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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
34 観光! 観光!! 観光!!!
しおりを挟むドレス工房を出て、走りだそうとした時だった。私の耳に軽やかに鳴り響く鐘の音が聞こえた。何かの警鐘かもしれないと不安になって思わず声を出した。
「何?」
ディノは、私を安心させるように穏やかな口調で説明してくれた。
「この鐘は夕刻を告げる時の鐘です。この近くには市場があり、そこに両手を広げたくらいの大きさの鐘があります。この鐘で子どもたちは家に帰りますし、店もそろそろ閉まるということを意味しています。もう一度鐘がなると、店は全て閉まりますので、今頃市場は大変混雑しているはずですよ」
まだ十分に陽が高いように思えたので夕刻の合図だと気づかなった。しかも私はこの時間はほとんど王宮にいる。王宮はここから少し離れているからか、この鐘の音は聞いたことがなかった。
「そうなの……初めて聞いたわ」
私がぼんやりと鐘の音が聞こえた方を見ているとディノが嬉しそうに言った。
「実は……サフィール閣下が陛下から夕刻の鐘の音の後なら、大噴水広場を閉鎖しても構わないとの許可を頂いています。クローディア様、大噴水を見に行かれますか?」
私は目を大きく開けて、ディノを見た。
それってもしかして……観光できるってこと?
驚く私より早くラウルが口を開いた。
「ディノフィールズ殿。それはクローディア様がダラパイス国の王都の観光をしても問題ないという意味ですか?」
ラウルの問いかけにディノは困ったように答えた。
「王都の観光というのはさすがに難しいのですが、大噴水は外国から要人をお迎えした時などは夕刻の鐘の後は民も家路につき人も少なくなるので、広場を封鎖してのんびりと観光をして頂くことが出来ます。今日はサフィール閣下の計らいで今から行けば、恐らく広場は封鎖してあり、もちろん警備も万全でゆっくり観光して頂けますが……いかがされますか?」
観光が出来る?!
私は嬉しくて、すぐにアドラーとラウルを見上げた。
するとアドラーとラウルはお互いの顔を見合わせた後に、アドラーが答えてくれた。
「クローディア様、移動中は私の手を取って下さるというのであれば、お連れ致します」
私は嬉しくてすぐに頷いた。
「お願いします!! ぜひ行きたいわ」
そして私は観光に行けることになったのだった。
◆
「ディア!! 待っていたぞ」
馬車に乗って、数分。目的に到着して私が馬車を降りると、サフィールとジーニアスとリリアが待っていた。
ジーニアスとリリアは、今日は一日サフィールと共に今回の作戦に必要な物の準備をしてくれていた。
私はサフィールの前に立つと笑顔でお礼を言った。
「サフィール様、まさか観光ができるなんて夢みたいです! ありがとうございます」
サフィールは私から視線を逸らしながら言った。
「いや……折角、ダラパイス国の王都に来たのだ。せめて大噴水くらいは見てほしくてな」
ディノが言っていた通り、サフィールの後ろには背の高い可動式の木柵で仕切られて、柵の前には大公家の私兵が等間隔で並んでいる。
これ観光って雰囲気じゃないよね……。
物々しい雰囲気に戸惑っていると、ディノが「柵の中に入れば気にならなくなりますよ」と言った。
私が隣に立つアドラーを見上げると、アドラーが微笑みながら腕を差し出してくれたので、私はアドラーの腕に手を伸ばした。
「それじゃあ、行きましょうか」
こうしてみんなと一緒に柵の中に入った。
柵の中に入ると、大きな階段が見えた。ビルの三階分くらいで百段近くはあるのではないだろうか。そして階段の隅にはトロッコのようなものが設置してあった。
「ディア、我々は階段を使うが、ディアとリリア嬢と護衛のどちらかが動力車を使うといい。三人しか乗れないからな」
どうやらこの長い階段の上に大噴水があるようだ。
「アドラー。クローディア様とリリア嬢と共に乗れ。私は横を並走する」
ラウルの提案にアドラーが頷くと、私たちは動力車と呼ばれたトロッコに乗った。トロッコに乗るとディノがトロッコの近くにあった水の流れを変えるための板を動かした。
するとゆっくりとトロッコが動き出した。どうやら近くに水車があるようで、水車の動力でトロッコを動かしているようだった。この水車の動力を利用した仕掛けはダラパイス国の王都中に見られる。ハイマにはあまり水車を動力することはないので、ここは水の都なのだと実感する。
トロッコは比較的ゆっくりなので、ラウルやサフィール、ディノやジーニアスもトロッコと一緒に並んで階段を上ってきた。
「ディア、そろそろだ」
到着した場所を見て私は唖然とした。
「え? ここ?」
……大噴水ってどこ?
階段の上には石造りの一般的な住宅ほどの建造物があるだけだった。
噴水というから水を噴き上げる仕掛けがあるのだろうが、ここには長い階段と大噴水とは思えない建物があるだけだった。
もしかして、ここからの景色が噴水のように見える……とか、そういうこと??
噴水の影も形もなくて困惑していると、サフィールが迷わず石造りの建物の入り口に立った。
入口には『許可証』や金額などの書かれた看板がある。本来ならこの中に入るのは許可書や入場料が必要なのかもしれない。今は貸し切りのようで許可証確認口と書かれた看板が奥に片付けてあった。
もしかして、大噴水ってこの建物の中にあるの??
「ディア。さぁ、こちらへ」
「ええ」
私はサフィールの言葉に頷くと、建物の中に入ったのだった。
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