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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
5 噂
しおりを挟む――火龍の最期の地。
もし、本当にそんな地が存在するのならば、二つの疑問に対する明確な答えが必要だ。
・火龍は実在していたのか?
・火龍の亡骸は見つかったのか?
私は真剣にサフィールの話を聞いた。
「数ヶ月前、『火龍の最期の地』が見つかった」
火龍の最期の地を見た? なぜそんな曖昧な言い方をするのだろうか? 呪いというからには何か具体的な出来事があったのではないだろうか?
サフィールの言葉を聞いて、私はすぐに尋ねた。
「サフィール様。このガラマ領で、流行り病や、原因不明の死など、人々の健康に関わるような報告は上がっていますか?」
本当に危険な地なら、サフィールの言うようにこの地を去る必要がある。ところが、この地の領主は、顔色もよく、穏やかで、給仕をしてくれる侍女も、執事もとても元気そうに働いている。むしろ肌の状態は、辺境伯邸にいた者たちよりもいいように思えた。そんな人々を見ていると、とても健康被害があるとは思えないのだ。
サフィールは私を見ながら首を振った。
「いや、そのようなことは聞かない。だが、火龍はベルン王家の守り神だ。ハイマ王家に入ったディアは王家というだけで呪いの影響を受ける可能性がある!! 危険だ!!」
健康被害はないと聞いて、私はみんなを危険にさらすことはないとほっとした。ほっとした私と反対に、サフィールは苦しそうに顔を歪めながら言った。
「ディア。ようやく、幼い頃からずっと想い続けていた愛する男と結ばれて夫婦になったのだろう? 無事に祖国に戻って、その男と愛し合い、生涯幸せに暮らせ。呪いなどを受けてディアの幸福が壊れたら、どうするのだ!!」
サフィールの言葉で、殺気立っていた室内の空気が一変した。みんな何も口にせずに、黙って俯いていた。
愛する男と結ばれて夫婦になった?
生涯幸せに暮らせ?
呪いのせいで、幸福が壊れる?
――フィルガルド殿下と愛し合う未来が壊れることなど……心配する必要はない。
私はサフィールをじっと見ながら言った。
「サフィール様、予定通りこの地に滞在いたします。ご配慮感謝いたします」
怒りも悲しみも何も感じなかった。
ただ――それが呪いだというのなら今と何も変わらない、とそう思った。
私は冷静に告げたのだが、アドラーが話を遮るようにして、「一度休憩にしませんか? 部屋にお茶を用意してもらいましょう」と言った。リリアやもアドラーに同意したので、私も喉の渇きを覚えて退席することにした。
私は、アドラーたちに連れられて、少し強引に遊戯室を出たのだった。
◆
クローディアとアドラーとリリアが遊戯室を出て行った後、残ったレオンが、サフィールに向かって呆れたように言った。
「大公子息殿……貴公、大公一族のくせに……彼女の結婚のこと、何も知らないのか?」
「何が言いたい?」
サフィールが怪訝な顔をして、レオンを見つめると、ディノフィールズが声を上げた。
「サフィール閣下は国王陛下と大公閣下の配慮で、クローディア様のご結婚について、詳しいことはお伝えしない方が良いというご判断になっております。そうですよね? ヒューゴ殿?」
ディノフィールズの言葉に、ヒューゴ殿が唇を噛むと、レオンが大きなため息をついた。
「なるほどな……貴公が真実を知ったら……ハイマに殴り込んで行きそうだしな……」
サフィールは眉を寄せた。
「どういうことだ?」
ヒューゴはつらそうに答えた。
「お許し下さい、サフィール閣下。国王陛下の命に逆らうことは出来ません」
ヒューゴを問い詰めるサフィールに向かってレオンがゆっくりと口を開いた。
「真実を知らさせれていない哀れな大公子息殿。クローディアの結婚について、俺が教えてやろう。俺はダラパイス国の王の命など受けていないし……クローディアを早くあの国から解放したいと思っている。それに……ダラパイス国王の血縁者のお前は……使えそうだ」
レオンの言葉を聞いて、サフィールはレオンに向き合った。
「……聞かせてくれ」
この状況を静かに見ていたディノフィールズが口角を上げた。
「クローディアの夫のハイマの王太子は、当初の約束を違えて側妃を娶ると発表した。ハイマ本国ではクローディアは王太子の愛を失い、地位にしがみつく"お飾りの王太子妃”と呼ばれている」
「は? ハイマの王太子殿が側妃を? ディアがお飾りの王太子妃? くっ!!」
サフィールはソファーを立ち上がると、走って遊技場を出て行った。
「おい、待て!!」
レオンが立ち上がって、早足でサフィールを追った。
ヒューゴは、サフィールの秘書のディノフィールズを見ながら責めるように言った。
「なぜ、あのようなことを? レオン陛下の話を聞いたサフィール閣下がどのような行動をとるのか、あなたならわかるはずだ。あの方はクローディア様のことになると全く周りが見えない」
ディノフィールズは、ヒューゴを見ながら睨みつけるように言った。
「そんなこと、百も承知ですよ。あの方は幼い頃からずっと、ディア様だけを想っていたのですよ? そして私はサフィール閣下の側近です」
ディノフィールズの言葉を聞いて、ヒューゴも顔を歪ませた。
「それは……」
言葉を濁すヒューゴに、ディノフィールズが皮肉を込めた顔で口角を上げながら言った。
「ヒューゴ殿、私はサフィール閣下があの偽りの結婚式から、ディア様をさらってしまえば良かったのにと、今でも思っています」
ヒューゴは目を大きく開けながら驚いた顔をした。
「それでは、国が……国王陛下だって、苦渋の決断だったのです」
ディノフィールズが頷くように言った。
「ええ。そうでしょうとも、心を殺し、ディア様だけに全てを押し付けて、偽りの花嫁になるように強要したのです。国の命運でも掛かっていなければ、とても容認できません」
レオンの存在を待っていた。
遠回しにそう言われて、ヒューゴは息を飲んだ。国王はサフィールにクローディアの結婚の真相を一切伝えないようにと、厳命した。国王陛下の命に逆らえば反逆罪。
だが――レオンは違う。
ヒューゴは、ディノフィールズに向かって言った。
「問題も覚悟の上だと?」
ディノフィールズは、ヒューゴの問いかけに真剣な顔で答えた。
「ヒューゴ殿……状況は常に変化している。すでにディア様がご結婚された時と状況はまるで違う。これから起こるのは問題ではない。この歪んだ事態の収束だ」
「収束?」
ヒューゴの呟きに、ディノフィールズ言った。
「ええ」
大公家は他国との交渉など外交を司る。ディノフィールズは、そんな家の秘書をしている。国際的な話題は、ダラパイス国内でも誰よりも詳しい。ヒューゴは、ディノフィールズを見ながら言った。
「彼女の側には常にハイマの番人レナン公爵家のブラッド様がいる。あの方がそれを許すはずはない」
ヒューゴの言葉に、ディノフィールズはニヤリと笑いながら言った。
「本当にディア様をハイマ国に……王太子妃として縛りつけておきたいのなら、ベルン奪還に加担させるような、彼女の国際的な評価の上がるようなことなどさせない。ハイマの番人だって我々を同じだ――彼だって解放したいと思っているに決まっている。そのために必死で同盟国との関係を強化し、国際的な評価を集められる基盤を作ったのだ」
ディノフィールズはそう言うと「話はここまでだ。そろそろ閣下を追う」とヒューゴの横を通り過ぎながら言って走り出したので、ヒューゴも一緒に走り出したのだった。
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