指先が覚えている — What My Fingers Remember

梵天丸

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第七話 届かぬ夜、壊れる距離 — The Night That Shattered Our Distance

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 コンビニの袋から、冷えたペットボトルの表面がじんわり指先を濡らす。夜の空気は乾いているのに、掌だけが湿っていた。
 マンションの角を曲がった瞬間、外灯の下に立つ影が見えた。

 ——瑛司。

 黒いコートの襟を立て、腕を組んで立っている。夜の色に溶け込みそうなくらい静かな佇まい。それでも視線がこっちを捕らえた瞬間、背骨に電気が走った。

「……ストーカーかよ!」

 声が荒くなる。
 瑛司は苦笑し、少し首を傾けた。

「そうかもしれないな」
「笑い事じゃない!」

 袋を持つ手に力がこもる。

「どうやってここを——」
「……いろんな伝手を使った」

 あっさり言われて、呆れと怒りで言葉が詰まる。

「やっぱストーカーじゃん」
「そうだな。おまえを探すためなら、いくらでも嫌われ役になる」

 真顔でそんなことを言うから、さらに腹が立つ。

********************

 靴音が廊下に響く。部屋の前まで来たところで、瑛司が立ち止まる。

「4年前も、俺の気持ちはセフレなんかじゃなかった」

 低く落ちた声が、夜気を震わせる。

「おまえが好きだった。今も——愛してる」

 胸が一瞬だけ強く鳴って、それを打ち消すように笑った。

「最初はみんなそうなんだよ。だけど、その気持ちもいつか変わる。いつか変わるものを、どうして信じろと?」

 視線がぶつかる。互いに一歩も引かない。

「変わらない」
「信じない」

 声が少し大きくなった瞬間、背後から「大丈夫ですか?」と別の部屋の住人らしい声が飛んだ。
 我に返って「すみません、大丈夫です。友人なので」と答える。
 廊下で騒ぐのもどうかと思い、渋々ドアを開けた。

「……入れよ」

 吐き捨てるように言って、袋をキッチンに置いた。

********************



 玄関を閉めた途端、空気が変わる。狭い室内に満ちるシャンプーと柔軟剤の混ざった匂い。
 俺の知らない、悠斗だけの生活の匂いだ。その穏やかな香りが、ストーカーまがいの方法でここに踏み込んだ俺の身勝手さを際立たせる。
 ソファの背もたれ越しに、悠斗が射抜くような視線を向けてくる。

「ここまで来て、何がしたいんだ」
「おまえが欲しい」

間髪入れずに、本心を告げる。体だけじゃない。その心も、未来も、全部。

「……ふざけないで」
「本気だ。四年前も、今も」

 沈黙が落ちる。悠斗の強がりな瞳が、一瞬だけ不安に揺らいだ。俺から逃げた、あの日の夜と同じ目をしている。

——もう、あんな顔はさせない。

 衝動のままに一歩で距離を詰め、逃げようとした腕を掴む。そのまま壁際に追いやり、戸惑う顔を覗き込んだ。



「離せ……っ」
「嫌だ」

懇願するように、震える唇に自分のそれを重ねる。
最初は抵抗していた悠斗の唇が、記憶を確かめるようにゆっくりと角度を変えると、やがて諦めたように力を抜いた。押し返そうとしていた手が、俺の背中に回され、シャツを強く握りしめる。それは拒絶ではなく、むしろ溺れる者が何かに縋るような仕草だった。

舌が触れた瞬間、悠斗の喉が小さく鳴る。唇の隙間をこじ開け、奥まで踏み込むと、ビクリと体が跳ねた。腰が引けるのを許さず、腕で強く引き寄せる。

「……待っ……」

その言葉は、舌と舌の間に溶けて消えた。

「待って」じゃない。俺には「ここにいる」と、そう聞こえた。

四年間の空白を埋めるように、互いの存在を確かめ合うように、俺たちは深く、深く口づけた。

********************

 背中を壁に押しつけ、ようやく唇を離す。ぜ、ぜ、と浅い呼吸を繰り返す悠斗の瞳は潤み、焦点が合っていない。俺のキスで真っ赤に濡れた唇が、小さく震えながら開閉する様があまりに煽情的で、再び塞いでしまいたい衝動に駆られる。

「好きだ、悠斗」

 逃がさないように耳元で囁くと、熱い息がかかった首筋に鳥肌が立つのを指先でなぞる。びくりと震えた肩が、俺から離れようと僅かに身じろぎした。

「愛してる」

 もう一度、今度は懇願するように、はっきりと告げる。
逸らそうとする視線を許さず、顎を固定して見つめ合わせる。その瞳の奥に宿る怯えと、抗いがたい熱の色を見つけた瞬間、俺の中の最後の理性が焼き切れた。

 悠斗の着ているシャツのボタンに指をかける。
 焦りとは違う。四年間、夢にまで見たこの瞬間を確かめるように、一つ、また一つと外していく。
 ボタンが外れるたびに、白い肌の面積が増えていく。ひやりとした室温に晒された素肌が、俺の視線だけでじわりと熱を帯びていくのが分かった。

「や……め……」

 か細い抵抗の声は、剥き出しになった鎖骨に唇を埋めたことで、甘い吐息に変わる。
 そこからゆっくりと肌を吸い上げ、赤い痕を執拗に残していく。これは俺のものだという、消えない焼き印だ。悠斗の指が俺のシャツを強く握りしめ、爪が食い込む痛みさえ、快感に変わっていく。

「もっと感じろよ、悠斗。俺がどれだけおまえを欲しかったか」
「どうせ…ん、ぁっ、身体だけなんだろ…っ…」

 その言葉に、カッと頭に血がのぼる。

「これ以上、俺を怒らせるな」

 低く唸り、まだボタンの残るシャツを乱暴に引き裂いた。布が破れる乾いた音と、悠斗の息を呑む音が重なる。
 腰を抱き上げて、もつれるようにベッドへ倒れ込む。スプリングが軋む音も構わず、その体をシーツに縫い付けた。
 上から覆いかぶさり、残った衣服を剥ぎ取っていく。互いの肌を隔てるものがなくなるたびに、部屋の空気が濃密な熱で満たされていく。

「……っ、ぁ……えいじ……」

 とうとう、掠れた声が俺の名を呼んだ。それは拒絶ではなく、助けを求めるような響きだった。
 返事の代わりに、汗で張り付いた前髪をかき上げてやり、深く、深く口づける。舌を絡めれば、もう抵抗はない。
 むしろ、縋るように舌先が応えてくる。
 指を滑らせ、震える腹を撫で、さらに下へと向かう。びくりと跳ねた腰を押さえつけ、熱く濡れたそこに指を沈めた。

「えい、じ…っ…!だめ、そこは…っ!」
「ダメじゃないだろ。おまえの身体は正直だ」

 身体の奥の、一番感じやすい場所を執拗に抉る。思い通りにならない心とは裏腹に、身体は素直に俺を受け入れようと弛緩していく。
 手に入れたかった。ずっと。この肌も、体温も、俺を呼ぶ声も。そして、おまえの心の全部も。
 身体がびくんと大きく跳ね、シーツを掴む指が白くなるたび、「好きだ」「愛してる」と呪文のように繰り返した。
 おまえを繋ぎとめるために。そして、この激情がただの欲望ではないと、おまえの身体の芯にまで分からせるために。

「えいじっ、ぁ、ぁんっ!」

 準備はもう十分だった。俺の熱を受け入れろとばかりに、その足を開かせる。抵抗していたはずの悠斗が、自ら腰を浮かせ、俺を迎え入れた。

「悠斗…愛してる…」

 言葉と同時に、一気に深く貫く。

「あっ、あぁぁっ!」

 息が止まるほどの快感が背骨を駆け上がり、悠斗は甲高い声を上げて俺の背中に爪を立てた。
 もう言葉はいらない。ただ、互いの名前を呼び合い、腰を打ちつけ合う。
 シーツは汗で濡れそぼり、肌と肌がぶつかる生々しい音だけが部屋に響く。
 感情も理性も、何もかもが熱に溶かされて、ただ目の前の存在を求めるだけの獣になる。

 やがて、悠斗の身体が大きく痙攣し、俺の腕の中で熱い飛沫が放たれた。
 それを追うように、俺もまた、その一番奥深くに、四年間溜め込んだ想いのすべてを注ぎ込んだ。

 夜明けなど、来なければいいと本気で願った。
 この腕の中にいる悠斗を、二度と失わないために。
 荒い呼吸を繰り返しながら俺の胸に顔を埋めるその温もりだけが、世界の全てだった。

**********************

この物語はYouTubeで配信中の楽曲「届かぬ夜、壊れる距離 — The Night That Shattered Our Distance」をベースに作られています。良かったら楽曲の方も聴いてみてくださいね♫

「届かぬ夜、壊れる距離 — The Night That Shattered Our Distance」はこちら⇒https://youtu.be/lJEXd7xAPPM
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