ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

35 ダラパイス国大公の気遣い

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 サフィールに大噴水と言われて連れて来られた場所には噴水などなく、建物が立っていた。
 サフィールは私ではなくアドラーを見ながら言った。

「この先は螺旋階段だ。気をつけろ」

 そう言って先に歩き建物の中に入った。

 螺旋階段?! ここまで階段があったのに、まだ上るのだろうか?!

 サフィールの言葉に驚きながら建物の中に入ると、外は過ごしやすい温度だったが中は少しひんやりとしていた。
 そして水音が建物全体に響いて、清涼感が漂っていた。しかも石造りの建物なのに中は想像以上に明るい。

「水の音がする……それに石造りの建物なのに……中が明るい?」

 私の呟きに答えてくれたのはディノだった。

「はい。光を反射しやすい石を内部に使用することで室内を明るく保っているのです」

 建物の中には建物にしては小さい窓が多く、柔らかな光が私たちを迎えてくれた。だが、音はするがやっぱり噴水は見えない。
 戸惑う私をサフィールが目を細めながら見て手招きした。

「ディア、こっちだ。覗いてみろ」
「う、うん」

 サフィールに言われて、アドラーの腕に捕まったまま、細工の美しい金属製の手すりの手前から下を見ると眼下に大きな噴水が見えた。

「下に噴水がある……本当に大きい……」

 見下ろすと噴水があるという状況に唖然としているとサフィールが優しく言った。

「ああ。では行こうか」

 噴水の周りは先程サフィールが言ったように螺旋階段があり、大人が十人は余裕で横に並んで歩けるほど大きい。
 『今日は、工房などに行かれるので歩きやすい靴をお選びいたしました』リリアがそう言って歩きやすい靴を選んでくれて助かった。
 噴水は、三階建ての戸建て住宅くらいの大きさがある。噴水の周りを螺旋階段が囲むように下に降りて行く。
 近くで見ると、本当に大きい。さらに建物内には不思議な位置に小窓があり、光を効率よく取り入れているだけではなく、その光が噴水を美しく見えるように設計されているように感じた。

「ディア、ゆっくりでいい。疲れたら言ってくれ。私が抱き上げる」

 サフィールの言葉に私は「ありがとうございます。でも自分で歩きます」と答えて、アドラーの手を取りエスコートされながら大噴水へと続く螺旋階段を下りた。

 段々階段を下りて行くと噴水を真横から見える位置まで来た。

「噴水には、何か絵が書いてあるわね。もしかして見逃したかな?」

 よく見ると噴水には、何か絵が描いてあった。
 私が立ち止まって絵を見ていると、ディノが優しく教えてくれた。

「クローディア様、一番下に噴水の絵を壁画にして展示してございますよ」
「そうなのね。では、見逃してしまった絵は下で見るわ」

 噴水の絵はとても大きい。

「あ、あれって……ゴリンの実?」

 私は噴水に描かれている絵を見て声を上げた。

「そうですね。確かにゴリンの実ですね」

 リリアが頷きながら言った。
 さらに見ていると、テール侯爵領で見た木の絵もあった。

「あれ、テール侯爵領で出された木の実じゃない?」

 私の問いかけに答えてくれたのは、ジーニアスだった。

「ああ、そうですね。あの絵に描かれているのは、テール侯爵領でしか発見されていない貴重な果実『白露』です。よくお分かりになりましたね」

 私たちは噴水に描かれた絵を見ながら、のんびりと一番下まで歩いた。
 そして、一番下まで来ると上を見上げた。

「下から見ると凄い迫力……」

 噴水を見上げるとは、かなりの迫力だった。
 噴水というとかなりの水量を噴き上げるイメージだが、この噴水はあまり水を噴き上げる噴水ではない。なので近づいてもしぶきがかかるということもなく見ることが出来た。
 私はサフィールを見ながら尋ねた。

「ねぇ、もっと噴水に近付いてもいい?」

 サフィールは微笑みながら答えた。

「ああ。水に落ちなければ、噴水に触れても構わない」

 私はみんなと一緒にもっと近づいて見ることにしたのだった。
 噴水に近付くと、ここはガラスの名産地だからなのか、噴水の中が繊細な細工を施したガラスで覆われていた。

「噴水の中も綺麗ね……」

 そして噴水から上を見上げると、まるで星空を見上げるような配置の窓。そして螺旋階段までこの空間を彩る芸術品のようで、私はあまりも優美な光景に圧倒されるしかなかった。

 人って、凄いわ……。

 人類の英知を感じることのできる荘厳な建築物を見ると、人の可能性を感じて少しだけ自信を貰えるように思えた。
 しばらく引き込まれるように見つめていると、私の目に壁画が飛び込んで来た。

「あれが、ディノが言っていた壁画ね。見たいわ。ところで、この大噴水はどなたが作られたの?」

 私の問いにサフィールが説明してくれた。

「ああ、この噴水は旧ドラン国の初代王の愛する娘がこの国の王に嫁いできた時に、結納の品として贈られたものだ」

 え?
 この建造物が娘への結納の品?!
 はぁ……。なんだろう、世界が違う……。
 さすが国を作ろうとする人物の思考は……高尚過ぎて理解が追い付かない。

「そうなの……凄い結納の品ね……」

 サフィールが私を見ながら顔を真っ赤にしながら言った。

「ディアが……私に……嫁いでくれるのながら、私も噴水を建造するが……ああ、そうだ!! ハイマにお礼として噴水を贈ってもいい」

 だが、サフィールの声は小さくて水音も聞こえていたので、サフィールが何を言ったのか初めの方が聞こえなかったが、ハイマに噴水を贈るという部分だけが聞こえた。

 ん~~ハイマに噴水……。
 確かに素敵だけど……水の都ダラパイス国の文化がハイマにもいい効果をもたらすのかは賭けだし……地形とか、都市計画とか色々あるだろうかなぁ~~。

 結論、私にはよくわからない。
 私はにっこり笑って「お気遣いなく」と答えた。するとサフィールは眉を寄せて「今のはどういう意味だ?」と考え込んでいた。そんなサフィールの前にディノが出て来て言った。

「さぁ、クローディア様。閣下は今はそっとしておいて、我々は壁画に向かいましょう」
「そ、そうね」

 私たちは、壁画を見に行くことにしたのだった。

「クローディア様、こちらがあの大噴水に描かれている壁画です」

 ディノが壁画へ案内してくれた。
 どうやら壁画は、3列掛ける3列で合計9マスにそれぞれ絵が描かれていた。
 だが、中央は白紙になっていた。
 右上が白露に、真ん中の上がゴリンの実どうやら実だけではなく、花なども描かれていた。

「あれ? 左下って……媚薬の説明を受けた時に見せてもらった花に似てる」

 私の言葉にリリアが頷きながら言った。

「確かに、似ていますね。以前ヒューゴさんが説明で……ダブラーン国にのみに自生している花っておっしゃっていましたよね……なんだか気になりますね……」

 みんな同じことを思ったようで、顔を見合わせて頷いた。
 
 何か、気になる絵ね……。

 私は隣に立つディノの尋ねた。

「ねぇ、どうして中央には何も描かれていないの?」

 ディノは目を輝かせながら言った。

「気になりますよね~~。私も気になりますが……実際に描かれていないのです。あの八つの区切りのためで中央はただの空白なのか、それとも他に意味があるのかと調査中です」

 私はディノを見ながら言った。

「そうなのね……では、あの右下の絵は何? 何かの植物……よね?」

 私の問いかけにディノが困ったように言った。

「最近、薬草研究室であの右下の絵が何か解明されたと言っていたのですが……私たちまではまだ情報が回ってきていないのでわからないのです」

 なるほど、研究途中なのか……。
 一つだけ草の周りに何か雪のようなものが描かれている。
 かなり気になる。

「そうなの……何かしら……」

 私たちが壁画を見ていると、ラウルが私を見て微笑んだ。

「クローディア様。私はこの絵に描かれているものが何かわかりますよ?」
「ええ?」

 私は急いでラウルを見た。

「この絵に描かれているものがわかるの?! これは何?」
「これは、シーズルスにだけ生息する海藻です。ほら、元ロウエル公爵をお見送りする時に紐を持ったでしょう? あれです。あの海藻は加工品としてしか出回らないので、地元でもないとこの絵を見てあの海藻だとは気づかないでしょうね……」

 そうか。
 ラウルはシーズルス領の出身だったから知っていたんだ……。

「え?! これが海藻……やはり国際交流というのは有意義ですね~」

 ディノがしみじみと言った。
 そして、ディノはさらに言葉を続けた。

「実は……この大噴水は何かが隠された暗号ではないかという話もあるのですよ~~神秘的で面白いでしょう?」

 暗号……。

 なぜだろう、私はディノの言葉が胸の奥に引っかかったのだ。

「そろそろよろしいですか?」

 私がぼんやりと壁画を眺めていると、ディノが私の顔を覗き込みながら言った。

「ええ。ありがとう。とても素敵だったわ」

 私がお礼を言うと、ディノが私から少し離れて声を上げた。

「サフィール閣下!! 準備はいいですかぁ~~?」

 ディノの言葉にサフィールが「もちろんだ」と声を上げた。そういえば、サフィールはどこに行っていたのだろう?
 サフィールは私の前まで来ると、どこか弾んだ様子で言った。

「ディア、では行こう」
「ええ」

 私がサフィールについて行くと、サフィールは奥まった場所にある通路に案内してくれた。
 長い通路を歩くと扉が見えた。
 もしかして、出口だろうか?
 かなり細いので、もしかしたら、この建物は一方通行なのかもしれない。

「ディア、さぁ……存分に楽しんでくれ」

 サフィールが扉を開けると私は思わず声を上げた。

「わぁ~~!! お祭り?!」

 扉の先には、ランプが吊るされて明るくなった広場に、屋台が数件と、食事スペースも用意されていた。ハイマから私について来てくれたみんなもいた。

「料理人は全て大公家から連れてきたし、食材も全て検査済み。どれを口に入れても安全だし、塀の中なら好きに回ってもらって構わない」

 私はサフィールの顔を見上げた。

「まさか……私のために? こんなに大掛かりな……?」

 サフィールは照れたようで顔を真っ赤にして私から視線を逸らしながら言った。

「その……幼い頃……私の態度で……ディアはいじめられていたと思ってしまったのだろう? 悪いことをしたと反省している。これはその罪滅ぼしだ……謝罪の気持ちとして楽しんでもらえたら嬉しい」

 私はサフィールを見て声を上げていた。

「ありがとうございます!! サフィール様!!」

 するとサフィールは私をチラリと見ながら、耳まで真っ赤にして「いや、その笑顔だけで……さぁ、ディア十分に楽しんでほしい!!」と言った。
 屋台ご飯、いつぶりだろう!!
 私はみんなを見ながら言った。

「みんな、行こう!!」

 みんなも笑顔で「はい」と言ってくれたのだった。
 

 
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