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第39話 Silent Rain ― 隣で、戦うために
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エントランスの灯りを背に、匠真は俺の体を支えながら部屋に入った。
鍵を閉めたその瞬間、けたたましい電子音が鳴り響く。
部屋の空気が、ひと息で張りつめる。
「……盗聴器が、どこかにあるな」
匠真が腰の小さな端末を取り出し、スイッチを切ると、音がぴたりと止んだ。
静寂が戻る。
俺は目を瞬かせ、ゆっくりと顔を上げた。
「それ、何?」
「盗聴器の検知器だ。前に来たときは反応しなかった。……設置されたのは最近だろうな」
匠真は周囲を一瞥し、すぐにドアへと向かう。
ノブを握る手が、いつもより硬い。
彼は外に出て、廊下を一度確認してから、再び中へ戻り、鍵を二重にかけた。
「え、いつも確認してたの?」
「念のためにな。別に九条のことだけじゃない。会社の機密を狙う者もいるだろう」
確かに、匠真はLucent Coreの中でも最も機密性の高い部署…営業部の部長だ。
仕事の話を自宅で交わすことも多い。
もし情報が漏れれば、その損失は計り知れない。
俺は改めて、匠真が背負っているものの重さを感じた。
たったひとつの端末音が、それを雄弁に語っていた。
「体は辛いだろうが、俺の部屋まで移動していいか?」
「うん……」
「後日、専門の業者に盗聴器を外させる。それまでは、ここには戻らない方がいい」
「分かった。……ちょっと着替えとか、必要なものだけ取ってきていい? 数日分、必要そうだし」
「ああ。ここで待ってる」
俺はゆっくり立ち上がり、寝室に向かう。
薬を盛られた上に、盗聴器――。
非日常の出来事が一気に押し寄せて、心が追いつかない。
それでも、手を動かさなければ、現実の輪郭が崩れてしまいそうだった。
キャリーケースを開き、最低限の衣服とPC、書類を詰めていく。
“数日分”と考えながらも、手は自然にそれ以上を入れていた。
――無意識に、“帰れないかもしれない”と感じていたのだろう。
◆
匠真のマンションに着くと、俺は靴を脱ぐなりベッドに倒れ込んだ。
薬の影響はだいぶ薄れたものの、身体の芯がまだ重い。
何より、精神的な疲労が押し寄せていた。
「明日も休め」
匠真の声は低く、静かだ。
「明日はISのチームと、天峰酒造の件で朝からデータのすり合わせがある。今日も休んだから、おまえの業務のほうも心配だ」
「いいから休め」
「たぶん……仕事してる方が、気が紛れると思うから」
そう答える俺の声は、無理に明るさを取り繕っていたのかもしれない。
匠真はベッドの端に腰を下ろし、黙って俺を見つめる。
その瞳に映るのは、心配だけではなく、どこか“自責”に似た色だった。
「匠真のせいじゃないよ」
俺は笑った。
「さっき隆哉にも言ったけど、俺はそう思ってない。だから、そんな顔しないで」
その言葉に、匠真の呼吸が一瞬止まった気がした。
俺は匠真の頬に手を伸ばす。
「俺も、もっと強くなるよ。おまえに守られるだけの男になりたくないし」
それは決意のような言葉だったかもしれない。
匠真を守りたい…だけど、現実はあまりにも大きすぎて。
俺自身も、今までと同じ気持ちじゃ、彼の側にいることはできない気がした。
「今する話じゃないかもしれないが」
匠真が言葉を選ぶように続けた。
「ここも安全とはいえない。もう少しセキュリティの高いところに、近々移動する」
「でも、ここって警備員さんも常駐してるし、俺のマンションよりは十分安全な気がするけど」
「いや、足りない」
匠真の声には、迷いがなかった。
「父の知人が管理しているマンションがある。そこなら、ここよりも遥かに安全だ」
「……お父さんの、知人?」
「ああ。俺が幼少期、戸籍を借りていた人だ」
颯は言葉を失った。
“戸籍を借りていた”――その一言に、血の繋がりと断絶の匂いが混じる。
つまりその人物は、匠真にとって戸籍上の父ということだ。
「……ややこしいな」
小さく呟くと、匠真が苦笑した。
「そうだな。でも、そこまでしなければならなかった理由が、今回のことで分かっただろ?」
俺はゆっくりと頷いた。
九条という巨大な影が、彼の生活のすぐ外側にまで伸びてきている。
たとえ直接的な手出しがなくても、“監視”という形で侵入してくる。
ふと、窓の外を見ると、雨がまだ静かに降り続いていた。
街灯の光を反射して、ガラスの向こうで白い線がいくつも流れる。
その光の揺れが、まるで「九条の手」を連想させた。
「……ねえ、匠真」
「ん?」
「こういうのって、いつまで続くんだろうな」
弱音にも似た呟き。
匠真は一度だけ天井を見上げ、それから静かに答えた。
「終わらせる。俺が」
その声に、嘘がなかった。
俺はそのまま瞳を閉じた。
張り詰めていた神経が、ようやく緩んでいく。
その傍らで、匠真は再び検知器のスイッチを入れ、周囲を一巡させる。
反応はない。
静かな、しかし不安を孕んだ夜。
部屋の照明を落とし、窓のカーテンを閉めると、
雨の音だけが、遠くで続いていた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「Silent Rain ― 隣で、戦うために」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「Silent Rain ― 隣で、戦うために」はこちら⇒ https://youtu.be/DJ-_zlN2RFY
鍵を閉めたその瞬間、けたたましい電子音が鳴り響く。
部屋の空気が、ひと息で張りつめる。
「……盗聴器が、どこかにあるな」
匠真が腰の小さな端末を取り出し、スイッチを切ると、音がぴたりと止んだ。
静寂が戻る。
俺は目を瞬かせ、ゆっくりと顔を上げた。
「それ、何?」
「盗聴器の検知器だ。前に来たときは反応しなかった。……設置されたのは最近だろうな」
匠真は周囲を一瞥し、すぐにドアへと向かう。
ノブを握る手が、いつもより硬い。
彼は外に出て、廊下を一度確認してから、再び中へ戻り、鍵を二重にかけた。
「え、いつも確認してたの?」
「念のためにな。別に九条のことだけじゃない。会社の機密を狙う者もいるだろう」
確かに、匠真はLucent Coreの中でも最も機密性の高い部署…営業部の部長だ。
仕事の話を自宅で交わすことも多い。
もし情報が漏れれば、その損失は計り知れない。
俺は改めて、匠真が背負っているものの重さを感じた。
たったひとつの端末音が、それを雄弁に語っていた。
「体は辛いだろうが、俺の部屋まで移動していいか?」
「うん……」
「後日、専門の業者に盗聴器を外させる。それまでは、ここには戻らない方がいい」
「分かった。……ちょっと着替えとか、必要なものだけ取ってきていい? 数日分、必要そうだし」
「ああ。ここで待ってる」
俺はゆっくり立ち上がり、寝室に向かう。
薬を盛られた上に、盗聴器――。
非日常の出来事が一気に押し寄せて、心が追いつかない。
それでも、手を動かさなければ、現実の輪郭が崩れてしまいそうだった。
キャリーケースを開き、最低限の衣服とPC、書類を詰めていく。
“数日分”と考えながらも、手は自然にそれ以上を入れていた。
――無意識に、“帰れないかもしれない”と感じていたのだろう。
◆
匠真のマンションに着くと、俺は靴を脱ぐなりベッドに倒れ込んだ。
薬の影響はだいぶ薄れたものの、身体の芯がまだ重い。
何より、精神的な疲労が押し寄せていた。
「明日も休め」
匠真の声は低く、静かだ。
「明日はISのチームと、天峰酒造の件で朝からデータのすり合わせがある。今日も休んだから、おまえの業務のほうも心配だ」
「いいから休め」
「たぶん……仕事してる方が、気が紛れると思うから」
そう答える俺の声は、無理に明るさを取り繕っていたのかもしれない。
匠真はベッドの端に腰を下ろし、黙って俺を見つめる。
その瞳に映るのは、心配だけではなく、どこか“自責”に似た色だった。
「匠真のせいじゃないよ」
俺は笑った。
「さっき隆哉にも言ったけど、俺はそう思ってない。だから、そんな顔しないで」
その言葉に、匠真の呼吸が一瞬止まった気がした。
俺は匠真の頬に手を伸ばす。
「俺も、もっと強くなるよ。おまえに守られるだけの男になりたくないし」
それは決意のような言葉だったかもしれない。
匠真を守りたい…だけど、現実はあまりにも大きすぎて。
俺自身も、今までと同じ気持ちじゃ、彼の側にいることはできない気がした。
「今する話じゃないかもしれないが」
匠真が言葉を選ぶように続けた。
「ここも安全とはいえない。もう少しセキュリティの高いところに、近々移動する」
「でも、ここって警備員さんも常駐してるし、俺のマンションよりは十分安全な気がするけど」
「いや、足りない」
匠真の声には、迷いがなかった。
「父の知人が管理しているマンションがある。そこなら、ここよりも遥かに安全だ」
「……お父さんの、知人?」
「ああ。俺が幼少期、戸籍を借りていた人だ」
颯は言葉を失った。
“戸籍を借りていた”――その一言に、血の繋がりと断絶の匂いが混じる。
つまりその人物は、匠真にとって戸籍上の父ということだ。
「……ややこしいな」
小さく呟くと、匠真が苦笑した。
「そうだな。でも、そこまでしなければならなかった理由が、今回のことで分かっただろ?」
俺はゆっくりと頷いた。
九条という巨大な影が、彼の生活のすぐ外側にまで伸びてきている。
たとえ直接的な手出しがなくても、“監視”という形で侵入してくる。
ふと、窓の外を見ると、雨がまだ静かに降り続いていた。
街灯の光を反射して、ガラスの向こうで白い線がいくつも流れる。
その光の揺れが、まるで「九条の手」を連想させた。
「……ねえ、匠真」
「ん?」
「こういうのって、いつまで続くんだろうな」
弱音にも似た呟き。
匠真は一度だけ天井を見上げ、それから静かに答えた。
「終わらせる。俺が」
その声に、嘘がなかった。
俺はそのまま瞳を閉じた。
張り詰めていた神経が、ようやく緩んでいく。
その傍らで、匠真は再び検知器のスイッチを入れ、周囲を一巡させる。
反応はない。
静かな、しかし不安を孕んだ夜。
部屋の照明を落とし、窓のカーテンを閉めると、
雨の音だけが、遠くで続いていた。
******************
「風を捕まえる手 ― 再会は逃れられない衝動」は、YouTubeチャンネル「BL Soundscape」 にて公開されるオリジナル楽曲と完全連動しています。
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「Silent Rain ― 隣で、戦うために」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
♫「Silent Rain ― 隣で、戦うために」はこちら⇒ https://youtu.be/DJ-_zlN2RFY
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