ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

たぬきち25番

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第四章 お飾りの王太子妃、郷愁の地にて

37 二度目の大噴水

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 下について、地面に足を着くと今度はブラッドは私の手を取った。私もブラッドの手を握り返すと説明を続けた。

「ブラッド、これが大噴水よ」

 私たちは近付いて噴水を見上げた。

「なるほど……小さな窓から月の光が入り、星空を見ているような錯覚に陥るな」

 ブラッドは私がここに来て始めに想ったことを口にした。

「うん……私もここに初めて来てそう思った。奥には噴水に描かれていた絵を再現したものが飾られているの」

 ブラッドは顔を私に向けて「では見に行こう」と言ったのだった。
 それから私たちは、絵を見たり、噴水を見たりしてしばらく過ごした。

「本当に幻想的で壮大な建物ね……」

 再び噴水に向かい上を見上げると、月の光が窓から入って来て、噴水中央を明るく照らしていた。
 幻想的な光景に目を細めた後に、私は噴水を覗き込んだ。
 
「あら? 光の屈折が……」

 昼間に見た時より、月の光りの下では先ほどよりも違和感を感じた。

「どうした?」

 ブラッドが私の見ている視線の先を見つめながら尋ねた。

「ねぇ、この見え方おかしくない? 何か二重になっているように思えるわ。水でよく見えないけど……」

 するとサフィールも私の見ている先を見ながら言った。

「確かに……そう言われると違和感が……」

 私は真剣に水底をみているガイウスに尋ねた。

「ここの水って止めれますか?」

「ああ。もちろんだ。ディノ」

「はい」

 ディノが急いで走って行った。しばらくするとディノが走って戻って来た。

「ディア様~~水を止めましたよ~~」

「ありがとう!!」

「少し時間がかかりますので、少々お待ち下さい」

「ええ」

 ディノのいう通り、しばらく待っていると噴水の水が止まり、噴水からどんどん水が失われていく。
 今日は丁度満月に近くて、月の光がいつもよりも明るいので、噴水の中もキレイに見えた。

「なんだ……これは?」

 ガイウスが噴水にかじりつきながら声を上げた。

「絵が浮かび上がって来た……」 

 ディノも呆然としながら噴水の中から浮かび上がってきた絵を見つめた。

 ――水を抜いた大噴水の中から一枚の大きな絵が浮かび上がったのだ。

「さっきまで何も見えなかったのに!! これはどういうことだ?!」

 サフィールが私を見ながら必死な顔で尋ねた。私は浮かんで来た絵を見ながら呟いた。

「こんな仕掛けが……」

 この噴水はガラスの特性である全反射を利用して絵が隠す仕掛けがあったのだ。
 コップの下にコインを入れてコップに水を入れるとコインが消えるという中学で習った光の反射実験の応用だ。
 ここはガラスの国……どうやら職人によって高度に計算されて、隠されていたようだった。

 この噴水内部には二種類のガラスが使われているのがずっと気になっていた。前回、少しだけ暗くなった時、ガラスの内部が光った気がして、月の光に反応するのかと思った。だが、それだけでは何も変わらなかったので、さらなる仕掛けがあると思ったのだった。
 
「答えはずっとここにあったのか……」

 ヒューゴが愕然としながら呟いたのが印象的だった。
 そして大噴水の内部に浮かび上がって来たのは、小さな紫陽花のように見える花だった。ちなみに噴水の中に浮かびあってきた花の絵は壁画にはどこにも描かれていない。

「この噴水には本当に暗号が隠されていたのか……」

 ラウルの言葉に、ジーニアスも頷き眉を寄せた。

「しかし……この花は一体、なんの花でしょうか? 図鑑などでも見たことがありません」

 ジーニアスの言葉に元図書館司書のアドラーも首を傾けながら言った。

「そうですね。このような花は私も初めて見ました」

 ハイマ国出身者が様々な意見を出し合う中、ダラパイス国のガイウスやサフィールやディノは噴水の中に浮かびあがる絵を見ながら言葉を失っていた。

 愕然……今の三人の様子を表現すると、この言葉が当てはまる気がした。
 しばらくして、ガイウスが片手を口に当てて震えながら言った。

「こんな仕掛けになっていたとは……」

 するとサフィールも頷いた。

「この大噴水は昔から、夕暮れには閉めるという風習で、そのことになんの疑問も持たなかった……禁止などされていれば、気づいたかもしれないが……特に禁止されていたわけではないので、今回、ディアを夕方に招待したが、他国の者を接待するために夕暮れ時にこの広場ごと封鎖するというのはそう珍しいことでもない」

 ディノが頷きながら言った。

「ええ。明確に禁止されたわけではなく、なんとなくそうなっているというのが真実を隠していた要因でしょうね。禁止されていれば、その意味を考えたでしょうから……」

 ヒューゴもガラスの底の絵を見つめながら言った。

「そうですね……水を抜いて掃除することはあっても普通は昼間にします。夜にこの中に入って掃除するなんてことはまずありませんからね……」

 どうやらこの仕掛けは、サフィールやディノ、ヒューゴだけではなく、王太子のガイウスでさえ知らなかったようだ。

「ディア……よく気づいたな……」

 ガイウスが目を丸くしながら言った。
 私はこの噴水の中が江戸切子や、薩摩切子のような二十構造になっていることに水と同化する薄い水色のガラスを所々削って何かを表現しているのを見て気づいたのだ。だが普段は水に隠れてよくわからない。前回、側面のカット部分が月の光を集めているように見えて気づいたのだ。

 私が理由を説明すると、ガイウスは黙り込んでしまった。あまりにも三人が呆然としているので「部外者の方が思い込みがない分、真実に気付けたのかもしれません」と答えた。

「そう言われて見ると、確かにこの噴水の中は二重構造になっているな……この国にこのようなガラスの構造はありません……」

 ヒューゴが噴水の中を見つめながら言った。
 私は江戸切子や薩摩切子の存在を知っていたのでガラスの二重構造に気付いたが、そもそもこの技術を知らなければ、気づくこともなかったのかもしれない。

「これは、旧トラン国から贈られた物……もしかしたら、この技術は旧ドラン国の技術なのかもしれないな。とりあえず、絵師を呼ぶか……」

 サフィールが噴水を見ながら呟いた。

「そうね……何かあった時のためにスケッチでもできるといいけど」

 思わず呟くと、ジーニアスが私を見て微笑んだ。

「クローディア様、この噴水の中に描かれている植物を模写いたします」

 ジーニアスが紙を鞄から取り出しながら言った。

「あ、私も今後のために模写いたします」

 ヒューゴも慌てて紙を出して模写を始めた。
 ジーニアスは凄いスピードで噴水の中に描かれている花を模写した。

「ジーニアス……博学なだけではなくて、絵も上手いのね」

 思わず呟くと、ジーニアスが照れたように言った。

「ありがとうございます……これでも画家を目指していた時期もありまして……」

 ヒューゴのスケッチも特徴をとらえていて悪くはなかったが、ジーニアスの絵はまるで噴水の中に描かれている植物の絵を写真で撮ったように細部まで緻密に描かれていた。

 ガイウスがジーニアスの絵を見た後に言った。

「その絵を譲ってもらえないか? 言い値を支払おう。それにこの絵をあまり外に出したくはない」

 ジーニアスは頷くとガイウスに絵を渡した。ジーニアスが言った。

「殿下、決して外には出しませんので、クローディア様のために私にもう一枚この噴水の絵を描くことをお許しいただけないでしょうか?」

 ガイウスは考えた後に私を見て頷いた。

「わかった。決して外に出さずに、ディアのためにというのなら」

「ありがとうございます」

 そして、ジーニアスはもう一枚紙を取り出して、再び噴水の絵を描いた。

「サフィール。この大噴水はしばらく封鎖する。有能なガラス職人を呼んで他にも仕掛けがないか調査させろ。ガラスか……盲点だった……」

 サフィールは頭を下げながら「これまでガラス職人にこの噴水を調査させた記録はありません。そもそも夜間にこの建物内に入り、調査したこともないはずです。すぐに手配いたします」と言った。

「本当にあなたはとんでもないな」

 顔を上げると口角を上げるブラッドと目が合った。私は「偶然よ」と言うとブラッドの手に力が入った。

「私は必然だと思うけどな……では、クローディア殿。そろそろ戻ろう。ここはきっとこれから騒がしくなる」

 入口から多くのダラパイス国の兵が入って来るのが見えた。

「ええ」

 そして私たちはまだしばらくはここから戻れないというガイウスたちにあいさつをした後に馬車に乗り込んで城に戻ったのだった。


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