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番外編
ムードを大切に(ヴェルトアーバイン視点)
しおりを挟む国王陛下やさまざまな貴族にフェリスとの結婚を発表した、二か月のこと。
今では立派に王子妃としての俺の政務を手伝ってくれているフェリス。
王城にいるときは、俺の代わりに客人をもてなすことも多い。可愛らしく素直なフェリスは来訪客にもすこぶる評判がよく、夫である俺も鼻が高い。……のだが、やはりフェリスが俺以外の男から賛辞を受けるのは見ていて愉快な気持ちにはならない。
フェリスは、名前を思い出すのも不快になる元婚約者から酷い目に遭ってきた女の子だ。
今でもたまに、男が怖いのではないかと不安に思うことがある。俺はフェリスから「好き」だと告白を受けたが、男だ。しかも不機嫌さが顔に出やすく、性格も良いとは言えない。
ゆえに、心配になってしまう。
俺の事も怖がっているのではないかと。
そのことをスザクに話すと、スザクは「がっちり捕まえておかないから心配になるのですよ」と静かに言われた。
がっちり捕まえる……?
「坊ちゃん。あなたはフェリスお嬢様が可愛いと思っていらっしゃいますか」
「もちろん」
「もっとフェリスお嬢様をメロメロにさせるのです」
「それを今までロクに女性と付き合ったことがない俺に言うのか。ついこの間まで“愛おしい”という感情すらよく分かってなかった男だぞ」
「大事なのは特別感です。“愛おしい”と感じたのなら、その愛おしさを体現すべきです。口に出すなり、態度で示すなり。フェリスお嬢様に、この人なら大丈夫と思ってもらうのです。それが夫というものですよ」
さすがスザク。年長者は貫禄が違う……。
でもそうか、………愛おしさを体現か。
「分かった。頑張ってみようと思う」
◇
「と簡単に言ってみたが、結局これといって良い案がないまま無駄に時間が過ぎてしまったな」
王族主催の、夜会にて。
ライトアップされた王城の中庭を見下ろしながら、俺はウェルカムドリンクを飲んでいた。フェリスはいま近くにいない。この夜会を主催しているのは第三王妃──つまり俺の母親で、何やら二人で話し込んでいる。母の口から息子の愚痴が聞こえてたから、きっとロクな内容ではないだろう。
まぁ俺は、昔から世話の焼ける坊主だったからな。
異性を虜にする瞳のせいで、かなり母には迷惑をかけたし心配もされた。母親ですら信じられなくなり、塞ぎ込んでいたこともある。ちょっとくらいの愚痴は許してやろう。
ぐいっと、ドリンクを飲み干す。
「意外と度数の高い酒だな……」
グラスの底に少しだけ残った紫色の液体を見つめていると、いつの間にかフェリスが隣に立っていた。
可愛らしいラベンダー色のドレスを着ている。
まるで妖精のようだと、俺の頬も少し緩んだ。
欄干にグラスを置く。
「もういいのか?」
「はい。王妃様のお話はとても面白かったのですけど……」
「分かっている。ほとんど俺の愚痴だろ?」
「いえ、ほとんどは陛下への……」
「親父への愚痴はいつものことだから、不敬罪に当たらない程度に聞き流してくれ。俺の愚痴は言ってなかったのか?」
「愚痴という名の息子自慢でした」
……え。あの母親が?
俺を見かけるたびに、この男に春は来なさそうね、とぼやいていた、あの母親が?
信じられないような顔でフェリスを見ると、俺の顔でも可笑しかったのか、フェリスはクスクス笑い始めた。
「ごめんなさい。…………ふふっ」
笑いを堪え切れないフェリスを見つめる。
「………………可愛い」
「え?」
目を丸くしてこちらを見上げるフェリスが、とんでもなく可愛い。
夜だから、ドレス姿だから。
大人っぽくもあり、可憐さもある絶妙なその姿に、少しだけ顔に熱が集まるのを感じる。
「フェリス」
「はい?」
「どうだ? 最近の調子は」
…………なんだこの当たり障りのなさすぎる話題は。
もっと何かあるだろ。
恋人なりたての初々しいカップルだってこんな問いかけはしない。内心で俺はため息をつく。フェリスは、最近の仕事の充実ぶりやカルラから素敵な刺繍の作り方を教えてもらった話、スザクから王子妃として誉められた話を笑顔で語ってくれた。
「ヴェル様はどうですか?」
「俺は楽しいぞ。フェリスがいるから、最近は本当に楽しい。数年前までは考えられなかったことだ」
フェリスが、かぁああ、と顔を赤くする。
そんな可愛い姿を見て、胸の奥から温かな気持ちが湧き上がってくる。
愛おしい。
心から、そう感じた。
「フェリス」
「はい?」
「俺は今までずっと、女が嫌いだった」
「はい、存じております」
「この瞳のせいで、色んな女に迫られたことがある。女はすべて敵で、この見た目と王族という立場を狙ってやってくる存在だと。でも、フェリスは違った。初めて会った時に色目を使ってこなかったのは、君が初めてだった」
「まぁ、わたしは子どもに間違われましたが……」
「そうだな。あのときのことは申し訳ないと思っている。年頃の令嬢に失礼なことを言った」
「いいえ、いいんです。むしろ子どもに間違われなかったら、きっと、こうやってヴェル様に助けられることも、ヴェル様との結婚も出来なかったと思いますから」
強い夜風が吹く。
フェリスの長い髪が靡いた。
…………消えてしまう。
「ヴェ、ヴェル様……?」
戸惑うような声が腕の中から漏れた。
存在を確かめるように、俺はフェリスの頬に手を添える。フェリスは顔を赤くしながらも、俺の手に頬を寄せてくれた。
「結婚しよう」
「え、あの…………もうしてますけど」
「あれは契約。ムードもへったくれもない、流れで決まってしまったものだ。あのときは、君を救いたい気持ちで結婚を申し込んだ。でも今は、違う」
「違うの、ですか……?」
「ああ」
可愛らしいフェリスの瞳を覗き込む。
俺しか見えないように、距離を近付けて。
「好きだから、結婚したい」
フェリスが息を呑む。
そして、優しい笑みを浮かべた。
「はい。わたしも好きです、ヴェル様」
今度こそ、俺はフェリスに唇を重ねた。
◇
後日。
そのことをスザクに話したところ、70点だと言われた。
「雰囲気場所ともに好評価ですが、お酒を飲んだ後という点がマイナスです。酔った勢いとも捉われかねません」
「ぬぅ……」
うちの執事は恋愛にうるさい。
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