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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて
36 指導係の初めてのお祭り
しおりを挟むクローディアたちが噴水を見ていた頃。
ダラパイス国王宮のブラッドの部屋には、レナン公爵家の影とロニが到着していた。
「ご苦労だったな。しばらくダラパイス国でゆっくりと休んでくれ」
「はっ!!」
ブラッドはロニを休ませると息を吐いた。
「なるほど……恐らく、父上も騎士団長殿もほとんど同時期にそれぞれの最速の者たちに使いを頼んだにも関わらず、イゼレル侯爵家の使いが一番早く到着した。しかも半日も……この差は大きいな」
ブラッドは手紙の内容というよりも、手紙が手元に届く速度に注目していた。
「イゼレル侯爵領から出る運河は、やはりかなり使える。……この便利な水運を各地に配備しているダラパイス国はやはり、先見の明があるな」
ブラッドの言葉に、ガルドが頷きながら答えた。
「そうですね」
ブラッドの父レナン公爵からは『フィルガルドのイドレ国行をダラパイス国内で止めろ』という内容だった。そして、騎士団長のカイルからは、騎士団の今後の対応などが書かれていた。
ちなみのハイマ国からの正式な連絡は未だに届かない。
「これほど情報伝達に差があるのか……今後は考える必要があるな」
そう言ってブラッドは立ち上がった。
「では……行くか――観光に」
「はい」
◇
「クローディア様、もうよろしいのですか?」
アドラーに言われて私は笑顔で答えた。
「ええ、たくさん食べたわ!!」
食事を済ませて上機嫌で答えると、入口の方がうるさくなったと思ったら、ブラッドとガルドが歩いて来た。
「ブラッド、ガルドこっちこっち~~!!」
私が立ち上がって手を振るとブラッドが口角を上げてこちらに歩いて来た。
「随分と賑やかだな……」
「ええ。サフィール様が準備してくれたの!!」
「ふっ、凄いな。私にはとても思いつかない……」
基本無表情なブラッドが、普段よりは若干楽しそうに見えなくもない。だが、一歩も動くことなく立ち止まる彼は、異様なほど浮いていた。
「もしかして、ブラッド……お祭りに行くの初めて?」
「ああ。視察でもないな」
――ブラッド君(19)初めてのお祭り……
私はニヤリと笑ってブラッドの腕を取った。
「行きましょう!! せっかく用意してもらったんだもの! 楽しまなきゃ!! ガルドも楽しんでね」
「はい」
ガルドがすぐに答えた後に、ブラッドが困ったように言った。
「あ、ああ……」
私は近くにあったお肉が吊り下げてある屋台の前に立った。
「ブラッド、これ美味しかったよ!」
「これは……どうやって食するんだ?」
戸惑うブラッドを見るのも新鮮だった。円卓会議では常に表情を崩さず堂々としているのに……
ふとガルドを見るとガルドはすでに食べ物を両手に持ってお祭りに馴染んでいた。
「大丈夫、食べやすく切ってくれわ。食べる?」
「いただこう」
そしてお店の方がブラッドに串に差したお肉を手渡した。
「はい、どうぞ」
「ああ」
ブラッドは近くのベンチに座るとパクリと食べた。
「うん、確かにいい味だ」
なんだか串から食べるブラッドが新鮮で目を細めていると、ブラッドの口の端にソースがついた。
「あ、ブラッドちょっと待って」
私はブラッドの口の端についたソースをハンカチで拭き取った。
ブラッドの唇の柔らかさを感じて、心臓が跳ねた。
「ありがとう」
目を細めたブラッドに感謝されて、顔に熱が集まる。
「次はどこに行く?」
「え? ああ、次が向こうに行きましょう!!」
私は立ち上がりながら答えた。
「ふっ案内頼む」
そして私はブラッドの初めてのお祭りのナビゲーターとなったのだった。
◇
ブラッドとお祭りを堪能していると、サフィールとディノだけはなく、ガイウスも歩いて来た。どうやらガイウスもお祭りに来たようだった。休暇だと言っていたヒューゴの姿もある。
私たちを見たガイウス様が手を上げながら声をかけてくれた。
「ディア、楽しんでいるかい?」
「はい、とても楽しいです。本当にありがとうございました」
ガイウスにお礼をいうと、笑いながら答えてくれた。
「あはは、私は許可を出しただけだ。全てサフィールが準備した。ディアが絡んだ時の彼の行動力はすさまじい。今回のことを思いついて、ものの数時間で関係各所全ての許可が降りて手配も済んでいた」
「え?」
私はサフィールを見ながら言った。
「本当にありがとうございます」
サフィールが私から顔を逸らしながら言った。
「感謝は必要ない。私が……ディアの楽しむ顔が見たかっただけだ」
そしてガイウスが、ブラッドを見ながら言った。
「ああ、レナン公爵子息殿も間に合ったのか。私も先ほど到着したのだが……そういえば大噴水はまだ見ていないだろう? 見るか? 今日は貸切だ」
ブラッドはガイウスを見ながら言った。
「観光だけではなく、このような趣向を用意してくれて感謝いたします。噂に名高い大噴水も見れるのならぜひ見せていただきたい」
ブラッドたちが行くのいうのなら、私ももう一度行きたいと思った。
「ガイウス様、私も行きたいです」
「はは、そんなに気に入ってくれたのか? では、皆で行くか」
「はい」
そうして、本日二度目の大噴水に行くことになった。
◇
「噂には聞いていたが……本当に室内にこれほど大きな噴水があったのだな……」
ブラッドが噴水を上から見下ろしながら言った。しかも今回は前回いなかったブラッドとガルドとヒューゴ、王太子ガイウスも一緒だった。
さらに先ほどよりも日が落ちていたので中は暗かった。
「え!? ちょっと?」
中に入ると私はブラッドに抱き上げられていた。
「少々足元が暗いだろう? それに私に噴水について説明してくれ」
本当にこの男は人を幼児だと思っているのだろうか?
足元が暗くて、ヒールなので歩きにくいが……こう気軽に抱き上げられたら、心臓が持たない。
「もう、わかったわ!! この噴水にはね……」
こうして、私はブラッドに抱き上げられたままゆっくりと見ながら下まで降りた。
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