが、今のレイには色々と余裕がないのも事実なのだ。


──思い返してみればあの後から微妙にアスランの態度がよそよそしくなった気がしないでもない。


おそらくはっきりした結論を出そうとしないレイの曖昧な態度がアスランに避けられる一因になっているのではないかと推測しているのだが、なかなか二人きりの時間も取れない状態ではこういったデリケートな問題は口にする機会もなく、アスランの真意もわからないままだ。

昼間は二人で行動しているものの、それはあくまでもレイラとしてであり、レイとしてアスランに接する時間は全くといっていいほど持てていない。


レイラに寄り添うアスランは誰が見ても優しくて非の打ち所のない夫に見えるのだろうが、実際のレイとアスランに戻ると微妙な距離を取られている状態であることは否定できない。


(仲睦まじい新婚夫婦っていうのが設定だってことはわかってるけどさ、だからって素に戻ってから素っ気なくすることないと思うんだよね。──これじゃまるで仮面夫婦だ……。)


誰かの目がある時は仲睦まじい姿を装うが、二人きりでいるときは親密さの欠片もなく、夜も寝室を共にしないどころか部屋にすら戻って来ないのでは、いくら箱入りで世間知らずだといわれているレイでもさすがにおかしいということがわかる。


レイは苦々しい気分で新婚夫婦を迎えるための気遣いがされた部屋を眺めた。

宿のほうには新婚旅行だということが事前に知らされていたらしく、広い部屋の至るところに可愛らしい花が飾られ、奥の部屋にある天蓋付きのベッドには、ロマンチックな演出のつもりか、薄いピンクの花びらが散りばめられている。

新婚夫婦に気を遣ってか、どこに行っても宿の従業員が必要以上に近寄ってこないお陰で、レイが一人寝していることはどうにか知られずに済んでいるが、これがバレたら夫に見向きもされない新妻という不名誉な噂がたつことは間違いない。

レイは二人だけの甘い時間を過ごすための演出をしてくれる宿側の気遣いを目にする度に、一抹の寂しさを覚えずにはいられなかった。

以前のレイのままだったら一人でいられる時間を喜んだのだろうが、記憶が戻ってそれまで距離を取っていた他人と関わるようになり、誰かと過ごすことの喜びを知った今は、ひとりでいることが無性に寂しい時もあるのだ。


レイはふと我に返り、自分が随分とセンチメンタルな人間になってしまったものだと自嘲した。


(自分で思ってる以上に色んなことがプレッシャーになってるのかもな……。)


転移者の捜索という任務がファランベルクという国の命運が掛かっているかもしれない重責だということに加え、アスランに避けられるかもしれないいう事実が、思った以上にレイの心を弱くさせているらしい。


レイは苦笑いしながら、勝手に沈みがちになってしまう意識を無理矢理切り替えることに決めた。
こういう時は前世の腐女子時代に培った妄想をフル活用して、気分を上げるに限る。


(王様の依頼で旅に出て、その先で聞き込みをしたり、探し物をしたりなんて、ちょっと冒険ファンタジーっぽいよね。──てことは僕が勇者か……?だとすると、アスランは賢者?といってもゲーム自体に詳しくないから他の職業とかよく知らないんだけどさ……。知ってるゲームっていったら“アレ”だけだし。)


前世では諸々の事情により自由な趣味の時間が限られており、ゲームといったような時間が掛かるような遊びはほぼやったことがなかったため、レイはそういった知識に疎い。
しかし、爆発的人気で数多くの同人誌が発行された、ある冒険ファンタジーRPGだけは例外で、知っているどころか相当熱を上げていたことがあったのだ。

きっかけはそこに出てくる悪役キャラクターの見た目と設定にド嵌まりしたことだった。

かつて英雄と称えられながらも、ある理由から悪落ちしてしまい、ついには主人公にとって最大の敵として立ちはだかるという影のある超絶イケメンに萌えまくった。

元ネタを知らないと設定がわからずに同人誌を読んでも楽しめないことから、腐女子の勉強会の際に友人のプレイを見せてもらったり、公式ガイドブックや攻略本で猛勉強し、友人が仕入れてくる薄い本を片っ端から読み漁ったのは良い思い出だ。


前世で蓄積された腐の記憶を掘り起こす度に、レイの沈みかけていた気分は徐々に高揚していく。


(ああ!もう一度読みたい!!もしあっちの世界の物がこっちに持ち込める手段があるんだったら絶対同人誌が欲しい!!そのためにも必ず転移者の手掛かりを探さないと!!!)


不純な動機が加わったことにより、今回の転移者探しに一層やる気がでたレイは、先程までとは打って変わって晴れやかな表情になっていた。


(やっぱり気分が沈んだ時はこれだよね~!)


レイはウキウキしながら前世の二次元の世界に思いを馳せ始めた。




ところが妄想を始めてすぐ、突然その思考を中断せざるを得ない状況が訪れる。


「奥様。少しよろしいでしょうか?」


ノックと共に扉の向こうから聞こえてきた声は、今回の旅での移動手段として利用している馬車の御者を引き受けてくれたクロフォード侯爵家の使用人のジョセフだった。

ジョセフはクロフォード侯爵家の馬の管理をしてくれている馬丁頭の息子で、本人も父の後を継ぐためにクロフォード侯爵邸で馬丁として働いている。

この旅に同行するにあたり、ジョセフはレイラ・カインズという女性がクロフォード侯爵家の子息であることも、そういった姿になっている事情もクロフォード侯爵家の筆頭執事であるエミリオから大まかな事情を聞いたのだそうだ。

これまでジョセフとの接点は全くといっていいほどになかったレイだが、その説明を聞いただけでも彼は信用に足る人物だということがよくわかった。

クロフォード侯爵家に仕えている人間達は、必要な時はどんな役割でもこなせるよう普段から厳しい教育を受けているのだと聞かされていたが、実際にアスランが手掛かり捜索のため留守にしている間、レイの側仕えのような役割や護衛も引き受けてくれているジョセフは頼もしい存在となっている。


レイは腐女子の妄想で緩みきっていた表情を引き締めると、レイラの顔になり、意識して普段より高めの声を出しながら扉を開けた。


「どうしたの?」


目の前に現れた濃い茶色の髪に同じ色の瞳を持つ青年は、明らかに困惑した様子をみせていた。


「実は、奥様にお客様がお見えになっておりまして……。」


そう告げられたレイも、予想外の用件に戸惑わずにはいられない。


に、お客様なの?」

「はい。奥様・・に、です。」


レイではなく、レイ個人・・に用事があって訪ねてくる人物となるとその正体を知っている者の可能性が高い。

今のレイはあくまでもレイラ・カインズという架空の女性であり、その事実を知っているのはリディアーナを含めたごく少数の人物だけだ。

そしてその事情を知るリディアーナはレイ達よりも数日遅れて王都を出発しているはずなので、このマゼラの街で会うことは絶対にない。


(もしかしてクリスタ側にこちらの動きを気取られたか……? まさか夕方の調査でなにか正体がバレるような不自然な真似をしてしまっていたんだろうか……。)


不安に駆られ、自分の行動を振り返る。

ここはもうクリスタとの国境に近い。
不用意な行動は命取りだとわかっていたはずだ。


今回のリディアーナのクリスタ訪問は表向きは第二公子の結婚式への参加だが、その裏で秘密裏に第一公子との会談が予定されている。

ファランベルク側が探しているものに関して何かしらの情報を持っている可能性あるクリスタ側が、レイ達の正体に気付いて接触を図ってきた可能性も捨てきれない。


(でもアスランと第一公子は面識あるんだよね……。だったらわざわざ僕を訪ねてくるかな?)


レイは内心どういうことかと首を捻りながらも、相手に隙を見せないために、あくまでも冷静に対応することを心掛けることにした。


「どなたかしら?」

「それが、会えばわかるという一点張りでして……。」


レイの問い掛けに、ジョセフは申し訳なさそうな顔をしながら、自分の背後に視線をやった。


すると。


「やあ、レイラ。突然連絡もなく訪ねてきてすまない。」


親しげな口調で話しかけてきたのは、オレンジの髪に若草色の瞳を持つ青年だった。


「あなたは……!」


一度だけ顔を合わせた覚えのあるその人物を見て、レイは思わず驚きの声をあげた。

一方の青年は意味深な笑顔を見せている。


突然訪ねてきたこの人物は、レイの誕生日の前日にクロフォード侯爵邸を訪れたジークヴァルトが護衛として連れてきた近衛騎士だったのだ。


今の服装は近衛騎士の制服ではなく、貴族の旅装というわりとラフな格好であることから、表向きは個人としてここを訪れたのだろうということはわかったのだが、あえてこの時期に、この場所に来た理由がわからない。

しかもほぼ面識のないレイを訪ねてくることからして、完全にプライベートな旅行だとは考えにくいのだから尚更だ。


「──覚えていてくれて嬉しいよ。俺も偶然仕事でここに来ることになってね。レイラに会えればと思って訪ねてみたのだけど……。少し中で話をさせてもらってもいいだろうか?」


以前からの知り合いだと強調するためか、妙に親しげな口調で話しかけてくるこの近衛騎士の言葉からは、レイの予想どおり何かしらの任務でここを訪ねてきたらしいことが窺えた。


(もしかして殿下も一緒に来てたりとか……?)


目の前の人物がジークヴァルトの護衛だということを考えると、あり得ない話ではない。

レイは何気ない風を装って辺りを窺ってみたが、それらしき人影は見当たらないことを確認した。


「今日はおひとりですの?お連れの方は?」

「生憎と今回はひとりきりなんだ。次にここに来る時は仕事ではなく君たちみたいに新婚旅行で訪れることになるといいんだけどね。」

「──そうでしたの。しかし生憎と旦那様は今所用で出ておられまして、わたくしだけなのですが……。」


今はあくまでも女性ということを強調しつつ、さりげなく断りをいれたつもりだったのだが。


「君の大切な人に頼まれて、君の顔を見に来たんだ。君さえいれば問題ないよ。」


笑顔でそう言いきられてしまった。


更に近衛騎士は、チラリとジョセフに視線をやると、レイに目配せをしてきた。

二人きりで内密の話があるというということだろう。

そこまで言われてしまっては、彼がわざわざこんなところまで来るはめになった理由を聞かない訳にもいかない。


レイは仕方なくこの青年を部屋に招き入れることに決めた。


「どうぞ。お入り下さい。」

「……では遠慮なく。」


二人のやり取りを黙って見ていたジョセフは、明らかに戸惑いの表情を見せている。


(新婚設定なのに夫の留守に勝手に他の男を部屋に入れる行為は、まずいと思ってるんだろうな。確かに本当の夫婦だったら不貞が疑われることは間違いないんだけどさ。
ジョセフは僕が男だってこと知ってるんだから、それほど心配することでもないと思うんだけど……。もしかして命の危険のほうを心配してるのか?)


突然現れて名乗りもしないこの近衛騎士は確かに怪しいことこの上ない。

レイはこれ以上ジョセフに余計な心配をさせないために、大まかな事情を説明しておくことにした。


「この方はお兄様と同じ方にお仕えしているお兄様のご友人なの。わたくし達の事情を知ってわざわざ訪ねてきて下さったみたい。心配いらないから下がってちょうだい。」

「……かしこまりました。」


レイの説明にあまり納得していないのか、ジョセフの返事にはやや間があった。

敢えてそれに気付かない振りしたレイは、訪ねてきた近衛騎士を自室へと招き入れると、静かに扉を閉めたのだった。
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