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深まるキス — Deeper Than Words
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翌朝、桐谷湊は陽真より早く大学に着いていた。まだ人の少ない教室に入り、いつもの席ではなく窓際に腰を下ろす。
陽真と顔を合わせる勇気が出なかった。
視界の端に、昨日の光景が何度も蘇る。ショーケースの灯り、笑って腕を絡めてきた女の子。
あんな姿を見せられては、信じたい気持ちと不安がせめぎ合ってしまう。
「……湊」
後ろから声がして、肩がびくりと揺れた。
振り返ると、いつもの笑顔の朝倉陽真が立っていた。けれど、湊は返事をしないまま、机の上のノートに視線を落とす。
声をかけられても、無視をした。自分でもひどい態度だと思ったが、どうしても顔を合わせると涙が出そうで。
その後も、授業の合間に何度か陽真が話しかけてきたが、湊は頑なに応じなかった。
◆
昼休み。中庭を横切ろうとした湊の手首を、陽真が掴んだ。
周囲に人影があったので、湊は慌てて振りほどこうとする。
「なあ、ちょっと来いよ」
「……やだ」
「頼む。逃げんなよ」
強い声に逆らえず、湊は引っ張られるままに廊下を歩き、使われていない準備室へと入った。ドアが閉まると同時に、周囲のざわめきは遠ざかる。
「……なんで避けるんだ?」
低い声が、静かな部屋に落ちた。
湊は唇を噛みしめ、答えを探す。
陽真は続ける。
「俺のことが嫌になったんなら仕方ない。でも、それなら理由を聞かせてくれ。何も言わないで離れるのだけは……嫌だ」
胸が痛んだ。嫌いじゃない。むしろ逆だ。だからこそ、昨日の光景が刺さって抜けない。
「……嫌いじゃないから辛いんだよ!」
思わず声が震える。
「何が辛いんだ?」
「昨日のこと、見たんだから」
「昨日……?」
「女の子と、腕を組んで歩いてただろ……! 家庭教師だって言ってたくせに、あんなの、嘘じゃないか!
陽真が目を見開いた。
「ああ……あれを見たのか」
驚きの後、すぐに表情を和らげる。
「違う。あれは家庭教師やってる子で、彩香ちゃんっていう。妹みたいな存在だ。ふざけて腕を絡ませてきたから……俺は“誤解されたくないからやめろ”って、ちゃんと断った」
「……ほんとに?」
「ほんとだ。俺が好きなのは湊だけだ。信じてくれ」
その言葉が胸に落ちると、張り詰めていた糸が一気にほどけた。
昨日からずっと抱えていた痛みが、じんわりと溶けていく。
「……ごめん。信じたいのに、信じられなくなって」
湊の声は小さかった。けれど、涙が目尻に溜まって、感情ははっきりと表に出ていた。
陽真はそっと湊の肩を抱き寄せ、額に唇を押し当てる。
「信じろよ。俺は、おまえに夢中なんだから」
◆
唇が重なる。昨日までと同じ、触れるだけのキス。
けれど、今日はそこで終わらなかった。
湊が目を閉じたまま、わずかに息を吐いた。その隙間に、陽真の呼吸が混じる。
唇の角度が少し変わり、今度は深く重なった。柔らかな温度が、さらに奥へと広がっていく。
湊の心臓は早鐘のように鳴っている。息が苦しいのに、離れたくなかった。
陽真の舌がそっと触れてきたとき、一瞬驚いたが、拒むより先に胸が震えて——受け入れてしまった。
互いの呼吸が重なり、唾液の味と温度が混じる。
指先が震えて、湊は思わず陽真のシャツを掴んだ。
深く繋がるたびに、昨日の棘がひとつひとつ溶けていく。
「……っ」
湊の歯が少し触れてカチンと鳴り、二人は一瞬だけ動きを止めた。
けれど笑う暇もなく、再び唇が重なる。ぎこちなさごと確かめるように。
唇が離れた瞬間、湊は大きく息を吸った。頬は赤く染まり、目尻には涙の粒。
陽真は湊の頬を指でなぞり、優しく笑った。
「初めてだったな、今の」
「……ばか。いちいち言わなくていい」
小さな声でそう返した湊の目も、どこか笑っていた。
◆
二人は額を合わせ、しばらく言葉を交わさなかった。
準備室の窓から差し込む午後の光が、二人の間をやわらかく照らす。
「俺たち、また一歩進んだな」
陽真が囁く。
「……うん」
不安はもうない。あるのは、互いの温度と、これから続いていく未来の確かさ。
言葉よりも深く伝わったキスが、その証だった。
(もう疑わない。ちゃんと信じて進んでいきたい——彼と一緒に)
************
今回のお話は、YouTubeで配信中の楽曲「深まるキス — Deeper Than Words」とリンクしています。良かったら、楽曲の方も聴いてみてくださいね♫
「深まるキス — Deeper Than Words」はこちら⇒ https://youtu.be/X7FrmAYaFZM
陽真と顔を合わせる勇気が出なかった。
視界の端に、昨日の光景が何度も蘇る。ショーケースの灯り、笑って腕を絡めてきた女の子。
あんな姿を見せられては、信じたい気持ちと不安がせめぎ合ってしまう。
「……湊」
後ろから声がして、肩がびくりと揺れた。
振り返ると、いつもの笑顔の朝倉陽真が立っていた。けれど、湊は返事をしないまま、机の上のノートに視線を落とす。
声をかけられても、無視をした。自分でもひどい態度だと思ったが、どうしても顔を合わせると涙が出そうで。
その後も、授業の合間に何度か陽真が話しかけてきたが、湊は頑なに応じなかった。
◆
昼休み。中庭を横切ろうとした湊の手首を、陽真が掴んだ。
周囲に人影があったので、湊は慌てて振りほどこうとする。
「なあ、ちょっと来いよ」
「……やだ」
「頼む。逃げんなよ」
強い声に逆らえず、湊は引っ張られるままに廊下を歩き、使われていない準備室へと入った。ドアが閉まると同時に、周囲のざわめきは遠ざかる。
「……なんで避けるんだ?」
低い声が、静かな部屋に落ちた。
湊は唇を噛みしめ、答えを探す。
陽真は続ける。
「俺のことが嫌になったんなら仕方ない。でも、それなら理由を聞かせてくれ。何も言わないで離れるのだけは……嫌だ」
胸が痛んだ。嫌いじゃない。むしろ逆だ。だからこそ、昨日の光景が刺さって抜けない。
「……嫌いじゃないから辛いんだよ!」
思わず声が震える。
「何が辛いんだ?」
「昨日のこと、見たんだから」
「昨日……?」
「女の子と、腕を組んで歩いてただろ……! 家庭教師だって言ってたくせに、あんなの、嘘じゃないか!
陽真が目を見開いた。
「ああ……あれを見たのか」
驚きの後、すぐに表情を和らげる。
「違う。あれは家庭教師やってる子で、彩香ちゃんっていう。妹みたいな存在だ。ふざけて腕を絡ませてきたから……俺は“誤解されたくないからやめろ”って、ちゃんと断った」
「……ほんとに?」
「ほんとだ。俺が好きなのは湊だけだ。信じてくれ」
その言葉が胸に落ちると、張り詰めていた糸が一気にほどけた。
昨日からずっと抱えていた痛みが、じんわりと溶けていく。
「……ごめん。信じたいのに、信じられなくなって」
湊の声は小さかった。けれど、涙が目尻に溜まって、感情ははっきりと表に出ていた。
陽真はそっと湊の肩を抱き寄せ、額に唇を押し当てる。
「信じろよ。俺は、おまえに夢中なんだから」
◆
唇が重なる。昨日までと同じ、触れるだけのキス。
けれど、今日はそこで終わらなかった。
湊が目を閉じたまま、わずかに息を吐いた。その隙間に、陽真の呼吸が混じる。
唇の角度が少し変わり、今度は深く重なった。柔らかな温度が、さらに奥へと広がっていく。
湊の心臓は早鐘のように鳴っている。息が苦しいのに、離れたくなかった。
陽真の舌がそっと触れてきたとき、一瞬驚いたが、拒むより先に胸が震えて——受け入れてしまった。
互いの呼吸が重なり、唾液の味と温度が混じる。
指先が震えて、湊は思わず陽真のシャツを掴んだ。
深く繋がるたびに、昨日の棘がひとつひとつ溶けていく。
「……っ」
湊の歯が少し触れてカチンと鳴り、二人は一瞬だけ動きを止めた。
けれど笑う暇もなく、再び唇が重なる。ぎこちなさごと確かめるように。
唇が離れた瞬間、湊は大きく息を吸った。頬は赤く染まり、目尻には涙の粒。
陽真は湊の頬を指でなぞり、優しく笑った。
「初めてだったな、今の」
「……ばか。いちいち言わなくていい」
小さな声でそう返した湊の目も、どこか笑っていた。
◆
二人は額を合わせ、しばらく言葉を交わさなかった。
準備室の窓から差し込む午後の光が、二人の間をやわらかく照らす。
「俺たち、また一歩進んだな」
陽真が囁く。
「……うん」
不安はもうない。あるのは、互いの温度と、これから続いていく未来の確かさ。
言葉よりも深く伝わったキスが、その証だった。
(もう疑わない。ちゃんと信じて進んでいきたい——彼と一緒に)
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