【完結済】虐げられ身投げした子爵令嬢は、女嫌いの黒髪王子に庇護されて溺愛されました

北城らんまる

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13.かつての義妹と対峙します 後編【加筆版】

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 わたしがこんなに反抗してくるとは思っていなかったのだろう。
 イサペンドラは一瞬呆気にとられたような顔をして、そのあとすぐムキになったように叫んだ。

「酷い! 今まであんなに仲良くしてきたのに、大事な妹を無下にするなんて」
「仲良く? わたしをあんなに下に見ておきながら、仲良くなんてよく言えますね」

 イサペンドラの顔が引きつる。
 わたしが口を開いて、もう一度お帰りくださいと言おうと思ったその時、わたしの肩に大きな手が置かれ後ろに引き寄せられた。

「騒がしいと思ったら、何だ?」
「ヴェル様!」

 対応に時間がかかってしまい、ヴェル様が帰ってきてしまった。イサペンドラはヴェル様を見て、恍惚の表情を浮かべている。……確実に惚れている。嫌な予感がしてイサペンドラを止めようとしたけれど、その前にイサペンドラが話し始めてしまった。

「は、初めまして! 私はフェリスお義姉様の義理の妹の、イサペンドラと申します。殿下にお会いできて光栄ですわ!」
「君が……?」

 ヴェル様はとても不快そうに眉をひそめ、低い声を出した。明らかに「女嫌い」オーラが出ているというのに、気付いていないのか、イサペンドラはニコニコ笑って話を続ける。

「この度は姉を助けてくださり本当にありがとうございます。さしでがましくて恐縮ですが、今度お礼の茶会を開かせてくださいませ。もちろんフェリスお義姉様もご一緒に!」

 わたしは呆れて言葉も出なくなっていた。
 そもそもイサペンドラは、わたしのように幼少期から子爵令嬢としての教育を受けていない。父もイサペンドラに「可愛らしいありのままのイサペンドラ」を求めていたし、義母も実の娘を溺愛していた。例え場の勢いで茶会を開いたとしても、王族であるヴェル様を満足させられるだろうか。不敬を働いて信用を失うのが目に見えている。

「イサペンドラ嬢」
「お名前を呼んでくださるなんて嬉しい! はい、なんでしょうか? あ、もしかしてもう日取りを決めますか!? お待ちください、いま予定を確認しますね!!」
「ザヘラ夫人から話は聞いていないのか?」

 イサペンドラはきょとんとしている。
 ヴェル様は冷徹な声で続けた。

「オーロット家は家門をとり潰され、元子爵は牢獄に入っている」
「はい。それがどうしたというのでしょうか?」
「遣いが行ったはずだ。爵位の剥奪だけじゃなく、君たち親子は今後一切俺にもフェリスにも近付かないという誓約書を書かされたはずだ。君は成人していないだろうから、おそらくザヘラ夫人がサインしたと思うが」

 その話は、わたしも初めて知った。
 もしかして、わたしから二人を遠ざけるためやってくれた? ヴェル様を見上げると、柔らかく微笑まれる。胸がきゅんとして、嬉しかった。

「知ってます。でもおかしいと思ったんです。今までフェリスお義姉様とはだったのに、義父が犯罪を起こしたからってどうして私やお母様まで巻き添えをくらうんですか?」
「なに……?」
「あ、分かっちゃいました殿下。フェリスお義姉様に騙されてるんですわ!」

 合致がいったと言いたげに、イサペンドラは手を叩く。

「だってこんな小さくてお子ちゃまみたいなフェリスお義姉様が、殿下に助けられて匿われるなんてありえないですもの。滝壺に落ちたという話もきっと嘘ね。殿下の同情を買うために、わざと入ったのでしょう? それか演技かしら」
「いい加減にしなさい!」
「ま、お義姉様が意見を言うなんて!!」

 違うそうじゃない。
 どうしてこの子は、助け船を出していることに気付いてくれないのか。
 わたしが貶されるのはいい。慣れているし、この子はこういう性格だ。
 それよりも大変なのは、ヴェル様の機嫌がどんどん悪くなっていることだ。自分の立場が危うくなっているのに、イサペンドラは気付く様子がない。

 そのときだった。

「イサペンドラッ!!!」

 怒りの形相のまま、こちらに近付いてくる義母ザヘラの姿があった。

「お母様! ちょうどよかったわ! ねえ、お母様も言ってくださらない? フェリスお義姉様が意地悪をしてくるの。殿下とお近づきになりたいのに、全然中に入れてくれなくて──」
「いい加減におし!!」
 
 ザヘラはイサペンドラの後頭部を掴み、思い切り頭を下げさせた。
 わたしは驚いてしまった。
 てっきりイサペンドラと一緒に何か言ってくるつもりだと思っていたから。
 
 もしかしたら、状況が分かっていないのはイサペンドラだけで、ザヘラは事の重大さを理解しているのかもしれない。

「ヴェルトアーバイン殿下、ならびにアルバンジャン侯爵令嬢。うちの娘が大変な失礼をいたしました」

 わたしがアルバンジャン侯爵の養女になったことを、知っている。
 彼女は、わたしがただのフェリスではないことを承知なのだ。

 だからこうやって、頭をこすりつけている。

 ……なんだか、今までずっとこの人たちに怯えて生きてきたのが、本当にバカらしく思えてきた。こんなに姿勢を低く出来るのなら、わたしにももっと優しくしてほしかった。もう今さらだから、別に気にはしないのだけれど。

「大変申し訳ございません」
「ああ……そうだな。非常に不愉快だった。一つ尋ねたいのだが、娘をここに差し向けたのは夫人の指示か?」
「め、滅相もございません。全て娘の独断、娘はまだ成人しておりません! あとで良く言って聞かせますので、どうかご容赦を!」
「お母様、どうして私まで頭を下げる必要があるの!?」
「静かにおし!! 不敬罪で捕まりたいの?!」

 ヴェル様は冷徹な目で二人を見下ろしている。

「そうか、ならよかった。あやうく親子ともども誓約書違反として捕らえ、施設送りにするところだった。夫人も、これ以上実家で肩身の狭い思いをしたくないだろう? 分かったらさっさと消えてくれ。俺の前にもフェリスの前にも二度と姿を見せるな」

 ザヘラは頭を地面にこすりつけていた。
 頭を掴まれているイサペンドラは、早々に顔をあげ、わたしのことを苦々しく睨んでいる。

「なんで!? どうして?! 私はただ殿下とお近づきになりたいだけなのに!」
「お言葉ですが」

 わたしは一歩前に進み出た。

「ヴェル様はわたしの夫となるお方です。軽々しく近付こうとしないでください」
 
 イサペンドラの体を、ザヘラが引きずるように連れて帰る。
 イサペンドラはしばらくわたしのことを呆然と見つめていたけれど、しばらくして「なによ!!」と大きな声をあげた。ザヘラの制止を無視して、わたしたちのとこへずかずかと戻って来る。

「フェリスお義姉様のくせに! ちっぽけで何にもできない、部屋の隅で縮こまっているようなあんたが、どうして侯爵家の養女として迎えられて殿下に優しくされているのよ!? 私のほうが、……私の方がずっと可愛くて人気者なのに!!」

 言い返そうとしたわたしを腕で制止し、ヴェル様が前へと進み出た。

「フェリスは素晴らしい女性だ。他人を平然と傷つけたり、待遇の差で態度をコロコロ変えるような子じゃない。イサペンドラ嬢、君は最低の女だ。────俺が一番嫌いなタイプのな」

 何か魔法のような力が発動して、イサペンドラはヒッと声を上げて座り込んだ。
 何だろう? ヴェル様の力なのだろうけれど、わたしには分からなかった。
 ヴェル様は指を鳴らして、衛兵を呼ぶ。

「二人を連れて行け」
「冗談ですよね殿下、私はお義姉様の妹ですよ!!」
「大人しく帰れば見逃してやった。俺の配慮を自ら捨てたのは君だ」

 ヴェル様は、とんでもなく低くて怖い声を出していた。
 ザヘラも衛兵に取り押さえられている。

「どうして私もなのですか、殿下!!」
「娘は成人していないと言ったのは夫人だろう? 監督責任があるはずだ、娘の失態を一緒に償え」

 衛兵は二人をどこかへ連れて行ってしまう。
 なぜ急にイサペンドラが悲鳴をあげて地面に座り込んでしまったのか、二人はどこへ連れて行かれたのか、ヴェル様に聞いてみた。

「俺が目で威圧した。一種の硬直魔法で、騎士団でも相手を威嚇する目的で使われるものだ。ちょっと強めのものをかけたから、しばらく体が上手く動かないだろう。痛みも相当あると思う」

 そういう魔法だったんだ……。ヴェル様すごい……。

「イサペンドラが連れて行かれるのは更生施設だ。主に成人していない女性が、国の為に働きながら己の悪い部分を直す場所。かなり質素倹約で規律に厳しいところだ。夫人は労働に従事してもらいながら、娘を監督させる。施設で悪いことは出来ないと思うが、もし悪事をすれば今度は本当の犯罪者として牢屋に送られるだろうな」
「そんな場所があるのですね……」

 確かに、そういう場所なら二人の更生も期待できるかもしれない。

「それよりもフェリス」
「なんでしょうか?」
「先ほどの……そのなんだ、俺が夫になるという発言だが……」

 またしてもわたしの顔が赤くなる。
 場の勢いとはいえ、これだと契約結婚ではなく、わたし自身がヴェル様を夫にしたいと、本心から言っているように聞こえる。

 恥ずかしい……。

 ヴェル様はわたしを庇護する目的で契約を結んでくれたのに。

「過ぎた真似をしてしまいました。ごめんなさい」
「いや、いい。嬉しかったから」

 ヴェル様の顔を見上げる。
 ほんの少しだけ、頬が赤くなっているような気がした。
















 それから半年後、更生施設から一つの連絡が入った。
 イサペンドラと母親ザヘラが施設内の仲間と共謀して脱走を試みようとしたため、罪人として牢屋に送り込まれたとのこと。そして父と同じく罪人奴隷として、死ぬまで働き続ける運命になったという話だ。
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