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36 サミュエルside2

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サミュエルside2






ベルナデット様にヴァイオリンを教えるようになって、私を取り巻く、音楽の環境は大きく変わった。

ベルナデット様に教えるようになって数カ月経った頃、王宮に行った父が兄と共に大急ぎで帰ってきた。

「サミュエル。サミュエルはいるか?」

尋常じゃない、父と兄の様子に思わず眉をしかめた。

「すぐに、執務室に来い。話がある。」
「はい。」

執務室に行くと、父と兄2人はすでに、ソファーに座っていた。
私が座った途端に父が口を開いた。

「サミュエル。アトルワ公爵家が領地に学校を開校しようとしていることを知っているか?」
「はい。」

社交会でもここ数年で一番大きな話題だ。
ダンス会場に呼ばれて演奏する私にとっては、知っていて当たり前の話題だった。
だが、なぜそんなことを聞くのかわからずに、父の言葉を待った。

「実は、王妃様が中心となり、王都に音楽芸術学院を設立を考えているらしい。」

(王妃様は、ピアノがとても素晴らしいし、元々、芸術や音楽への造詣が深い。
そんな学院が出来るなら通いたかった・・。)

「そこでだ。陛下直々に我が侯爵家が中心となり話を進めるようにとお話を頂いた。」

・・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・。

父は、なんとも言えない顔をして、両手を顔の前で組んだ。

「そして、陛下は、サミュエルおまえをこの件の最高責任者に任命したいらしい。」

・・・・・。
・・・・・・・・。


「え?」


私は思わず大声を出した。
こんなに大声を出したのはいつ振りだろう。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい。
私はまだ、14歳で、成人もしていませんよ?」
「まぁ・・。正式な任命は成人後になるだろうが、それまではアトルワ公爵が学校設立のノウハウを持ってるらしいので、細かいことは引き受けて下さるそうだ。」
「え?」

父が溜息をついた。

「陛下からの命だ。我が侯爵家はこの学院に尽力する必要がある。
私は明日からアトルワ公爵との話し合いに行ってくる。
その後、どうするかは追って伝える。
サミュエルだけ残って、あとは自分の仕事に戻れ。」
「「はっ。」」

2人の兄が執務室から出て行った。

父が、ニヤリと笑った。

「サミュエル。本来ならおまえがヴァイオリンを専門として居られるのは、あと2年だった。
そういう約束だったな。」

私は息を飲んだ。

「そうですね。」
「ここで成功すれば、おまえは一生、音楽と共に生きられるぞ。」
「!!!!!」

父がもう一度、私をしっかりと見た。

「やれそうか?」

私もニヤリと笑った。

「誰に言っているのです?
先生に教えて頂いたことを広く世間に伝える機会を逃すはずがない。
成功以外の結果はありません。」

父が小さく笑った。

「はは。おまえって奴は・・。どうして、こんな時ばかり強気なんだよ。
ブリジット様にヴァイオリンを教えて頂きたいと言った時も、強気だったよな・・。
あの時は肝が冷えた。」

「え・・・?」

父から出た名前に心臓がドクンと大きく脈を打った。
父は私の様子など構わずに話を続けた。

「ははは。だが、私も、アトルワ公爵に『大丈夫でしょうか?』と聞かれたので、
つい『サミュエルなら必ずやり遂げます。』と答えておいたぞ。」
「え?」

父の発言に思わず固まった。

(先生のお名前はブリジット様?父が、公爵にそんなことを?)

私はあまりのことにふらふらしながら、執務室を後にした。




それからの私は、本当に忙しかった。
私の癒しは、懸命に努力するベルナデット様の音色だった。

彼女は私の音色が好きだと言ってくれるが、私も彼女のひたむきな音が好きだった。
どこまでも透明で真っすぐで、彼女の人柄を表しているようだった。


彼女が王妃教育を受けるようになって、レッスンは王宮になった。
移動時間はなくなり、毎日のように彼女の顔が見れるので私も以前より充実していた。

ただ彼女と、のんびり話をする時間がなくて残念だった。



そして、その日もいつものようにベルナデット様が宮廷楽団にいらしゃった。
最近では私だけではなく、他の楽団員のベルナデット様の訪れを心待ちにしていた。

ベルナデット様とヴァイオリンの練習の話をしていると、思いがけないことが起きた。

クリストフ殿下がベルナデット様を迎えに来たのだ。

(なぜ?ここに殿下が?
殿下はベルナデット様とは不仲だったはずでは・・?)

絵に描いたような政略結婚をクリストフ殿下が疎ましく思っていたことを、少しの間だが、側近候補を務めたサミュエルは十分に理解しているつもりでいた。

ところが、殿下は彼女にピッタリと寄り添い、鋭い目で私たちを牽制した。
以前とは違い、クリストフ殿下は彼女に執着しているようだった。


その姿に、私はとうとう気付かないように必死で蓋をした感情を自覚してしまった。

『彼女を誰にも渡したくない。』

一度自覚した感情に蓋をすることは大変だった。
それなのに、彼女は記念すべき7歳の誕生日のお祝いに私の演奏を聴くことを選び、初めて出掛けた城下では、私とお揃いのお土産まで買ってきてくれた。
しかも、それにはお互いの目の色の石が入っていた。

(これが婚姻の約束でないなど・・残酷過ぎる!!)

いつしか、彼女の音を聴いていたいという願望は、彼女と共に在りたいという願望に変わっていた。

(なぜ私はよりにもよってベルナデット様を・・・!!)

彼女はクリストフ殿下の婚約者だ。
しかも彼女が殿下と結婚することは、確定している。

しかも、近くにはあのエリックもいる。

あの2人がいて、私がこの腕の中に彼女を抱ける日は来ないだろう。

(ならせめて私の音を彼女と共に・・・。)

そして、今日もヴァイオリンに向かうのだった。
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