風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動

梵天丸

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第30話 沈黙の呼吸 ― Silent Pulse ―

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 静寂が訪れ、体のほてりが少しずつ収まってくると、九条怜央に言われた数々の言葉が、断片のように思い出された。
 頭の片隅で、それらがゆっくりと形を取り戻していく。
 胸の鼓動はまだ早く、呼吸が少し乱れている。
 シーツの上で体を横たえると、隣で匠真が軽く腕を伸ばし、俺を抱き寄せた。

 そのぬくもりに触れた瞬間、再び胸の奥がざわめく。
 心のどこかで、あの夜の言葉がまだ消えていない。

「九条怜央は――いずれ俺は、おまえの元彼氏になるって言ってた」

 匠真の指先が、背中のあたりでぴくりと止まった。
 少し間をおいて、低い声が落ちる。

「無視していい。そんなことにはならない。だいたい俺自身が、おまえを手放す気なんてないんだからな」

「匠真の言葉は信じたいけど……彼は、『もう段取りは半分以上済んでる』とも言ってた。
 たぶん、何か宛てがあるということなんだろう。心当たりはある?」

「……ないな。けど、何かを企んでるのは確かだ。少し調べてみる」

「うん……」

 小さく返事をして、匠真の胸に顔を埋める。
 あのときの、言葉にできない不安がまたこみ上げる。
 掌の下で感じる鼓動は穏やかなのに、心の奥だけがざわついていた。

「九条怜央のことは悪かった。おまえに忠告されてたのに、俺がうかつだった」

「……あいつは悪知恵が働く。今後は絶対に、あいつの話に耳を貸すな」

「うん、そうする。昨日もなんかずっともやもやしてて……本当に行かなきゃよかったって思ったよ」

 匠真が、少しだけ強く俺を抱きしめた。
 そのぬくもりが、ようやく現実に戻してくれる。
 この腕の中が、俺の居場所だ――そう思った瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。

 でも、もしこれを九条怜央に奪われる日が来たら、俺はどうすればいいんだろう。
 想像するだけで、全身が冷たくなる。

「あいつの言葉は気にするな。おまえ、意外とデリケートだからな。しばらく引きずりそうで心配だ」

「意外とって何だよ。俺は、もともとデリケートだよ」

「分かってる。……だから心配なんだ」

 笑いながらそう言って、匠真が俺の頬に唇を寄せる。
 まだ残る熱が、ゆっくりと蘇る。
 言葉の代わりに、互いの呼吸が触れ合う。
 優しいキスなのに、心臓がまた落ち着かなくなる。

「あと、匠真がいないことを知ってて、俺に会いに来たみたいだった。旅行のこと、言ったの?」

「言ってない。……どこかで調べたんだろうな」

「怖いな……彼は、すごく匠真に執着してる気がする」

「昔からああなんだ。俺もよく分からない。ただ、うっとうしいだけだ」

 匠真が小さく吐息を漏らす。
 その息が頬に触れ、もう一度、唇が重なった。
 音もなく、息が混ざる。
 腕の中で、鼓動のリズムがまたひとつに重なっていく。

「おまえを、怜央に合わせるべきじゃなかった。悪かった。もっと俺が気をつけていれば」

「いや、大丈夫。今回で懲りた。もう二度と近づかない。それが分かっただけでも、良かったと思う」

「ああ、二度と近づかせない。怜央にも警告しておく。――おまえは、俺のものだ」

「うん……」

 匠真の言葉は重く、真っ直ぐで、どこか危うい。
 けれどその不器用な独占欲が、俺には少し嬉しかった。

 静かな夜の中で、二人の呼吸だけが響く。
 窓の外では、街の灯りが遠くに滲んでいる。
 シーツの擦れる音が、ほんのかすかに耳に触れる。

 匠真の手が背中をなぞり、髪をすくい、頬に触れる。
 その動きの一つひとつが、安心の形をしていた。
 何も言わずにその胸の中に身を預けると、彼の呼吸がゆっくりと整っていくのが分かる。
 少し遅れて、俺の呼吸も穏やかになった。

 まぶたを閉じると、光のない夜がやさしく包んでくれる。
 この静けさが、ずっと続けばいい――そう思った。



 気づいたときには、朝の光がカーテンの隙間から差し込んでいた。
 柔らかな白が、部屋全体をやわらかく染めている。
 隣を見ると、匠真はまだ眠っていた。
 無防備な寝顔を見るのは、久しぶりだった。
 いつも張り詰めた表情ばかり見ていたから、余計に愛おしく思えた。

 そっと手を伸ばして、彼の髪を撫でる。
 その動きで少しだけ、匠真が眉を動かした。
 まぶたがゆっくりと開き、視線が合う。

「……おはよう」
「おはよう。まだ早いな」
「もう少し、このままでいい?」
「ああ」

 小さな会話のあと、再び匠真の腕の中に戻る。
 鼓動がまた重なって、穏やかな朝が、静かに始まった。

******************

「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。

今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「沈黙の呼吸 ― Silent Pulse ―」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

♫「沈黙の呼吸 ― Silent Pulse ―」はこちら⇒ https://youtu.be/-g2RPcC2bC4
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