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3 悪女は図書室で出会う

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 図書室はいい。
 古ぼけた紙の匂い。
 かさかさと、ただ静かにめくれゆく紙の音。
 最低限の呼吸がこだまし、そこに命がゆらめいているのを教えてくれる。
 一人で目の前の書物に没頭しているはずなのに、ふと一息つくと、誰かしら、同じように物語の中に入り込んでいる。
 何人かの、調べ物をしながら鉛筆を走らせている音も、聞こえてくる。
 皆思い思い自分のことに一生懸命で、人もそんなに多くなく、口さがない噂も聞こえてこない。

 今日はどの本にしようかしら。

 ほぼ人気ひとけのない書架の間を、ゆっくりと背表紙を眺めながら歩いていたものだから、進む方向に人がいる可能性を失念して誰かとぶつかってしまった。

「ご、ごめんなさい!」
「いや、こちらも声を出せなかったから」

 そう微笑みながら告げる声は男の子にしては低くなくて、瞳はまるで澄んだ湖面のような色合いで。
 空いた棚の隙間から差し込む光がまばゆくゆらゆらと、少しくすんだ金色の髪に落ちていた。

「何か探し物?」
「いえ。ただ、読む本を探していて」
「そう」

 返事をしながら書架へと向き直ったその横顔は、まるで彫刻のように整ってひんやりと、それでも無機質ではなく優しさをたたえている。

「はい、これ」
「え?」
「嫌でなければ、おすすめだから読んでみて?」

 こちらへと差し出された本を受け取ると、その男の子は「じゃあね」と言って自身のお目当てだったのだろう本を手に持ち去っていく。
 受け取った本の表紙に目を落とすと、そこには王子様に救出されるお姫様の絵が、描いてあった。



「この前はありがとうございました」

 本の推薦のお礼がしたくて図書館に通うようになって三日目。
 出会った書架のあたりでようやくお目当ての人物に出会うことができ、私はほっとしながらお礼を述べる。

「楽しめた? 実はあれから、もう少し夢見心地な作品の方がいいかなとちょっと失敗したと思っていたんだけど……」
「いえ、とっても楽しめたので、紹介していただいてとても助かりました」
「それならよかった」
「ただ、最初は表紙にはガッカリしていたんです」
「……なぜ?」
「助けてもらうばっかりの、お姫様ならやだなって、思いまして」
「感想は?」
「もう、ときめきだらけです! 表紙では助けられていたのに、中身を読んでみるときちんと自分で決めて行動する主人公がかっこ良くて、けどちゃんと王子の前では可愛らしいところもあって。お互いを尊重してるし、愛があって素敵でした!」

 語るあまり、思わず両手を握り拳にしながら相手へと前のめりになってしまっていた。
 私はすっかり熱心な読者になってしまっていたので、もしかしたら、鼻息すら荒かったかもしれない……。

「……ぷっ!」

 そんな私の様子に、相手は面白く思ったらしく思わずといったように吹き出し、声を一生懸命押し殺しながら笑い出してしまった。

「何が、おかしいんですか……」

 教えてもらった作品がとっても面白かった、と伝えたかっただけなのに、その反応はあんまりである。
 私は、はしたなくも感情そのままに思わず口をへの字に曲げていた。
 相手はまなじりに浮かんだ笑い涙を指ですくって消しながら、「ごめんごめん」とさして悪いと思ってない風に謝ってきた。

「君が楽しめたようで良かったと思って。そんなに夢中になって語るくらい気に入ってもらえて、俺も嬉しいよ」

 ふわりと笑うその相手に、なんだかこっちの勢いが気恥ずかしくなってしまう。
 いえいえこちらこそ、とかなんだかいまいちよくわからない返事をしてしまった。
 そこで私は自分の失態に気づいて慌てて略式のお辞儀をしつつきちんとした挨拶をした。

「ご挨拶が遅れました。私、シュテール公爵が娘、ウルム=シュテールと申します。この春入学いたしました。この度は本のご紹介をありがとうございました」
「シュテール……ああ、あの。俺はゼファー。図書室のぬしだよ」
「主?」

 私が怪訝けげんな顔をしたからだろう、ゼファーは理由を説明してくれた。

「元々あまり体が強くなくて、ね。今は完治しているけれど、復帰のために練習を兼ねて図書室の奥にある自習部屋で勉強しているんだ」

「そうなのですか」
「いつでもいるから、訪ねてくれると嬉しいな」
「機会がありましたら、いつか」

 それから二、三ぽつりぽつりと雑談をし、別れの挨拶のあと私は図書室を出た。
 次の授業のため、足早に教室へと戻ろうと廊下を急ぐ。
 すると、中庭側に仕切りも窓もない場所を歩いている最中に、木陰の方から、聞いたことのある声が耳に入った。



「……そんな、わたくしには勿体無いですわ」


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