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14.君は騙されている!【ゴルドハイツ視点】前編
しおりを挟む「おまえのせいで、リグシュリー家は甚大な被害を被った。ヴェルトアーバイン殿下に目をつけられたせいで、取引相手が三割も減った。三割だぞ! この数の大事さが、おまえは分かっているのか?」
「……っ。申し訳ありません、父さん」
僕は、静かに頭を下げた。
「これ以上商会の信頼を失う訳には行かない。殿下からの要望通り、フェリス嬢との婚約は私から正式に取り下げの旨を伝える。おまえは荷造りをし、早急に家から出ていけ。婚約者に暴力を振るった息子がいるなんて、リグシュリー商会の恥でしかない」
「分かりました。でも父さん、僕はどこに行けば……」
「アルブド・グドンへ行き、騎士団に入れ。その腐った性根を鍛え直すことが出来れば、使用人としてリグシュリー家で雇ってやってもいい」
「そんな。あそこは魔物の群生地帯ですよ!? そんなところで騎士になったら、一瞬で死んでしまう!!」
「これは殿下からの命令でもあるんだぞ! おまえは王族に目をつけられている自覚がないのか!?」
「…………っ分かり、ました」
再び頭を下げ、僕は父の部屋から飛び出す。
僕の父は商会の会長だ。
いつも白髪をオールバックにして固め、理路整然と話す父のことが、昔から嫌いだった。数多くいる兄妹のなかで一番の出来損ないである僕は、いつもこの人に睨まれていた。昔の僕は父の期待に懸命に応えようとしたが、運動でも学業でも何もかもダメだった。地元の悪い人間と絡んで夜遅くまで出歩き、酒を浴び、色んな女と朝まで遊び歩くことで父に反抗したこともある。
『商会の名前を捨てられないくせに、商会を嫌うのか。何もかもすべて与えられると思うなよゴルドハイツ。お前の優秀な兄や姉は才能に似合う努力をしている。おまえは努力をしているのか』
分かっていた。
僕は大した努力もせず、ただリグシュリーという椅子に座って、与えられて当然と言った顔で生きてきた。30歳を超えた今でもそうだ。分かっていながら、やっぱり変わることが出来ない。
今こうやって荷造りをするために家の廊下を歩いていると、色々な人間が僕を嘲笑ってくる。王族を怒らせ、父から勘当を言い渡されたからだ。僕は昔から使用人にも乱暴な態度を取っていたので、因果応報といえば因果応報であるのだが──
誰も僕を心配しようとしない。
やっぱり僕はこの家が嫌いだ。
こいつらを見ていると、どれだけフェリスが優しくて可愛らしく、僕好みの女の子であったのか分かる。ふんわりとした栗色の髪にあどけない顔立ち。いつも僕の一歩後ろをついてきてくれる。うるさい小言も言わない、ただニコニコ笑ってくれる可愛い可愛い僕のフェリス。
ヴェルトアーバイン殿下は、僕がフェリスに暴力を振るう最低な男だと認識している。
でも違う。アレは僕なりの愛情表現だ。フェリスが間違った方向に進まないように、僕は正しい方向に導いているんだ。フェリスには僕さえいればいいんだから。
「あ…………そうか」
部屋で荷造りをしている最中、僕はふと思った。
「フェリス、君はきっとあの男に騙されているんだ。君が僕を見捨てるはずないよね」
フェリス。
今行くからね。
◇
僕はフェリスに会うために、ヴェルトアーバイン殿下の王城に向かった。ただ、中に入ることは出来ない。どうやってフェリスを連れ戻そうかと考えていたとき、たまたまフェリスが馬車で王城から出てくるところを見かけた。どうやら町に出かけるようで、僕はこっそり後をつけた。
アンティークショップに入ったフェリスは、前に見た時よりも遥かに綺麗で可愛らしくなっていた。きっとあの男に匿われた後でも、秘かに僕の事を想っていてくれたんだね。だからこんなに綺麗になってくれたんだね。嬉しいよ。
僕はすぐにフェリスに話しかけた。
フェリスは僕を見て一瞬硬直したけれど、すぐに真顔になった。
「場所を移動してもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ」
僕とフェリスは店の裏路地に入った。僕のことを警戒しているのか、フェリスは馬車の御者と護衛の二人を傍においていた。しかも両方とも男。なんで男と一緒にいるんだ? 喋っちゃいけないって前に約束したのに。
ああそうか。フェリスはきっと洗脳されているんだ。あの王子は僕とフェリスの仲を羨んで、フェリスを自分のものにしようとしているんだ。
僕は怒りを抑えながらニコリと笑った。
「久しぶりだね。聞いたよ、滝壺に身を投げて死のうとしたんでしょ? ダメじゃないか、フェリスは私の婚約者なんだから」
「…………」
「もう体は平気なんだよね? だったら、もうあの男の傍から離れて私のもとに戻ってもいいはずだろう?」
「もう、あなたは婚約者じゃないはずです。先日、リグシュリー家から婚約解消の報せが届きました。しかもゴルドハイツ様は接触禁止令が出されているはずです」
あ……れ?
フェリスが僕に意見してくる?
反抗するような目だ。
やっぱりおかしい。
こんなの僕の好きなフェリスじゃない。
「今の言葉は聞かなかったことにしよう。もう一度言うよ、私と一緒に行こう。もう私はリグシュリーの名前は名乗れないし、騎士団に入らないといけなくなったんだけど、フェリスがいれば何でも出来る気がするんだ」
「一緒には行けません。どうぞ、お一人で行ってきてください」
またしてもフェリスが拒絶する。
僕は動揺した。
「そんな! フェリス、君は私のことが好きなはずたろう!?」
「昔は、です。今は全く、これっぽっちも好きではありません」
「嘘だ! フェリスがそんなこと言うはずがない!!」
合点がいった。
「やっぱり君は、あの男に騙されているんだ。ヴェルトアーバイン……あの男さえ、あの男さえいなければ……!」
「ヴェル様はわたしを救ってくださった大切な方です。そのような発言をしないでください」
「ヴェル様だって!?」
僕は愛称で呼ばれたことなんてないのに。
憎しみが溢れてくる。
拳を握りしめた。
「いいから、私と一緒にいこう!!」
フェリスの腕を掴む。
その瞬間、僕は誰かに腕を捻りあげられていた。
「やっぱりフェリスに会いに来たな。おまえの行動は予想しやすくて助かる」
僕の腕を掴んでいたのは、長身で黒髪の男。
不敵な笑みを浮かべる、ヴェルトアーバイン殿下だった。
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